その八 招かれた女 ~ミステリの底を引っこ抜く~


 赤川次郎は期待を裏切る作家である。

 どこかで見た設定、ありがちな展開、ステロタイプな登場人物。そういった要素をちりばめながら油断させた所で、読者をあらゆる予想を裏切る事が出来る人だ。



 『招かれた女』はすごい作品である。

 これまで読んだ赤川次郎作品で、一つだけどうしても推したい作品をと言われたらこれを推薦する。

 物語は、女子中学生の殺人事件を捜査していた老刑事の宮本が、同行していた若い刑事が容疑者に殺され、殺害した容疑者も逃走中に事故死する悲運に遭遇するところから始まる。刑事の婚約者爽子に責められ、失意のうちに宮本は退職する。数年後爽子と再会した宮本は偶然から彼女の友人の父親が経営する会社に再就職し立ち直るが、数年前の殺人事件の影が宮本の周囲に忍び寄ってくる。

 初読の際はミステリよりサスペンス要素が強く感じられた今作だが、結末を知ってから読み返すと実はミステリとしてかなり周到に計算された作品である事が分かった。むしろサスペンスの強さはミステリ色をかき消すためのレッド・ヘリングなのだろう。

 たしかに登場人物が少ないせいで容疑者が片手で数えるほどしかおらず、その少ないキャラも話が進むごとにどんどん死んでいってしまうので、推理せずとも最終章前に犯人は分かる。

 重要なのはサスペンス・ミステリとしては「面白いがありきたりな展開」として最終盤まで進んでいく事である。

迎えるラストはどんでん返しの一種といえば一種であるが、意外な犯人とか驚愕なトリックというわけではない。にもかかわらずショックの度合いで言えば世に数多くあるどんでん返しが売りのミステリに引けを取るものではない。

 今作に関しては本当に無心で手に取って欲しいのであまり語りすぎるとラストを予知してしまうかもしれないという危惧もあるのだが、その危険を冒してでも今作をオススメしたいというのも本音だ。

 前回の『ホーム・スイート・ホーム』と被ってしまうが、今作のおかしな所もラストに集約されている。

(この先今作のネタバレがあります)





 ラストは、正確には衝撃と言うより恐怖と言った方が良いだろう。

 「探偵役の主人公から謎解きされ自首を勧められた犯人と共犯が、彼女を騙して殺してしまう」のだから。

 ミステリのお約束を逆手に取った展開だが、ただ読者の期待を裏切っただけではなく、こうすることで事件の犯人たちのとんでもない邪悪さが印象づけられるのである。

 行間から邪悪な影が立ち上ってくるかのような殺害シーンに、犯人が口にするある台詞は読んでいて怖気を感じるほどの悪辣さが伝わる。

 ミステリとしても決して悪くない作品だが、今作はあの1ページのため書かれたのではないかと錯覚すらする。


 (ネタバレ終わり)

 まさに一生忘れないような衝撃を受けるような怪作である。

 問題はこれだけのインパクトがある作品なのに、2020年現在赤川次郎作品ではかなり知名度の低い部類になる。それもそのはず紙媒体で買えないのだ(電子書籍では読める)…。


書誌データ

1980年3月NONノベル

1984年9月角川文庫

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