第3話 保月神社の巫女

「はあ~~~また不思議なことが起きた……」


現在、照彰はポツンと突っ立っている。 

どこにかと言うと、大きく立派な神社の前だ。古いというわけではないが、歴史ある建物と思われる。

後ろには石でできた長い階段があるが、照彰はその階段を登った記憶がない。 

一番下が見えないくらい長い階段を登ったのだとしたら、照彰は疲れて立っていられないだろう。

しかし、照彰は全く疲れていない。汗一つかいていないし、息も上がっていない。   


ではどこから…?


「えーと…確かあの二人についていって…そしたらなんか変な…夜道を歩いてて空にはすげぇ綺麗な星があって…しかもたまに流れ星も……あれ…?」


そう。照彰は、ただ前を歩く環と如月についていっただけだ。

ついていっただけだが、賑やかな町を歩いていたはずが、いつの間にか町も人も見当たらないただの道を歩いていた。

明るかったはずの空も、気づけば星が浮かぶ夜空に変わっていた。

あまりにも綺麗だったので上を向いて進んでいると、壁や障害物に当たったりしたが、たまに流れ星を見ることができた。


「ここは流星るせい様が作った結界の道です」

「へぇ~結界…本当にそんなのも存在するのか。……ところで流星様って?」


前を歩いていた如月が、照彰の近くまで来てそう教える。結界、という単語は知っているし、どんな物かも大体分かっている照彰は、それを作った「流星」という人物が気になる。


「流星様は、私が“あの方”と呼んだとても素敵な方です」


如月がニコニコと微笑みながらその流星という人物のことを語る。

どうやら如月は、その流星という人物を尊敬しているようだ。


そういえば、この如月って人が“師匠”って言ってたな…巫女とも言ってたし、いわゆる妖怪退治とかするのかも…。


「もうつくぞ」

「うぇ?どこに?」

保月ほうづき神社です。そこで流星様が待ってます」

「保月神社…」


すると、前の方から濃い霧が現れ、それは徐々に三人を包んでいく。


「うわっ!なんも見えねぇ」


霧は完全に三人を包みこみ、お互いがどこにいるのかさえも分からない。

前も後ろも判別がつかず、照彰はそこでじっと動けなくなる。

環と如月がどこにいるのか分かれば少しは安心できるのだが、残念なことに二人は全く喋りもしないので見つけることができない。

そうこうしているうちに霧は薄れていき、気がつくと目の前には神社が立っていた。

環と如月の姿を探すが、どこにもいない。仕方なくくるくる回って辺りを見てみたり、じーっと神社を見つめたりする。

正直つまらないので誰か来て欲しいところだが、大きな声で呼び掛けるのは神社という場所では良くないのではないかと思ってしない。


ふー、と息を吐くと今度はその場にしゃがんで足下の砂利を一つ拾っては少し遠くへ投げ、また拾っては投げを繰り返す。


「なんなんだお前はっ」

「あ、やっと来た」


その様子を見ていた環が、何やってんだという風な表情で後ろから出てきた。

照彰はすくっと立ち上がると、環の前へ行き腰に手を当てて彼の顔を見上げる。


「誰も来ないかと思っただろ!一人でおいてけぼりをくらう俺の身にもなれよ!」

「知るかっ!だからってあんな意味分からんことをするなっ!!しかも無表情で!なんか怖いわっ!!」


騒がしく言い合いを始める二人。

その大きな声に、神社の中から巫女服を纏う女性達が何だ何だと見つめている。


「環、静かにしてください。知らない人だからといっていじめるのはよくありませんよ」

「別にいじめたわけじゃ……」

「え、おいてったのわざと?」


そこへ如月が現れ、二人の言い合いを治める。


「すみません照彰殿。環は極度の人見知りなので、あまり気にしないでください」

「はぁ……」

「俺は人見知りじゃねぇっ!」

「さ、こちらへどうぞ」

「聞けよ!」


如月がペコリと頭を下げた。環が違うと怒っているが、完全に無視して照彰を神社の中へと招き入れる。

神社の中は隅々まで掃除され、埃一つ落ちていない。

歩く度に木の板の音が鳴り、この長い廊下を一気に走ってみたいという衝動にかられた。



神社の中に入るのって、初めてだ…。



照彰は物珍しそうにワクワクした目で中を観察する。環が「何がそんなに珍しいんだか」と鼻で笑っているが、「お前には分かんねぇよ!べーっ」と舌を出してやった。それにイラッときた環は「てめぇぇっ!」と照彰の頭を鷲掴む。

