白群2

 手をかざしながら歩くのも結構疲れる。特に腕が。もっと楽な方法ないもんかなあ、なんて考えながら、どんどん歩く。ふと横の山を見ると、何か動くものが見えた気がした。立ち止まって、よく目を凝らして見るけど、特に何もなかった。


「どうかしましたか?」

「あ、いえ。なんでもないです。なんか動いた気がして。」

「山で動くものですか・・・。少し警戒した方がいいかもしれませんね。」

「ですね。」


前を向いてまた道を伸ばしながら歩いていく。さっきのほのぼのとした雰囲気が一変した。一体、何が出るだろうか。

 

 突然、遠吠えが聞こえた。全員がばっと警戒態勢をとる。最初の遠吠えに呼応するように二つ、三つとどんどん遠吠えが増え、山からいくつもの影が飛び出してきた!


「野犬の群れです!気をつけて!」


イワンさんが叫んだ。それぞれに霊力を発動させ、野犬に攻撃を仕掛ける。氷の礫や水の刃が野犬を襲った。倒せてはいるが、まだまだ数が多い。一本道では戦いにくいだろうと、僕は足元の雪を溶かしていく。野犬が飛びかかってくるので広範囲で、短時間で終わらせなくちゃいけない。両手から全力の炎を薄く広げながら三人の足元へ解き放つと、一気に開けた土地ができた。突然足場がなくなりバランスを崩す野犬たちを、ステラさんの氷の霊力、〈藍白あいじろ〉が襲う。負傷した野犬たちが怯んだ。でも、数が減ったわけじゃない。


「なかなか手強いですね・・・。」

「冬の影響でしょうか。っ、危ない!」


会話の暇も与えない野犬を、氷の壁が阻む。


「冬の影響だとしても、こんなに強くなること、あるんですか?」

「自然のものは我々人間よりも染まりやすいです。可能性はあります。」

「なら夏の霊力で一気攻めないと・・・。」

「そうですね。ジャック君、いけそうですか?」

「自信はないですけど、やってみます。」


氷の壁の後ろから出て、野犬たちに向かう。獲物を見つけたとばかりに、奴らは飛びかかってくる。ひ、怖い!慌てて手を振り回すと〈猩々緋しょうじょうひ〉が飛び出して野犬を焼いた。目の前にどさっと黒焦げの物体が落ちる。


「うわ・・・。」


やっちゃったかな?いやでも、通用する!それがわかれば十分だ。ちょっと安心して、残りの野犬にも火の玉を次々と放った。何匹かは仕留められたけど、素早くて避けられてしまうのがほとんどだ。でも、大丈夫。そんな気がする。ものすごく根拠のない自信だけど、今はなんでもできそうだ。


 目の前にいた野犬たちの周りを炎で覆う。逃げることはこれでできないはず。イワンさんの言うとおり、野犬たちは冬の霊力で染まっていたらしい。炎の通ること通ること!一匹ずつ倒していってもあっという間で時間はそんなにかからなさそうだ。なんて、呑気な気分でいると。


ァウオオオオオオオオオン!


「っ!?」


骨に響くような大きな遠吠え。と同時に、山を駆け下りてくる白い影。雪煙を上げてこっちへやってくるそれは、巨大な白い狼だった。


(なんだよあれえっ!)


大慌てで〈猩々緋〉を撃ちまくる。でもはじかれるか毛先をちょっと焦がすだけで、全然効いていない。


「ジャック君!?何かあったんですか!?」


氷の壁がなくなり、イワンさんたちが出てきた。そして狼を見て驚いた表情をする。


「な、狼?いったいなにが・・・。」

「わかんないです!突然現れて、〈猩々緋〉も効かなくって!」

「ジャック君、伏せて!」


イワンさんの指示に従って雪の上に倒れ込んだ。僕の上を、狼が飛び越えていく。あのまま立っていたら襲われていたに違いない。危なかった・・・。


「大丈夫ですか?」

「はい、ありがとうございます。」

「あれは一体・・・?」


狼は僕達の方を黄色い目で見つめている。野犬たちはいつの間にか一匹もいなくなっていた。互いに動かないまま少しの時間があって・・・狼が低くうなり僕達に飛びかかってきた。


 最初の爪の攻撃はステラさんが防ぎ、イヴさんが蒸気の霊力〈白花しらはな〉で視界を遮る。イワンさんが水の刃を飛ばし、僕も火の玉を使って攻撃した。普通の動物なら傷を負っているはずだけど・・・なんて硬い毛皮だろう。イワンさんの刃は毛の一部を切っただけ。僕の火の玉はさっきと同じで毛皮を少し焦がしただけだ。冬の霊力は夏の霊力に弱いというのが嘘のように思えてくる。


「効きませんか・・・。」


隣でイワンさんが呟くのが聞こえた。狼が攻撃を避けた様子はない。僕達の方が弱いんだ。狼が僕の方を見る。夏の霊力に満ちた僕が危険な存在だと、本能的に悟ったに違いない。三人の間を素早く抜け、食ってやるとばかりに、口を大きく開けて僕に襲いかかってきた。


