第四幕 LOVE

section 1

1-1 change the our world

 サムとエニーの初路上公演ストリートパフォーマンスが終わってから、五日後。



 柳田やなぎだ善一よしかずもといYOSSY the CLOWNヨッシーザクラウンは、サムとエニーを連れて世界中公演ワールドツアーを開始した。

 もとはと言えば、特別に世界中公演ワールドツアーなどと銘打つような、大事になる予定ではなかった。年末だということでたまたま公演依頼が重なり、おのずとそうなってしまったに等しい。


「──てことで、しばらく直接会えなくなっちゃうから、その電話だったの」

蜜葉みつば。絶対に、エニーたち、帰ってくるから、また、それまで、デザインしててくれる?」

『はい、もちろんです。お気を付けて、行ってきてくださいね』


 出立前の夜。

 サムとエニーは、善一のスマートフォンから小田おだ蜜葉へ、テレビ通話で電話をかけた。双子があまりにも画面いっぱいに寄るので、蜜葉はその可愛らしさから、ひっそりとそれをスクリーンショット撮影している。


「まずどこだったっけ、ヨッシー」

「上海!」

 画面に寄っている双子の背後遠くから、善一の声が上がる。出立準備に追われているのだろうと、蜜葉は声の距離からさとる。

「その後香港、シンガポール、メルボルン。飛んでアメリカのダラスとラスベガス。カナダのエドモントン」

『ふわあ、本当に、たくさん……』

 徐々に声が近付いてくる。そのうちに、自然とエニーが場所を善一に譲り、サムとエニーと入れ代わるように善一単体が画面に映った。

「その後、スペインのバルセロナからヨーロッパ入りするよ。フランスのリヨン方面からローザンヌ、チューリッヒ、ナポリ、ミュンヘン。で、ブリュッセルで画家のSignoreシニョーレ秀介と共演があるんだ」

『わあ、いよいよなんですね!』

「うん。打ち合わせに取れる日が少ないのがネックだけど、必ずなんとかしてみせる」

 柔く笑む善一は、画面の向こうで瞳を輝かせる蜜葉を眺め、言葉にすることで、自らにそう暗示をかけていた。

『あの、柳田さんなら、必ず成功、できます』

merciありがとう、『YOSSYさん』だけど」

『出来ることなら、わたしも、観に行きたいくらい、です』

「そう? フフ、嬉しいな」

『ほん、ホントは、えと、全部のステージを、その』

 照れ恥じらいの、肩のすくめ方。視線を外した、蜜葉の赤い頬。

『柳田さんの、ひ、光を撒く、素敵なお姿、を、その、わたし……わたしがたくさん、見ておきたい、というか』

 貼った笑みがボロ、と剥がれるのに時間はかからず。善一は二秒間だけ硬直して、我に返るなり咳払いで仮面をかけ直す。

「こ、今度、招待する。まだ一度も観てもらえてないよね。そういえば」


 初回ファーストコンタクト路上ストリートのそれで、しかも蜜葉はYOSSY the CLOWNの『着衣に』目を奪われ、そこから着想を得てB5大のノートにデザインを起こしていた。その際、YOSSY the CLOWNが何をしていたのかはわかっておらず。


 苦笑でかわす蜜葉は、「楽しみです」と顔を上げた。

「あの、帰ってきたら、さ」

『はい』

「…………」

『ん?』

「いや。また時差が出来ちゃうけど、困ったり不安になったときは、いつでも連絡してくれて構わないからね」

『ふふ、はい。柳田さんも、ですからね』

「うん。あと『YOSSYさん』ですよ、Signorina」



        ♧



 更に、三週間後。

 枝依えだより西区──柳田探偵事務所。



 まだ一五時過ぎだというのに、電気の点いていない探偵事務所は薄暗いです。

「こん、にち、は……」

 アルミ製の扉には、鍵がかけられていません。簡単にキイイイ、と、こちらが不安になるような音をたてて開いてしまいました。不用心なのか、お忙しいのか、判断に困ってしまいます。