その様子に、如月はやれやれと頭を左右に振る。


そうこうしているうちに、三人は広い和室にやって来た。

中に入ると、奥の方にある御簾が目に入る。その近くにはこの神社の巫女であろう女性達が四人控えていた。

この部屋では静かにした方が良いと雰囲気で察した照彰は、環に突っかかることをやめて環も怒りの表情を抑えた。

  

「流星様、お待たせしました。桃瀬照彰殿です」


如月が御簾の前に行き、ゆっくりと頭を下げる。 

どうやら御簾の奥に流星という人物がいるらしい。


「…桃瀬照彰です……えーと…」

「初めまして、照彰くん。私はこの保月神社の主、流星といいます」


挨拶と共に御簾がゆっくりと上げられ、中から姿を現したのは、如月や他の巫女とは違った少し豪華な印象を与える巫女服の女性。

量の多い夜空のような深い青色の髪は、高い位置で結い上げられている。今は座っているが、立てっていても地面に髪がついてしまうのではないかと思えるほど長い。

瞳は髪と同じ深い青色で、静かで大人っぽいという印象だ。

座っている姿は気品に溢れ、歳は二十歳くらいに見える。


「色々とびっくりしたでしょう?私も最初に来た時は本当に夢かと思っちゃって。もう“五十年以上前”のことだけど」


流星は袖で口許を隠し、クスクスと笑った。照彰は正直怖そうな人物を想像していたので安心したが、彼女の台詞が照彰の頭にはてなマークを浮かばせた。


「五十年以上前…?え…?どう見てもそうには……いやていうか!最初に来た時は…?もしかして貴女は…」

「ええ。私も貴方と同じ世界から来たのです」

「エエエエエエエエーーーー!!!!???」


照彰は驚きのあまり腰を抜かした。

さっき森で会った不思議な少年の台詞から、他にも照彰のような人間がいるということは予想できたが、まさか実際に会えるとは思っていなかった。


「おいお前、うるさいぞ。頭に響いてかなわん。もう少し静かにしろ」

「いやだってさぁぁ!!」

 

大声を出してしまった照彰を環が睨む。


「ふふ、仕方ありませんよ。環、あまりそう責めないであげてください」

「けっ!」


流星は環にそう言うと、照彰の近くまで歩み寄ってくる。

いつまでも腰が抜けて座り込んでいる照彰の前に流星はそっと座った。


「一つずつ説明していきますね。先ず、この世界は“神流かんな”と呼ばれる世界で、私達のいた世界とは別の世界」

「神流……」

「そして、私達がいた世界をここでは“現世うつしよ”と呼んでいます。そこから来た私達は“現人うつしびと”と呼ばれる存在です」

「へぇ~…」

「私がここに来たのは五十年以上前…しかし私は歳をとっていません。それは何故でしょう?」

「え…?えーと…」


流星の問いに照彰は腕を組んで考える。そして「あ」と声を出して、流星に顔を向ける。


「もしかして…その現人…だから…?」


自信の無さそうなその答えに、流星はニコリと微笑んで頷いた。


「そうです。神流と現世では時間のナガレが違います。現人である私達に、この世界での時間は適用されないのです。私が来たのは約五十年前ですが…おそらく現世では一週間も経っていないのではないでしょうか?」