「うわあっ!」


逃げようと後ずさり、転んでしまう。急いで立ち上がって逃げようとしたが、背中にぶつかってこられてまた倒れる。


「ジャック君!」


イワンさんの水の刃が飛んでくるが、狼はものともしない。這って逃げようとする僕の足を、狼が噛んだ。


「~~っ!」


痛さに声が出ない。


「イヴ、ステラ、下がりなさい!」


イワンさんの焦ったような声。薄く開けた目には、水の体の龍が映った。あれが、イワンさんのティアメイル・・・?大きな水の音がして、狼の体が揺れた。イワンさんの放った技が当たったらしい。それでも、狼は僕の足を放してくれない。それどころか噛む力が強くなったように感じる。


「放せえっ!」


手から全力の炎を放って、狼の顔を攻撃する。少しやけどさせることは出来たが、倒すことは出来なかった。狼がくるりと向きを変え、僕を森の方へ引きずっていく。まさか、このまま僕を連れて行くつもりかっ!?


「逃がしませんっ!」


ステラさんの氷壁が狼の目の前にそびえ立つが、それをチラリと見ると尻尾の一振りで砕いてしまった。必死でもがくけど、抜けることは出来ない。悪い方向へ想像が働く。このまま連れて行かれて、こいつの食事にされるのか?それとも、道のない危険な場所で放置されて野垂れ死ぬのか?そんなの、


「そんなの、嫌だっ!」


叫んで、一層強く足を蹴り出した。狼が一瞬たじろぐ。始めて反応を見せた。チャンスだ。そう思って何度も何度も蹴る。まだ放さない。蹴り続けていると、なんだか突然暑くなってきた。真冬のはずなのに、汗が出てくる。冷たかった手もだんだん温かくなってきた。

 

 何でだろう?なんだか、この地に眠っていた夏の霊力が僕を応援してくれているような、そんな感覚。そうか、これが!イワンさんが突然使える気がしたと言った意味がよく分かった。僕にも使える!ティアメイルが、僕にも!今なら使える!


「ティアメイル〈猩々緋〉!」


僕の声に反応するように、全身を炎が覆った。


「ジャックさん!」

「早く消火を・・・!」


イヴさんとステラさんの慌てた声が聞こえてくる。炎に驚いたのか、狼もようやく僕の足を放した。炎は僕の体を変えていく。腕が翼になり、足が鉤爪になり、体中が炎で出来た羽毛に包まれた。これがティアメイル・・・。体中に強力な霊力が溢れているのが分かる。僕は喜びで雄叫びを上げた。その声は大きな鳥が鳴いたような声だった。狼を見ると、尻尾を巻いて後ずさっている。威嚇するようにもう一度鳴き、僕は腕を動かした。ふわりと体が宙に浮く。どうやら鳥になったみたいだ。なんとかバランスをとり、手のひら(あ、今は翼か)の間に大きな火の玉を作り上げる。


「くらえっ!」


かけ声と共に火の玉を放つ。狼に直撃した。さすがの狼でもティアメイルの霊力には耐えられなかったようだ。少しあらがったけれど、やがて悲しげな遠吠えをすると、その体は地面に倒れた。僕はゆっくりと狼の前に降り立ち、ティアメイルをといた。


「やったあっ!倒しました!すごいですジャックさん!」

「ティアメイルが出来るようになったんですね!おめでとうございます!」


イヴさんとステラさんが僕に駆け寄ってくる。まるで自分のことのように僕のティアメイルの発現を喜んでくれている。


「あ、ありがとうございます。」

「すごいじゃないですかジャック君!もう少し先になると思っていましたが、練習の成果が出たんですね。」


イワンさんが拍手を送ってくれる。ティアメイルをといた瞬間から、さっき感じたような霊力が強くなった感覚は無くなっていた。だからあまり実感がわかない。


「どうです?突然だったでしょう。」

「はい。本当に突然、今なら出来る!って感じになって・・・。でもびっくりしました。」

「練習を始めて一ヶ月ほどでティアメイルを習得するなんて、ティアたちもびっくりですね!」

「そうですかね・・・?」

「きっとそうです。」


二人分の輝く目がまぶしい・・・。


「イワンさんも、ティアメイル使ってましたね。」

「ええ、私の〈月白げっぱく〉のティアメイルは龍に変身しますが、ジャック君は鳥でしたね。おとぎ話の不死鳥のような。綺麗な炎の鳥でしたよ。」

「威厳のある姿、でした?」

「それはどうでしょうねえ?」


茶化されてしまった。まだまだ使い始めたばかりだから、きっとそのうちに威厳も出てくるはずだ。うん、きっと!


「さて・・・。冷えても来ましたし、そろそろ帰りましょうか。疲れているでしょう?乗せていきますよ。」


イワンさんがもう一度ティアメイルを使って龍に変身し、僕らはその背に乗って『雀の涙』に帰った。ティアメイルの無駄遣いのような気が、しなくもないけど。まあいいか。ティアメイルが使えるようになって良かった。これで僕も、ちゃんと戦える!



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