白群1

 〈樹氷月じゅひょうづき〉が終わり、〈薄氷月うすらいづき〉になった。ティア・ブルーノの侵攻まであと三ヶ月。未だにイワンさん以外、ティアメイルに目覚めてはいない。皆同じ状態だけれど、僕は、少し焦っていた。


「おいジャック、そろそろ休憩にしよう。あまりやると、体に良くない。」

「でも、早く使えるようにならないと。もう、三ヶ月しかないんですよ!?」

「だが無理してもな・・・。まだあれができるのはイワンだけだ。一ヶ月経たんうちに急にできるわけもないだろう。気長にやってみたらどうだ?」

「ダメなんです、それじゃ。」


そう、それじゃあダメだ。気長にやっていて、間に合わなかったらどうしようもない。できるだけ早く習得して、慣れて、少しでも皆の力になれるように!頑張らなくちゃ。


「・・・強くは止めないけど、無理しないようにね、ジャック。俺たちは休憩入るから。」

「はい、お疲れ様です。」


ハインリヒさんもクロードさんも休憩のため、建物の中に入っていった。皆は楽観的だ。でもまあ、大人だから。適応能力も高いのかも。子供の僕より早く、コツをつかめるのかもしれない。


 しばらく続けて、昼食だというので一度空間から出た。その後ガロ様に頼んでまた入らせてもらい、一人で霊力を取り込んでは放ち続けていく。足りない。足りない。まだ、足りない!


「ジャック君?」


意識の外から聞こえてきた声に、驚いて振り返ると、イワンさんが立っていた。


「イワンさん?どうしたんですか?」

「いえ、様子を見にきたんです。最近頑張っているようですから。勤勉なのはいいことですね。」

「・・・ありがとうございます。」

「ここは暑いですね。冬着で来たのは間違いでした。」


彼は微笑むと、僕に建物の中に入るように言った。一度断ったけどどうにも断りきれなくて、渋々建物に入る。


「使いなさい。汗だくですよ。」


にっこりとした顔のまま僕に手拭いを差し出す。それを受け取って汗を拭いている間、彼は冷蔵庫や棚を見てまわり、テーブルの上にお菓子の入った鉢と冷たいお茶を並べた。


「そんなに汗だくなのに、水分も摂っていないでしょう?いくら私たちの特殊な体とはいえ、倒れてしまいますよ。無理と焦りは禁物です。」

「でも・・・。間に合わなかったら、僕だけ力になれないじゃないですか。皆さんが頑張って戦っている間、僕だけ何もしないなんて、嫌です!」

「大丈夫ですよ。間に合わないことなんてありません。ティア達はちゃんと計算して練習の日程を組んでいます。確かに早いうちに習得できたら、それに越したことはありませんが。習得してから完全に慣れるまで、十分に時間はあると思いますよ?」


ここ最近何度も同じような言葉を言われた。でも焦りは一向に消えなくて、むしろ増すばかりで。早く結果を出したくてしょうがない。どうすれば?・・・あ、そういえば、イワンさんはもうティアメイルが使えるんだよな。


「イワンさんがティアメイルを習得したのはいつなんですか?どうやって・・・やっぱり今みたいに練習したんですか?」

「私ですか?いつでしたかねえ。結構最近だったとは思うのですが。ティアメイルの話を聞いて、ちょっと試してみようと思って・・・。ティアに練習させてもらったというよりは、自分で色々と試行錯誤してみた感じですかね。結局たどり着いたのは今ジャック君がやっているような方法でした。それを一月ぐらい繰り返して。ある日突然、今ならできる、と思ったんです。実践したら、成功しました。本当に、いきなりできるようになったんです。なんの前触れもなく。」

「いきなり、ですか?」

「そう、いきなりです。」


・・・あんまり参考にならなかったな。きっと、この人には才能があったんだ。僕にはもっと長く時間がかかるはずだ。やっぱり練習しないと。もっとたくさん。コップを置いて立ち上がろうとした僕の肩を、イワンさんが押さえた。


「気晴らしに、散歩でも行きませんか?イヴと、ステラも誘って、四人で。」

「そんな時間は・・・!」

「勤勉なのは良いことですが、君は頑張りすぎです。根を詰めすぎて疲れているでしょう。他のことも考えないと、いつか参ってしまいますよ?そのいつかが決戦の日だったら、それこそ最悪じゃないですか。」

「でも僕はもともとそんなに力が強くないし、ガロ様も急成長だと言ってましたけど、それでもきっとエレンに追いついたぐらいです。ハインリヒさんは先月霊力が目覚めたばかりですけど、もう僕は追い越されてます。決められたとおりに練習しても置いてけぼりをくらうかもしれないし。」

「だから自主的に練習しようと?」

「はい。」

「・・・だとしてもやり過ぎです!いいですか、すぐにここを出て外に出る準備をしなさい。今日はもう練習をすることは認めません!」

「えっ!」

「ほら、早く出てください。」


突然強硬手段に出たイワンさんに、驚く僕。そんな僕を尻目に彼は僕を夏の空間から無理矢理追い出し、空間を閉じてしまった。


「あ~っ!」

「ガロ様も心配していたんです、きっともう開きませんよ。」


そう言って、にっこりと微笑む。恐ろしい人だ・・・。こうなってはどうすることも出来ないので、仕方なく部屋に戻ってコートを羽織った。下に降りるとイワンさんが満足げにこっちを見た。


