section 6

6-1 CLOWN , DESIGNER , and PERFORMERS

 翌日、昼過ぎ──枝依中央区、某タワーマンション最上階。



「うん、よくわかったよ」

「蜜葉の覚悟、大切にしてね」

「は、はいっ!」

 サムとエニーの幼い双子へ、自らの希望進路の報告をした小田蜜葉。


 きちんと学びを得てから、デザイン提供を再開始すること。

 それまでは、衣装提供が出来なくなってしまうこと。

 そして、人生を賭けたに等しい『本気』でのぞむ心積もりでいること。


 双子は、小田蜜葉の緊張じみた辿々しい説明をすんなり理解し、むしろその背を強く優しく押した。

「サムくんとエニーちゃんに出逢えたから、わたし、前へ進めました。本当に、ありがとうございます」

 二人を目の前にしゃがんでいる小田蜜葉。へこりと下げた頭がまるく、かわいらしく思えたサム。そっと髪の毛をくように、一〇歳は上の彼女の頭頂部を撫でる。

「蜜葉が修行期間に入るなら、丁度いいよね、エニー」

「うん。エニーたちも、修行するの」

「修行、ですか?」

「出来る芸事パフォーマンスを増やしたり、もっと完璧にしていったり」

「語学学習も、したいの。世界廻るために、いろんな言葉、話せた方がいいから」

「わあ! 素敵ですっ、スゴい!」

 ハの字眉で、パンと手を打った小田蜜葉。頬を染め、黒々とした猫のような瞳を輝かせて。

「お二人なら、何でも叶えてしまいそうです。絶対に、素晴らしい芸人さんパフォーマーになれますよ」

 花舞うほどの、輝かしい笑顔。サムもエニーも言葉を詰まらせ、頬を染めて硬直フリーズ。その様子にキョトンとした小田蜜葉に首を傾げられ、やがてサムは「ねぇ」とエニーを向いた。

「やっぱり、こういう感じだから好きなのかな、ヨッシー」

「どうだろう。エニーもドキドキする。なんか、変な感じ」

 ボソボソの話し合いを経て、ハテナを浮かべてニコニコしている小田蜜葉へ向き直る、幼い双子。

「蜜葉とヨッシー、恋人なんでしょ?」

「ひぇ?!」

 無垢に同時に訊ねられ、ボンと染まる。

「そっそそ、そっそっそれっそ、そのっ」

「エニーもサムも、嬉しいよ」

「うんうん、嬉しい」

 重なるまばたき。柔く笑んでいる双子は、優しく小田蜜葉の白い手に触れた。

「ヨッシーのこと、好きになってくれて、ありがと」

「ヨッシーめちゃめちゃ悩んでたからさぁ。蜜葉に振られちゃったらどうしようかと思ってたよ、ボクたち」

「振っ、振られちゃったらっなんて、わたっわたしが、悩んでたこと、ですっ」

「え、蜜葉もヨッシーのこと好きだったの?」

「ほらね、サム」

「う、うう、あう、あ」

「なんだ、やっぱり好き同士だったんだぁ」

「だからエニー、言ったのに。蜜葉なら大丈夫って」

「は、恥ずかしいので、その辺に……」

 顔を覆って俯く小田蜜葉を見て、サムとエニーはくすりと笑んだ。

「だったら、ボクたちとももう少し、距離縮めてくれない?」

「うんうん。エニーも、蜜葉となら、縮めたい」

「へ?」

 顔を上げた小田蜜葉。この先の双子の深い灰緑色の双眸がまばゆい。

「敬語とかくん付けとか、要らないよ」

「そうそう、要らないよ」

「ボクはサム」

「アタシはエニー」

「もう家族みたいなもんじゃん? ボクたち」

「あ、でも、蜜葉が嫌なら、エニーたち、考える」

「いっ、嫌なんかじゃないですっ!」

 小田蜜葉の真っ赤に染まったままの顔が、二人を向く。

「わわっ、わたし、わたっ、その。んんっ」

 緊張で震える喉を調え、再開リテイク

「わたし、お二人のこと、もっともっと、知りたいです。お二人の好きなもの、感性、目標とか、たくさん! それで──」

 挟まる深呼吸。柔らかな笑み。

「──それで、お二人にいつまでも、わたしのデザインを着ていただきたいって、『思ってる』。それが、わたしの将来の夢『だよ』」

 言い切った果てのはにかみは、小田蜜葉自身が両手でそれを覆って隠れてしまった。つられて、そんな小田蜜葉を直視することが困難になる、幼い双子。

「あっ、あとねっ。お二人に、ちょっと早いけど、渡したいものがあって」

 わずかながらも、かしこまった言葉が剥がれていく小田蜜葉。普段使いプライベート用の鞄から、ラッピングした袋がふたつ取り出される。

「わたしから、クリスマスプレゼントっ」

 それは、柳田善一と共にターミナル駅商業ビルを廻った折、うきうきと購入したキャスケットとネイルアイテム。驚きで目を丸くする二人へ手渡せば、それぞれを遠慮がちに開封して。

