姉さんは僕に気を許し過ぎている

@山氏

久々に会った従姉に甘えられ

「ごめんね、急に来ちゃって」

 扉の前には、セミロングで明るめの茶髪の女性が笑って立っていた。

「姉さん? どうしたの」

 彼女は鳴海。僕の従姉だ。昔はよく遊んでもらっていたものだが、彼氏ができてからはあまり会っていなかった。いつの間にか同棲していたようだ。

「ちょっと彼氏と喧嘩して出てきちゃった」

「そうなんだ……」

 僕は彼女を家に上げると、キッチンに向かってお湯を沸かし始めた。

「コーヒーでいい? 好きだったよね」

「いいよ、私がやるから。まさくんは座ってて」

 まさくんと呼ばれて少し顔が熱くなるのを感じた。僕の名前が正章だから、家族からもそう呼ばれていたのだが、もう高校生にもなってその呼ばれ方をするのはなんだか恥ずかしい。

 鳴海は僕の頭を撫でて、リビングの方へ背中を押した。

「べ、別にそのくらい僕がやるよ……」

「いいのいいの。お姉さんに任せて」

「わかったよ……」

 僕は渋々リビングで座ってキッチンの鳴海を見ていた。鼻歌を歌いながらコーヒーを淹れ、マグカップを二つ持って歩いてきた。

「そういえば、まさくんもコーヒー好きだったっけ?」

「うん、好きだよ」

 僕がコーヒーを好きになったのは、鳴海が飲んでいるのを見て、自分も飲んでみたくなったのが始まりだった。

 僕は鳴海からコーヒーを受け取って、少し息を吹きかけて冷まして口を付けた。

「姉さん……?」

 鳴海は僕の横に座り、もたれかかった来た。ふわっと甘い香りがした。僕は鳴海の方を向くことができず、むしろ顔を逸らした。

「んー?」

「どうしたの……?」

「なんでもないよ」

「そういうのは彼氏にやってよ……」

「まさくんだからいいの。それに、彼氏とは喧嘩してるもん」

 鳴海は気にした様子もなく僕にもたれかかっている。

「……コーヒー冷めるよ?」

「それは嫌かも」

 そういうと鳴海は少しだけ僕から離れ、マグカップを手に取った。

 鳴海が離れてしまったことに名残惜しさを感じつつも、僕はコーヒーを飲んだ。

「なんで喧嘩なんてしたの?」

「んー、最近構ってくれないから」

「なにそれ……」

「だって、せっかく付き合ってるんだから、もっとこう……イチャイチャしたいの!」

「そっか……」

 僕はコーヒーを飲みながら延々と鳴海の愚痴を聞き続けた。

「はぁ……」

 すべて話し切ったのか、鳴海はため息を吐いてコーヒーに口を付ける。

 すると、慌てて携帯を取り出し、電話に出た。

「もしもし!」

 僕と話している時とは違う声音に、少しだけ胸が痛くなる。

「うん……うん……わかった、帰る……」

 鳴海は電話を切ると、残っていたコーヒーをすべて飲み切って、マグカップを置いた。

「ごめんね、まさくん。愚痴聞いてもらっちゃって」

「別にいいよ。彼氏さんから電話?」

「うん、早く帰って来いって」

 嬉しそうに話す鳴海。

「じゃあ、早く行った方がいいよ。片付けはやるからさ」

 僕は努めて笑顔で鳴海を送り出し、彼女は僕に手を振って家から出ていった。

 リビングに戻り、僕は残ったコーヒーを飲む。

「別れないかなぁ……」

 ため息を吐きながら、呟いた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

姉さんは僕に気を許し過ぎている @山氏 @yamauji37

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