紫黒

 イグナスさんとサンドラさんが帰って来て、すぐさま話し合いが開かれた。イワンさんが前に立って言った。


「皆さんお分かりのとおり、精霊持ちが十一人全員揃いました。これからあなた方について、説明がありますからよく聞いてくださいね。」


イワンさんが座り、ティアたちが立ち上がる。


「四百年前。」


ガロ様が口を開いた。


「ティア・ブルーノの死霊軍がこの国で暴れ出した。国のあちこちで殺戮が行われ、たくさんの人々が亡くなった。」

「俺たちは死霊軍を止めるべく、ブルーノの城へ、十二体の精霊たちと向かった。死霊たちは容易く倒せたが、ティア・ブルーノにはいいようにやられてしまった。」

「その時に、スロのしもべだった樹木の精霊が裏切り、ティア・ブルーノについたんだ。他の十一の精霊たちはブルーノに弱体化され、国中に飛ばされてしまった。」

「そしてブルーノは言ったんですぅ。『私が死霊を作り直す間に精霊たちを見つけ、また私に抗ってみろ』と。」

「精霊たちはある程度力を回復させると、胎児を依代として力を蓄え始めた。」

「精霊たちの依代になった者が、生まれつき霊力を使えるようになり、精霊持ちとなった。」

「四百年経って、偶然イワンと出会い、彼に協力を頼んだんだ。国中に散らばった精霊を、探す手伝いをして欲しいって。」

「精霊の頃の記憶はありませんでしたが、快く引き受けてくれて、今ここに、樹木の精霊以外全員が集まった訳ですぅ。」

「じゃあ俺たちは使んじゃなくて、使ってことか?」

「そういうこと。ただ、今の君たちはすでに依代じゃない。」

「依代になった胎児は霊力に飲み込まれ、やがて消滅したのだろう。精霊たちは霊力で体を作り、普通の人間と変わりなく生まれてきたのだ。」

「それが僕たち・・・?」


僕は自分の胸に手を当てた。心臓が、規則正しく脈を打っている。この体が霊力でできているなんて。


「精霊持ちとは言いますが、私たちは実質精霊です。力が十分に回復していれば、人の姿から本来の姿に戻ることも可能ですよ。本来の姿は人の姿の時より霊力が強くなります。ですが負担が大きいので、我々はこれをティアメイルと呼び、攻撃手段として使うようにしています。実力が分からないものには、普段より強い力で対抗せねばならないので。」


イワンさんはそう言ってグラントさんを見た。彼は納得したように頷く。


「今のところティアメイルを使えるのはイワンだけだ。いつか来る戦いの日までに、全員にこれを習得してもらいたい。」

「それぞれ大精霊についてもらって、力を増大させるすべを学ぶんだ。」


パロ様が言い終わった時だった。コン、コン、コンとやけにゆっくりとしたノックの音が聞こえた。


「なんだ?まだ誰かいるのか?」


クロードさんが全員感じたであろう疑問を口にする。答えてくれるもの、とティア達を見た。


「ティア?ティア、大丈夫ですか?」


怯えた表情の四人にイワンさんが聞いた。四人とも小刻みに震えている。沈着冷静なスロ様まで怯えるなんて、一体何が来たんだ?


