その九 杉原爽香シリーズ(上) 薄紫のウィークエンド ~最悪の中の最悪を突く~

 赤川次郎は最悪を突く作家である。

 読者が「こうなって欲しくない」「こうなったら嫌だな」と思うその最悪手を見ぬいているかのように的確に突く、ある意味では期待を裏切らない作風だ。


 この感想文集では、基本的に非シリーズ物の作品ばかりを取り上げてきた。中々取り上げられる機会がないからというのがその理由だが、その意味でシリーズ物だが取り上げられる機会があまりないという事で紹介したかったのが『杉原爽香シリーズ』である。

 杉原爽香シリーズとは、名前の通り杉原爽香という女性を主人公にしたシリーズの事。このシリーズの特異な所は

「一年に一冊秋に必ず新刊が出る(逆に言えば一冊以上は絶対に出ない)」

「作中の時間が現実と同じように流れている(つまり作中のキャラクターたちも年齢を重ねる)」

 という部分である。

 赤川次郎の人気と筆力があって初めて成立する長期シリーズであり、1988年に十五歳で登場した主人公の杉原爽香は、2019年の最新巻では四十六歳になっている。

 こういったシリーズであるだけに、年月が積み重なっていく面白さがある一方で、途中から入る事は当然難しい。例えば、キャラクターが過去を回想することが前の巻のネタバレになってしまうような事態もあるわけである。だが読まれないままでいるのはあまりにもったいない作品がいくつもシリーズ内にあるのも事実なので、今回紹介したいと思う。


 まず紹介したいのがシリーズ四作目『薄紫のウィークエンド』。主人公が十八歳の秋に起った物語である。

 主人公の爽香は親友の今日子が評判の悪いプレイボーイの大学生只野と交際しているという噂を聞き心配していた。一方只野の父親が経営する会社で働く平凡なサラリーマンの酒井は、消費者金融に務める女性から妻が莫大な借金をしていると聞かされ、やがて重大な犯罪話に引き込まれていく。

 今作に関してはミステリ的には極めて簡単というか、それしかないというオチなので、むしろみるみるうちに犯罪に手を染めてしまう酒井を視点にした犯罪ものサスペンスとしての側面が強い。

 そしてこの物語のおかしな魅力は、その酒井ともう一人の登場人物を巡る顛末である。

(この先今作のネタバレがあります)





 今作はタイトルで書いたように、赤川次郎の読者がそうなって欲しくないなという展開を的確に突く側面を現したような物語である。

 話が進み、酒井は人殺しに手を染めてしまうのだが、その相手は寄りにもよって「プレイボーイの只野が心底惚れて改心するきっかけとなった少女」なのである。当然読者は物語上その少女に好感を持つため、偶然によりあっさり殺されてしまう展開には予想の範疇とはいえダメージを受けざるを得ない。

 「読者にとってそうなって欲しくない展開」はそれだけにとどまらず、酒井は騙されていたことを最終的に悟り、自分を騙した女性をめった刺しにしたあげく自殺するという、事件の関係者には一切救いの無い展開が待っている。


(ネタバレ終わり)


 それでも今作は、最後にかつてのプレイボーイ只野が前向きに生きようとする姿が示唆されるなど全く希望がないわけではない。

 そう、次回紹介する『暗黒のスタートライン』に比べれば。


書誌データ

1991年9月光文社文庫

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