「あ…そういえば、三日前くらいに俺のじいちゃん家の近くの森で行方不明者が…」

「ああ。それ、私です」

「えー……」


話しを聞いて祖父から聞いた行方不明の話を思い出した照彰は、もしやと思いそのことを言う。

すると、流星はピースした手を右目に当てて楽しそうに自分だと言った。

どうやら見た目に反して茶目っ気のある人物のようだ。

そこで照彰は、ん?とあることが気になる。


「あの…じゃあもしかして俺も行方不明扱いになる?」

「でしょうね。ちなみにあちらでは神隠し、こちらではカミナガレと言います」

「そんな情報いらない!俺すぐ帰ります!」

「あら」


照彰が慌てて立ち上がり、バタバタしながら出口を探す。しかし出口は閉じられ、そこには環と如月が立っている。環は腰の刀に手をかけ、如月は笑顔で矢を刺した弓を構えて「出さないぞ」という雰囲気を醸し出している。

照彰は額に汗を浮かべてこれをどう切り抜けようか必死に考える。


「こらこら二人とも。武器はいけませんよ」

「だがまだ話は終わっていない。むしろここからが本題だ」

「ええ。環の言う通りです」

「いやいやいや!俺にだって生活があるんだよ!たとえ時間の進みが違ってもじいちゃんに迷惑をかけるわけにはいかないし!」

「では、帰りたいですか?」

「もちろん帰りたいよ!!」


たとえ不思議な体験をしたいという気持ちがあっても、人生に支障の出るような面倒事は勘弁してほしい。

それを我が儘だとは思っているが、嫌なものは嫌なのだ。


「……分かりました」 

「流星様!?」

「おいっ!話が違うぞ!!」

「強制させたくはありません。彼の言う通り彼にも人生があります。それに、危険に巻き込むことになるので」


三人が何やら深刻な表情を浮かべる。

何故か悪いことをしたような気分になり、照彰は話を聞くだけでも良いのではないか、と思ってしまう。


「あのさ、話を聞くだけなら…聞いてやっても良いけど…」

「…良いのですか?」

「……まぁ、後で聞かずに後悔してしまうよりは、良いかなって…」

「……」


我ながらに甘いな、なんて思いながら照彰は話を聞くために座っていた場所に戻る。

照彰が座ったのを確認した流星は小さく微笑んで、再び話を始める。


「照彰くんは、妖怪や幽霊を信じますか?」

「はいめっちゃ」

「即答ですね。それなら話しは早いですね。実はこの世界にもそれに似た存在がいます」

「ああ、妖霊っていうやつだろ?」

「──!?知っているのですか!?」

「えっ、あ、はい…ここに来て森でその話を…」


妖霊というものを知っていることにそんなに驚かれるとは思わなかった照彰は、何故知っているのかを簡単に説明した。

森で会った少年のことや、その少年に食われそうになったところを救われたらしいこと、その少年に妖霊という存在がいると聞いたこと。


その話をしているうちに、環や如月が何やら警戒するような表情を見せ、照彰は不安になった。


「なるほど…そんなことが…」

「あの~…」

「貴方が会った少年ですが、彼は妖霊です」

「まぁ、だろうな」

「それもかなり強力な」

「へぇ~」


そうは見えなかったけどな、と思いつい口に出してしまう。流星はそれに「色々な妖霊がいますから」と微笑んで話を続ける。


「妖霊には幾つか種類があります。そこは現世と大差はありません。鬼や河童に人魚と様々です。彼が何の妖霊かは不明ですが、ただの妖霊でないことは確かです」

「ふーん…」

「…既に会ってしまったのなら言いますが、はっきり言って彼は敵です」

「──っ!」


流星の声音が急に冷たいものになり、照彰は息を呑んだ。照彰を見つめる視線も鋭く刺すようで、そこに現れているのは明確な敵意だ。


「しかし、厄介なのは彼だけではありません」

「え…」

夜楽やらくっていう黒鬼で、そいつが現在の妖霊の頭だ」


環が流星に代わって説明した。

その説明に、照彰は首を傾げた。「鬼」は知っているが「黒鬼」というものは聞いたことがないからだ。

