その七 ホーム・スイート・ホーム ~家族という名の鎖~

 赤川次郎は家族を書く作家である。

 それが喜劇か、悲劇か。ハッピーエンドか、バッドエンドなにかはともかく、物語の多くは家族に関する事から引き起こされる。


 『ホーム・スイート・ホーム』はショッキングな出だしで始まる。明け方の道を怪我し、靴が片方脱げた無残な状態で歩く若い女性の姿。結婚を目前に控えた長女の文江が男に乱暴され帰宅した時から、棚原家を巻き込む悲劇は始まった。

 次女の絢子は姉をひどい目に合わせた犯人を突き止めようと行動するが、その周囲では父親の紘治は会社の裏金持ち運びのトラブルに巻き込まれ、長男の広士は怪しい儲け話に首を突っ込む。母の美也子は一人家庭を守るために泰然としているが実は…。そして恐ろしい事態は絢子と恋人の丸山にも忍び寄ろうとしていた。

 今作は数ある(といっても著作の二割もまだ読んでいないが)赤川次郎作品のなかでも屈指の「嫌な話」である。もちろん今作以外にも登場人物が酷い目に遭う話や、嫌な登場人物が出てくる話というのは数多くある。しかしながら『ホーム・スイート・ホーム』の嫌な話感はそれらのとはまた毛並みの違う嫌さなのだ。

 先ほど紹介したオープニングひとつ取っても、長女の文江が傷ついて歩くところを、近所に住むゴシップ好きの老婆がずっと覗いていて誰にこのニュースを話そうかと喜々としているシーンなどは、作者の宣戦布告ともいえる場面である。生半可な嫌な話ではないぞ、という所だろう。

 また今作の嫌さのレベルを上げているのは、巻き込まれる棚原家が本当にごく普通の家庭であるという事。そして他の家族はまだしも、主人公である次女の絢子は全く非がないのに他の家族同様、もしくはもっとひどい目に遭ってしまうという所だ。彼女がいかにも赤川次郎らしい前向きで凛としたヒロインであるだけに、一層読んでいて辛さが募る。

 なんだか文句を書き連ねているように見えるかもしれないが、その嫌さが今作のサスペンスを非常に盛り上げているのは間違いない。お化け屋敷やジェットコースターのように、嫌な話のアトラクションとして今作は成立している。

 話の整合性などを気にし出すとキリがない(いくら棚原姉妹が美人でもそこまでの価値があるのかとか)のだが、それらを吹き飛ばす負の魅力に満ちた長編である。もちろんその手の話が嫌いだという人に無理矢理推そうとは思わないが、一度読みだすとやめられないタイプの作品である。

 ここまで今作のおかしな所に触れてこなかったが、それはクライマックスにあるからだ。今作のクライマックスは、十代の頃に読もうものならトラウマ必至(実例:筆者)の衝撃である。

(この先今作のネタバレがあります)





 最後に「悪い連中に攫われたヒロインの絢子が間一髪助けられることもなくそのまま悪い連中の嬲り者にされる」のだ。

 全編を嫌な展開で押し進めた今作の展開としては、確かにこれ以上相応しいものはないだろうが、思いついても普通は実行しないだろう。いかにベタといえども間一髪で助けに来るのがエンタテインメントというものだ。実際『セーラー服と機関銃』などではそういう展開にしていたのだから。

 またもう一つの普通ならやらない展開は、長男の広士の顛末だろう。作中でも屈指のクズな立ち回りを見せたうえ悪人に自分の妹たちを差し出すような真似までしておいてこれといった罰も受けず最後までのうのうとしているのだから、読者が一番たまったものではない。

 こういう「普通は実作において書くのをためらうような展開」を軽々と飛び越えてしまうのが赤川次郎の持つおかしな魅力の大きな一つだというのを、この本では主張していきたいが、それが最も全面に出たのが『ホーム・スイート・ホーム』である。

(ネタバレ終わり)



書誌データ

1993年10月小学館

1997年4月集英社文庫

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