「あとはステラとイヴですね。」

「散歩って、どこまで行くんですか?」

「ジャック君、散歩ですよ?気ままにどこまでも行くに決まってるじゃないですか。」

「そうですか・・・。」

「兄様、お待たせしました!」

「外に出るのが久しぶりなので、何を着ていけば良いか分からなくて・・・。」

「ステラは引きこもりすぎです!」


確かにイヴさんはよくクラリスさんたちと外遊びをしているけど、ステラさんは館の中で本を読んだりしていることが多い。それにしても、何着ていけば良いか分からないなんてあり得るんだ・・・。


「ではいきましょうか。」


『雀の涙』をでて、ぶらぶらと一本道を進む。ステラさんとイヴさんが話しながら前を歩き、僕はイワンさんと並んで歩いている。


「イワンさんの見た感じで、もうすぐティアメイルが使えそうなのって誰ですか?」

「私目利きはあまり得意ではないんですが、そうですねえ。冬組の成長は著しいと思います。季節の利もありますし。全体で見て、イグナスですかね。ティアメイルを使えるようになると、霊力の大きさが測れるようになりますが、それで見る限り今一番霊力が大きいのは彼です。」

「じゃあイグナスさんが。」

「そうとも言い切れないですよ?先ほども言ったように、ティアメイルを使えるようになるのは突然のことです。それに、人によってティアメイルの発現に必要な霊力の大きさは、異なるやもしれません。」

「そうなんですか?」

「わかりませんが、身体の大きさにもよるのではないですか?」

「あ、可能性の話ですか。」


ちょっと残念。もしかしたら、と思ったんだけどな。


「でも君は才能がありますし、きっともうすぐですよ。」

「才能なんて。そんなの、生まれてから感じたこともないです。」

「そうですか?」


気づけばいつの間にか峠を越え、あの分かれ道まで来ていた。


「兄様、どちらに進みましょう?」

「ターナーに進んでください。領に入らず、インコンを通っていきましょうか。インコンを通れば、ちょっとした冒険もできますしね。」

「わかりました!」

「冒険?」

「ええ。野犬や大蜥蜴、盗賊などなど、危険なものがたくさんあります。戦い方が身につく、いい修行になりそうだと思いませんか?」

「えっ・・・。」


今、ですか・・・?休めと言ったり修行しようと言ったり、自由な人だなあ。でもまあ、今の自分の力も分かりそうだし、ちょうどいいかな。うん。ステラさんを引っ張りながら、意気揚々とイヴさんは歩いて行く。僕とイワンさんも後を追った。


 インコンには初めて入る。どんな場所なのかというのも、知識でしか知らなかった。だから入ってみて、驚いた。思っていたよりずっときれいに整備されていたから。そこは小さな村のような場所で、木と藁で作られた家がまばらに立ち並んでいる。中心あたりには井戸が一つ。そこから生活用水を汲んで来ているんだと思う。ただ村と違うのは、柵も塀も何もなく外から丸見えだということ。これでは野犬などに襲われるのも納得だ。


「この辺りのインコンは綺麗なところですよ。私が知っているところには酷いところがいくつもあります。」

「ターナー伯爵はインコンに住む人を減らそうと、領に入る際の手続きを簡単にした方です。それに習って、隣のハクスリーも同じようにしたところ、ここ周辺のインコンに住む人は大きく減少したそうですよ。今、国中でその事実が重要視されているんです。」

「へえ・・・。みんなが安全な場所で暮らせるのはいいことですよね。」

「そうですね。少しでもグラントたちのような境遇の人を減らせるといいんですけどね。」


グラントさんとハインリヒさんは、インコンで野犬に襲われて両親を亡くしている。領に住む平民とインコンに住む人たちの差を無くさなければいけないというのは、僕にもよくわかった。そもそも、なんでインコンなんて場所ができてしまったんだろう?


「もう少し進んでみましょうか。」


イワンさんがそう言ってインコンを抜けて行く。僕たちも後について行った。


 『雀の涙』がある地域はあまり雪が降らない。それはターナーやハクスリーも同じで。だからインコンからしばらく歩いて突然雪が現れた時はとても驚いた。アーヴィングも雪は降るけれど、こんなに豪雪地帯ではない。現れた雪原は歩けば僕の膝下まで埋まるような、そんな深さだった。絶対に僕らのように軽装で来る場所ではないよな・・・。


「これは、予想外ですね・・・。」

「どうしますかイワンさん?別の道、探したり・・・?」

「そうですね。その方がいいでしょう。どこか道のある場所を探しますか。」

「ジャックさんの〈猩々緋しょうじょうひ〉で雪を溶かして進むのはどうですか?」

「えっ?」


イヴさんが不思議なことを言い出した。いや、出来なくはないだろうけど・・・。これをずっと溶かすの?僕が?


「いいですね。それは妙案です!出来ますか、ジャック君?」

「できるとは思いますけど、どこまでもつか。」

「大丈夫ですよ。冬の霊力は夏の霊力に弱いです。冬の霊力の塊のような雪を溶かすのに、そこまで力はいらないでしょう。」

「道を探すより早いと思います!」

「えー・・・。」


まあそうだろうけど!・・・はあ。ここまで期待されてはしょうがないか。


「わかりました、やりますよ。」

「ありがとうございます。」


軽くため息をつき、手袋を脱いでから目の前の雪に手を向ける。


「〈猩々緋〉。」


目の前が明るくなり、手から炎が飛び出した。雪ってこんなに脆いものだっけ?炎が雪に触れると、雪は一瞬で消えて無くなって行く。後ろで歓声を上げている人たちをほっといて、僕は道を作っていった。

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