もしかすると赤鬼や青鬼のような種類なのだろうか。


「この神流では鬼にも色々いるのです。その中でも黒鬼は上位に位置します」

「そうなんだ…」


流星が照彰の様子から察して、黒鬼の説明をしてくれた。

どうやら黒鬼は強い部類になるらしい。


「妖霊側の夜楽、人間側の流星。二人を筆頭に人間と妖霊が対立してる」

「ほぅ…」

「その夜楽も、お前や流星と同じく現人だ」

「ふんふん……ってえええええっ!!??」

「うるせえ叫ぶなっ!!」


照彰が叫び、環が拳骨を食らわせた。

痛む頭を両手で押さえる。かなり痛かったのか涙が出ている。


「って~~~……んで?何でその夜楽って人が妖霊側に…?ていうかさっき黒鬼っていう妖霊だって言ったよな?現人なら人間なんじゃねぇのか?」

「もちろん、彼も人間です。いや、“だった”が正しいですね。いったいどうやったのか…今彼は黒鬼として生きているのです。ちなみに私よりも神流にいる時間は長いですよ」

「うぉ~~…まじかぁ」


急に色々な情報が入ってきて照彰は頭が痛くなった。

人間だったのに敵対しているという妖霊側の夜楽という人物。

色々と状況は複雑なようだ。


「とりあえず今日のところはここまでにしておきましょう」

「今日のところは?」

「だって話は聞いてくださるんでしょう?なら最後まで聞いていただいて終わったら帰る、ということで」

「うわ、聞かなきゃ良かった」


話を聞いてしまったことを後悔した照彰は、床に両手をついて「やられた…」とこぼす。対して流星はニコッと微笑む。


「今日はここに泊まってください。部屋と食事は用意するので」

「あ、ども…」


流星が如月に照彰の部屋と食事の用意を指示する。如月は「はい」と返事をして部屋を出ていく。

環はチラリと照彰を見てから、何も言わずに去っていった。




この時、照彰は予想していなかった。


これから照彰を巻き込んでいく騒動のことを──。
















「へぇーそうなのか?」

「うむ。東の方でそのような噂が流れておる」


森の中の屋敷で縁側に腰掛けて緑色の鳥、風璃ふうりと話す鈴流。風璃は鈴流の隣で羽を休めながら話している。


「しっかし、なんでまたそんな噂が?」

「分からんが、どうやらそちらで何やら騒ぎがあったらしい」

「ふぅーん…騒ぎねぇ…」


何の話をしているのか不明だが、様子からしてあまり良い内容ではないらしい。

するとそこへ、鈴流の背後の障子を開けて麗雅がやって来た。


「鈴流。夜楽がどこに行ったか知っていますか?」

「あ?知るわけないだろ、あんなヤツ」

「おらんのか?」

「ええ。…まったく、どうして一言かけるということをしないのでしょう。風璃は、何も聞いていないのですね?」

「ああ」


麗雅が呆れたようにため息をつき、もう一度屋敷内をくまなく探すと言って姿を消す。


「……まさかあいつ…」

「何か心当たりでも?」


風璃の言う通り、鈴流には心当たりがあった。そしておそらくそれは当たりだろう。

鈴流はふんっと鼻で笑ってこう言った。


「どうせいつもの“あれ”だろ。今日また現人が来たからな」

「なんと…!なるほど…ならばあそこに行ったのか」


鈴流の言う“あれ”が通じた風璃が羽をバサッと広げた。


「あんな所に近づくなんて…あいつも飽きねぇよな。なんでそこまでして…」

「ヤツにもヤツなりの目的があるのだ」

「……」


鈴流が何か言いたげな表情をし、風璃がそんな鈴流の肩に飛んでとまった。

風璃の水色の目は、鈴流を心配しているかのようだった。

サアァと、静かに風の音がなって鈴流の銀の髪と風璃の羽毛がふわふわと宙に浮かぶ。

風の音に掻き消されて、二人の頭上を何かが物凄い勢いで飛んだのには誰も気づかなかった。









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