6-2 CLERK and MAGICIAN
同日──枝依西区 柳田探偵事務所。
「柳田さん、見てくださいよこれ!」
応接用一人がけソファに大人しく座っていたはずの、服部若菜。午後の冬晴れの事務所内にて、マジックの練習をしている最中で。
「あ?」
そんな服部若菜の向かいの三人がけソファ中央にて、手にしていたハサミを止め、顔を上げる柳田良二。あれから、YOSSY the CLOWNが載っている雑誌の切り抜きを、秘書である服部若菜の目の前で堂々とやるようになった。
「何だよそれ」
「見てわからんのですか」
「わかってっけど、だから何になンだって訊いてんだよ」
「いやいや。この完成度ですよ」
イソイソと、右掌を柳田良二へと向ける服部若菜。どこか面倒そうに眉を寄せ、服部若菜のそこにちょこんと乗っているものを注視。
「だから?」
「スゴくないですか?」
「マジックの練習はどうした」
「だからね、パントマイムの練習をしてたんですよ」
「……はァ?」
服部若菜の「だからね」の意味がよくわからないまま、首がコトンと前へ出る。そんな柳田良二に構わずに、ペラペラと先を続ける服部若菜。なぜか得意気で、にんまりと口角が上がっている。
「昨日
「どれだよ」
「ほら、鶴。みんな手繋いでるみたいでしょ?」
「羽な」
「この際どっちでもいいですよ」
服部若菜の掌に乗っているのは、四羽の折鶴。ただし、四羽はくるりと向かい合っていて、その羽の先端はくっついたまま。
つまりこの折鶴は、もともと一枚の紙だったところを、上手い具合にくっついたまま四等分にした上で羽が繋がったままの形状になるよう折られたというわけで。
「ね、ね、スゴくないですか? ここんところ、めちゃめちゃ難しいんですよ、フヘヘッ」
「スゴかねぇ。パントマイムの練習はどうなった。あとその不気味な笑い方どーにかしろっつの」
「折り紙で手先の器用さを特訓することから始めることにしたんですぅー。あとこの笑い方は
「器用さなんざ後からついてくんだよ。グダグダやってねぇで言われたとおりパントマイムの練習やれ」
「フンー。たまには褒めてくれたっていいじゃないですかっ」
「俺様が褒めたことあったか?」
「それ胸張って言えたことじゃないですよ」
「大体、褒めて上手くなる奴は
「悪かったですね、全然上手くなくって!」
ツンと口を尖らせる服部若菜。羽の繋がった四羽を「ねぇ?」と可愛がる。
「おい」
「はい」
「見てろ、これ」
手元の鶴から真向かいの柳田良二へ、切れ長の左目尻側から冷たく視線を突き刺す、服部若菜。真向かいの柳田良二は、いつものように右胸元からよれたタバコを一本取り出した。
「これが」
ゆらり、左前腕が彼の胸の前で傾ぐ。パッと眼前にて直立したように直れば、手にしていたはずのタバコはガーベラに変わっていた。
「こう」
「は?!」
目尻から真正面へと、服部若菜の姿勢が正される。
「待ってください、タバコがガーベラになるなんて聞いてません」
「言ってねーしな」
何でもないように、柳田良二は手のガーベラを服部若菜へと差し向ける。
「え、何ですか」
「やる」
「うっへーい!」
『あげる』だとか『やる』だとかを言われてホイホイ釣られてしまうのが、服部若菜の条件反射的悪い癖。正直なところ、大して花など欲しくはない。しかし悪癖が先立って、柳田良二の左手めがけて、ソファから腰を上げて飛び付いてしまう。
ガーベラを受け取る、服部若菜。しかしなかなか柳田良二は、それを離そうとはしない。ぐい、と一度引いてみた服部若菜へ、柳田良二は口を開く。
「ガーベラの花言葉は『前進』」
「え」
「俺もお前も、先に進まねーと、とか、思ってだな」
ハテナな服部若菜を見て、柳田良二はガーベラを握っていた手をほどいた。
ガーベラは、花弁から伸びた茎が短いような『いつもの』一輪。