「ご、ご不在、ですか?」

 少し前まで、若菜さんが換気をなさっていたのでしょうか。スンと吸った事務所の空気に、晩秋の外気の匂いが残っています。

「うーん」

 どうやら、お二人ともご不在ですね。アポを取らないで突然やってきたわたしも良くないので、日を改め──。

「おい」

「きゃあああああーっ?!」

「だーっ、テメーもか?! ウルっセーんだよ、甲高ぇ声でいちいち叫ぶな!」

 背後からかけられた低い声に、肩を縮めて跳び跳ねるように驚いてしまいました。爆速の心臓そのままに振り返ると、探偵の柳田さんが、そこにいらして。

「やや、や、柳田、さん」


 ふわふわの赤茶けた髪の毛。

 縦に細長い躯体。

 眠たそうな瞼と、ちょっとだけ痩けたような骨張ったお顔立ち。


 双子でもここまで印象が違うのに、わたし、あの時どうして間違ってしまったんでしょうか。今思い返すとまったく理解できません……恥ずかしい。

「随分とご無沙汰じゃねーの」

 大きなあくびがひとつ。かかとをガスガスと鳴らして、後頭部付近を掻きながら、わたしの横を抜けて、窓際の事務机へと向かわれます。

「あ、はい、すみません。その、模試とか定期考査とか、で、忙しくなりまして」

「へー、模範的なコーコーセーだな。ご苦労なこった」


 わたし──小田蜜葉は、久々に探偵事務所ここへ来られました。

 サムくんとエニーちゃんの初めてのパフォーマンスの翌日に、衣装の修正作業に同席させていただいて、それっきりだったのです。


「でぇ?」

 事務椅子にお座りになる、探偵の柳田さん。

「アンタは今日、何しに来た」

「あっ、その、進、進路について、若菜さんにいくつか、ご相談、したくて」

「ふーん? アイツに相談たァ物好きだな、マジで」

「衣装デザインの、関係なので。えと、被服については、若菜さんのが、お詳しいかなと!」

「あー」

 身を預けられた背もたれが、悲痛な悲鳴を上げています。うーん、壊れてしまわないんでしょうか……不安です。

「あの、若菜さんは、どちらに?」

「さーな」

 左足を高く組んだ探偵の柳田さんの、眠たそうな視線が流れてきます。

「鍵かけてねーのにここに居ねぇっつーことは、下じゃねぇのか」

「下、ですか」

 コンビニのことですね。上がってくる前に、お姿は見えなかったように記憶していますが。

「それか、隣だな」

「と、隣?」

「あー。花屋がある」

「は、お花屋さん、ですか」

「あー。練習してるマジックの出来をいっつも見せに行ってんだ、アイツ」

 そうか。若菜さんはマジシャンを志して、こちらにいらしたというお話でしたもんね。日々練習なさっているんだ、若菜さんも。やっぱり素敵です。

「んっと、待ってろ。確認する」

 くるりと事務椅子を回転させて立ち上がる、探偵の柳田さん。そこから彼の大股で一歩半の『田』の窓ガラスを、カラカラと引き開けられて。

「…………」

「…………」

「やっぱりな」

 くるりと振り返られる、探偵の柳田さん。

「花屋からうるせぇ声がする。とっとと行ってこい」

 親指で指された方向を行け、ということでしょう。

「は、はいっ。ありがとう、ございます!」

 くあ、と漏れたあくびを右掌でお隠しになって、ぐっと伸びをされました。わあ、ホントに縦に長い。

 深々と頭を下げるわたし。

 それから、事務所の扉をなるべく音がしないよう静かに開閉させて、若菜さんの元へ急ぎます。


 お話ししたいことが、たくさんあるんです。


 わたし、学校にはなかよしなお友達って居なくて、唯一今なかよしだなと思えるのが、若菜さんだけなんです。

 早くお話ししたいな。若菜さんの元気なお姿を見て、わたしも元気になりたいです!


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