「わっ、for realマジで to meボクに?!」

「うんっ」

「マニキュア……蜜葉、どうしてわかったの?」

「アタリでしたか? ふふ、わたしも、同じくらいの歳に、欲しかったなと思ったんです」

「敬語」

「あっ、ご、ごめんなさい」

 顎を引き、遠慮がちに笑み、やがて三者で声を出して笑う。

「蜜葉、ランチのあとで、塗ってくれる?」

「もちろんで……じゃなくて、もちろん、『だよ』」

「見て見て蜜葉、被ってみた! どう?」

 頭頂に手をあてがいながら、小田蜜葉を窺うサム。

「かわいい! やっぱりその色似合います、じゃなくて、似合うね」

「ヨッシーがいつもサングラスしてるみたいに、ボクもいつも帽子被ることにしようかな」

「トレードマーク?」

「ふふ、よかった」

 台所キッチンから、家主の呼び声がする。三者でそちらを向いて、小田蜜葉を真ん中にそれぞれで手を繋ぐ。

「善一さんが呼んでますね、お昼にしようね」

「そっか。『善一さん』って呼ぶことにしたんだね?」

「サム、余計なこと、言わない」

 エニーの制止にも構わず、意地悪く笑むサムに、赤面の小田蜜葉。

「あ、そうだ蜜葉聞いてよ。ボクたち、春からprimary school小学校通うことにしたよ」

 くるりと見上げるサムの笑顔。

「国籍、日本になったしね、義務教育、受けるんだよ」

 エニーの補足に、「なるほど」と笑む小田蜜葉。

「学力的には行かなくたっていいんだけどさぁ」

「でも、日本文化の学びには、なるかもしれない」

「ふふ、お二人とも、本当に勉強熱心だね」

 くすくす、と小田蜜葉が目尻を細めると、サムとエニーも気持ちが丸くなった。

「ヨッシー、ランドセル買いに行くんだよね?」

 台所キッチンからカトラリーケースを突き出している家主・柳田善一。それを受けとりながら訊ねたサムへ、にんまりと笑んで。

「うん、ランチ終わったらね」

「エニー、何色にするか、決めた」

 パスタ皿を器用に受け取る、エニー。よしよし、とその頭頂を撫でる柳田善一。

「いいね。今の時代は色とりどりだから、たくさん悩んだり直感で選ぶことができて、楽しいよね」

「うん。蜜葉も行こうね」

「わっ、わたしも、同行して、よろしいんですか?」

 そっとパスタ皿を受け取る、小田蜜葉。頬を染め、柳田善一を見上げる。

「そのつもりで呼んだんだけど、むしろ時間平気?」

「平気ですっ、きょっ、今日は夕方まで、一緒に居られるって、楽しみにしてたから、えと」

「……うんっ」

 無意識に幼く笑んでしまった、柳田善一。頬を染めた彼女を目の前にしている喜びに、胸が締め付けられる。

「諸々ランチの後にしてくださーい、ヨッシーmy DADDY?」

 上がるサムの一声。我に返る大人二人。

「水差さないでよサム。いいとこだったのに」

 ぷうと膨れたエニーは、パスタ皿を卓上に置き、静かに着席。

「ま、まず召し上がりましょうか、my dear蜜葉ちゃん

「はっ、は、はいっ」


 未だぎこちない、FAMILY家族のかたち。


「ねぇ蜜葉、これからは契約外の付き合いになるんだから、変に遠慮しないでね」

 サミュエルの笑みは、快活さを得た。

「エニーたちもね、蜜葉と、衣装の話だけじゃなくって、もっといろんなこと、話したい」

 エノーラのまなざしは、柔く温かく変化した。

「あり、ありがとう。嬉しいです」

 肩を縮め、着席する小田蜜葉。

「わたし最近、毎日、世界がキラキラしてるの。お二人と、善一さんが、変えてくれたなって思うよ」

 言葉にして、改めて噛み締める変化したことへの幸せ。

「わたしが今見てる、キラキラを、わたしが作るものに乗せて、お二人が着て、世界に撒くの。そしたらきっと──」

 真正面の柳田善一を向く、小田蜜葉。

「──きっと、YOSSY the CLOWNを越えちゃうから」

 自らを信じることを得た、小田蜜葉。彼女にとっては、過剰なくらいで丁度いい。

「ハハ、言われちゃってるなぁ。危ない危ない」

 小田蜜葉の笑みに、ゾク、とした柳田善一──もとい、YOSSY the CLOWN。かけていた薄い灰青ウェッジウッドブルー色レンズを静かに外して、得意顔を作って。

「一人一人が、世界を変えられるタネだ。多くのキラキラを撒きに、学びを得ればいい」

 開けた瞼の奥は、あらゆる色を映し出す白銀。

「あとで路上公演ストリートもやるけど、付き合ってくれる人は?」


 道化師も、もう孤独ではないと知る。

 それは彼の強みとなって、瞬間を輝く糧となりて──。


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