その茎の先端には、丸められた紙。タコ糸様の紐で、ガーベラと紙が結び繋げてある。
「な、なんですか?」
「それ、やる」
ソファに座り直す服部若菜。細長い左脚を高く組み、ガーベラに変えたはずのよれたタバコをひっそりと咥える柳田良二。それは左袖口からスルリと滑り出てきて、しかし服部若菜はそのトリックの種明かしに気が付かない。
言われるがまま、丸められた紙を解く。横長の紙には、愉快なゴシック体が印字してあって。
「ヨっ、しーざ──って! YOSSYさんのステージチケット?!」
丸められた紙もとい、YOSSY the CLOWNのステージチケットから顔を上げた服部若菜。
「どうしたんですかこれ?! しかも『くれる』とか!」
「昨日、貰ってきた」
「誰に!」
「チッ、察しワリーな。本人に決まってんだろ」
「ええっ?! 買ったんじゃなくて?!」
「きょっ、兄弟特典だろ、このくらい」
「きょうだいとくてん」
表情ぐんにゃり、な服部若菜。
「お二人、いつの間に仲直りしたんですか?」
「ウルセェ」
横顔でタバコをふかし続ける、柳田良二。三回程度吸って吐いてを行き来して、瞼を伏せがちに口ごもる。
「あー、その、なんだ。あの」
「はい?」
「…………」
「なんですか?」
「若菜」
「わ?! は、はい?」
名を呼ばれるのは、あれ以来無かったこと。ピキンとした緊張で、服部若菜の背筋も伸びきる。
綺麗なままのアルミ灰皿に、灰がわずかに落とされる。流れるように、その柳田良二の視線が、若菜を真正面から突き刺した。
「一緒に観に行くぞ」
「…………」
「…………」
「は?!」
「んだよ、不服か」
「いいいいや不服とかじゃないですけど、そそそそそなんでとつとっと、突然そんな」
「チッ、ゴチャゴチャうるせぇな」
「わかった! 一人じゃオニイチャンのステージ観に行くの恥ずかしいんですね?」
「違えよバァカ」
「だってそれ以外考えらんないですもんっ」
「俺様がただテメーと一緒に行きたいっつってんだろ、それ以上でもそれ以下でもねぇよ!」
「ん?!」
「やっ、だァら。その」
ぐにぐに、と揉み消されるタバコの火。真っ赤に染まった両者の、今にも口から飛び出さんとする心臓。
「おっおおお前がここに、居ンの選んでくれっ、くれて、あああありがたく思ってる、から」
「い、あっ、そんな」
「だあっ、だっ、から。ほ、報酬とかそーゆーのじゃねぇ、あの、アレだ。ぷっ。ぷ、プライベェトのやつ、っつーか」
「ぷらいべえと」
顔面ぐんにゃり、な服部若菜。なぞって始めて、現実感がのしかかって。
「って、その、つまり……ええ?!」
「いちいち立ち上がんな雛壇芸人かテメーは」
「そのツッコミ、前も使ったんでダメですよ」
甘くかすかな舌打ちと、握っているチケットと。
「あの」
「あ?」
「いちいち心臓に悪いんで、段階踏んでもらえませんかね」
「ルセェ、耐えられねぇようなヤワな神経じゃねーだろ」
「とは言えですね、私、『プライベェト』でその、柳田さんととか……」
「だーっ、まどろっこしい! 行くのか行かねぇのかハッキリしろ!」
ダンと立ち上がる、柳田良二。
「いっ、行きますよっ! 行ってやりますよ! わっ、私、ずっともっかい観たいって思ってたんですからねっ!」
同様にガバリ立ち上がる、服部若菜。
「…………」
「…………」
睨み合うも、照れ恥じらいに軍配が上がったままのため、フイとすぐに逸らし合う。
「あーもう、なんなのマジで、色々初めから順番おかしいしよくわかんないし……」
小声の服部若菜。手中のチケットを見下ろして、赤面を必死に隠して。
「おいっ!」
「はいはい、今度はなんですかっ」
「好きだ」
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