「全員・・・ここから出るなよ・・・。」


絞り出すようにガロ様が言い、四人はリビングに戻っていった。


「誰が来たのかしらね。」

「あの四人があんなに怯える人なんて、考えられないよね。世界の頂点にいるのに。」

「兄様、思い当たる節はありませんか?」

「無いわけでは・・・。しかしなぜ彼らがあんなにも怯えているのかは分かりません。」

「イワン、ここから聞こえるよ。」


サンドラさんの呼びかけで、みんなで壁に耳をくっつけた。


『久しぶりだなガラハド。』

『父上、どうしてここが・・・?』

『お前達の霊力など私には遠く及ばぬ。ヘルガの力も借りれば容易い。』

『一体何をしに・・・。』

『お前達の僕が集っただろう。私には祝辞を言うことも許されないのかスレイ?』


謎の人物が不機嫌そうに言う。直後、突然空気が重くなった。威圧だ。玄関から離れた会議室まで届くほど、強い。


『っ、そ、そういうわけでは・・・!』

『ぐっ・・・!』

『ルロ!しっかり、大丈夫かい?』

『は、はい。大丈夫ですぅ。』

『弱いなルドルフ。そんなざまでは連れ帰っても役立たずだ。』

『うう・・・。』

『ハロルド。そこの弱者はお前が鍛えておけ。死んでも構わん。』

『そんなっ!』

『文句があるのか?』

『い、いえ・・・。』

『さて、私は四ヶ月後に兵を動かす。それまでに精霊に力を蓄えさせておけ。』

『に、四ヶ月後!?』

『そうだ、急げよ。せめて私を驚かせるくらいの力は見せて欲しいものだ。腐っても大精霊なんだからな。さて、予告はした。行くぞヘルガ。』

『はい。じゃあねお前たち。せいぜいブルーノ様を満足させてみなさい。』


扉の閉まった音がした。僕らは耳を離し、顔を見合わせる。


「父上って言ったな。」

「おそらくティア・ブルーノでしょう。彼は大精霊になる前、偉大な精霊使いだったということです。四人の大精霊を生み出すこともできたでしょうね。」

「途中で出てきた名前は何かなー?ガラハドとかルドルフとか。」

「さあ。でもその名前でティアたちが返事をしていたのが気になりますよね。」

「お前たち、盗み聞きしたな?」


突然の声にばっと振り返る。ティアたちが戻ってきていた。


「すみません!つい・・・。」

「別にいいがな。聞かれた方が話が早い。」

「聞いたとおり、ティア・ブルーノは四ヶ月後に四百年ぶりの侵攻を始めるそうだ。」

「頑張って取り組もうね。」

「ねえティア?さっきの会話の中に出てきた名前のこと、聞いてもいい?」


おおよく言ったエレン!僕も実はずっと気になっていたんだ。ティアたちはお互いの顔を見合わせて、困ったような顔をした。


「あ、ああ別に、嫌ならいいの。」

「い、いやいや、別に嫌なんじゃなくて!どう説明しようかと思ってね・・・。」

「ガラハド、スレイ、ハロルド、ルドルフの四つは儂らの名前だ。」

「おいガロ!」

「儂らが人間だった頃の名前だがな。」 


ガロ様はそれ以上何も言わなかった。僕らも何も聞かなかった。


「じゃあ明日から四グループに分かれて練習に取り組みましょうかぁ。」

「そうだね。イワン、サンドラ、エレンは僕と。クロード、ジャック、ハインリヒはガロと。イヴとグラントはスロと。ステラ、クラリス、イグナスはルロとだ。」

「分類が同じ霊力の方が鍛えやすいからな。」


僕はクラリスさんとイグナスさんが嫌そうな顔をしたのを見逃さなかった。ルロ様だとそんなに嫌なのかな?


 会議室には時計がない。リビングに戻ると、もう昼時だった。イワンさんたちが急いで昼食を作りに行って、僕たちはのんびりと食堂に向かった。


「そろそろ里帰りでもするか。」


横を歩いていたクロードさんが言った。


「お、いいねえ。ボクもついて行っていい?」

「ああ、構わない。」

「ジャック君も一緒にだよ。」

「えっ僕もですか?」

「うん。いいでしょ?」

「不安しかないが・・・まあ良いだろう。」

「でも練習を休んで里帰りするんですか?」

「いや、私たちだけでも練習くらいならできる。私とジャックは同じ夏の霊力だし、クラリスは今、自然に触れるだけで霊力が強くなるからな。」


分類の同じ霊力をぶつけて特訓すれば、それだけで霊力は強くなるらしい。クラリスさんの霊力は冬の霊力なので、今はちょうど相性の良い時期なのだそうだ。


「それに顔見せだけだから、そんなに時間もかかるまい。」

「そうだねー。」

「いいなクラリス、余計なことは一切言うなよ。」

「もちろん!クロードに迷惑はかけないよ!」

「はあ、やっぱり不安しかない・・・。」


クロードさんは不安げだが、きっと不安がるようなことはあるまい。クロードさんの実家ってどんなとこなのかな?とっても楽しみだ。

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