その六 死者は空中を歩く ~赤川次郎は館ミステリの夢を見るか~


 赤川次郎は「本格ミステリ」をからかう作家である。

 ネガティヴな内容ではないが、本格ミステリが宿命的に孕んでしまっている不自然さや大仰さなどを無意識にしろ意識的にしろ、面白くいじってしまうのがその特徴だ。


 とはいえ『死者は空中を歩く』は、赤川次郎の中では上位に位置する本格ミステリ的なギミックと雰囲気に溢れている。

 物語は4人の男たちの描写から始まる。凶悪な逃亡犯の山崎、借金まみれのセールスマン古井、幼女へのいたずら常習犯の広津、会社の金を横領したことが発覚した桂木。立場は違えど皆破滅寸前に追い込まれていたが、窮地を救われある場所へ招待される。

 招待された場所は万華荘と呼ばれる邸宅で、そこに住む大富豪千住忠高は邸宅の中央に巨大な塔を建ててそこでくらす変人。彼のもとに救われた男四人が集められ、こう告げる。「わたしを殺してほしい」と。さらに万華荘には家出していた千住の娘の美也子や、彼女の夫の隆夫、刑事たちまで集まってついには殺人が起こり大騒動になっていく。

 2008年に発売され、ミステリファンから歓迎された『本格ミステリ・フラッシュバック』で取り上げられたこともあり、今作を本格ミステリと認識している人も多いだろう。 

 たしかに設定だけ聞くと島田荘司か新本格かと思わずいきり立つ舞台にエキセントリックな登場人物たち。本格ミステリ以外の何物でもない舞台装置である。

 ただ、そこは赤川次郎なので一筋縄ではいかない。というかこの長編、あきらかにおかしいのは全体を通して非常にバランスの悪い構成になっているのだ。

 基本線としては万華荘で起る連続殺人を、ヒロインである美也子と夫の隆夫が解決していく物語で、探偵役を務める隆夫もエキセントリックでつかみどころのないキャラクターはいかにも本格ミステリの名探偵という感じで安心して読める。

 問題はその周辺で、事件の通報を受けて介入する刑事の野々山と上司の飯沢警部の二人は、後に赤川次郎作品で山のように出てくるボンクラ警察官の大元ともいうべきひどい連中であり、それぞれ恋人の気を惹くためや出世欲で暴走し、見るも無残に失敗するのだが、そのくだりがかなりの分量で語られるのである。読者をあえて本格ミステリの雰囲気に浸らせないようにするかのごとき所業だ。

 さらに後半になると彼らの上司にあたる本部長の双見というキャラも出てくるのだが、これも彼らに劣らずひどい男であり、しかも彼の登場から物語は完全にスクリューボールコメディのようなハイテンションな展開になって行く。

 連続しておこる殺人、絶海の孤島でもないのに外に連絡が取れない(取らない)状況、そこに関わってくる無能な刑事たち…これを本格ミステリとして読むのは不可能というものであろう。

 ただ読んでいる最中は面白い事この上ない。本格ミステリとひどい話が交互に挿入されてぐちゃぐちゃになっていき、後半もっと収拾がつかなくなっていくその様はあっけにとられながら読むしかない。

 それでいてラストには非常に重い真相を用意しているのだから感情の持って行き処が忙しい。


(この先今作のネタバレがあります)





 今作はメインの事件だけでいうなら、本格ミステリを期待すると肩透かしを食らう話。なにせ「催眠術を使った殺人トリック」なのだから。実行不可能な上に伏線も乏しい。

 読者に衝撃を与えるのは、むしろ過去の事件の真相で、ヒロインの父親である千住が過去二回も保険金殺人を犯した事が明らかになり、集められた4人は全てその事件の関係者だったことが分かる部分だろう。こちらの方が読み手を惹きつける謎としては魅力的であり、メインに据えるべきだった。


(ネタバレ終わり)



 最後に。1999年に発売された角川文庫版には、ミステリ評論家の千街晶之氏の解説がついている。なかなか評論の場で語られることのない赤川次郎だが、この文章は作家・赤川次郎の大きな特徴である「ドメスティックな悲劇」や「冷徹な筆致」にかなり踏み込んで書かれている。率直にいってミステリファン必読の文章なのでこれから今作に触れる方はぜひ角川文庫で読んで欲しい。


書誌データ

1979年4月トクマノベルズ

1980年10月徳間文庫

1999年9月角川文庫

2015年11月徳間文庫(新装版)

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