4-6 consists of mains
「サムエニ! お疲れ様でっす!」
折を見ていたらしい若菜が、サムとエニー、そして蜜葉の元へ歩み寄る。その数歩後ろから、良二がのろのろとかかとを擦って着いてきた。
「あっ、若菜! リョーちん!」
表情を明るく、声を揃えて駆けてくるサムとエニー。蜜葉同様に抱き留めんと手を広げた若菜だが、しかしかなりの速度で走ってきた双子の頭部が、若菜のみぞおちに見事『衝突』。「ぐぇ」と不細工な声が出た若菜を、良二は背後でひっそりと吹き出した。
「二人とも、ありがと。見ててくれて」
「リョーちんすぐわかったよ、ボク」
「ゲハ、うぅ……。頭ひとつ、出てますもんねぇ、柳田さんて。あ、これ差し入れです」
腹を
「にしても。超良かったっすよー、マジすごかったです。私ずっとぞわぞわしてました!」
「喜びすぎだよ、若菜。途中で恥ずかしくなっちゃったじゃないか」
ブリックパックココアを受け取りながら、真っ赤になって眉を寄せるサム。
「またまたぁ、そんなこと言って。めちゃめちゃノリノリだったじゃないですか、二人とも」
「若菜が喜んでくれたなら、エニー、嬉しい」
「フフフ。ポケットも役に立ちましたしね」
ちょん、と若菜が指すエニーの衣装。肩を縮めて、エニーは口をVの字に曲げた。
「エニー、さっさとなんか羽織れ。ガキだろうと肩とか冷やすな」
スラックスポケットに手を突っ込んでいる良二が、若菜の背後から声を落とす。はぁい、とエニーの返事の後で、近くの木陰に置いた二人の荷から、秋物のコートを取ってくるのはサム。その姿勢は兄として、そしてパートナーとして。
「ねぇ、リョーちん」
ストローをココアに刺しながら、くるりと灰緑色の瞳を上向けるエニー。
「リョーちんは、どうだった?」
「あ?」
「楽しめた?」
「それともボクたち、リョーちん的にはまだまだだった?」
「え」
同じように見上げるサム。膝を伸ばし、振り返りながら立ち上がる若菜も、良二を凝視。
「言ってあげりゃいいじゃないですか」と顔面に書いてある若菜を見て、ボンと耳が染まる良二。
「や、その、だ、っば」
三者の眼圧がすさまじい。しどろもどろの良二は、ふいと身を
「まぁ、その。ま……まあまあじゃねぇの」
サムとエニーへ、こそこそと補足する若菜。
「すんごい良かったって言ってますよ」
「オマエより格段に良かったっつーのは間違いねぇがなっ」
顔を真っ赤に振り返り戻る良二。
「まったく! いつでも私を引き合いに出さないといられないんですか?!」
「話にならねぇくらい上達しねぇじゃねーかっ」
「あーまたそうやって。人には
「ほおー、難しい言葉知ってんじ──」「わ、若菜さんっ!」
良二と若菜の掛け合いを
「おーおー蜜葉! 来ててよかったよ、ずっと心配してたんだぞ」
「すみません。いつも、ご心配ばかりを」
集中が自分へ向いたことへホッとした蜜葉は、ハの字眉になり、顎を引いた。よかったよかったとその肩を叩く若菜。
「ちゃんと観たか?」
「はい。遅れてしまいましたが、最後まで観られました。大盛況だったので、わたしも嬉しいです」
「なー、わかるわかる!」
がくがく頷く若菜は、しかし一転、口元に手を持っていき、蜜葉へ耳打ちを始める。
「で、その花どしたの」
「えっ!」
二歩分距離を取った蜜葉。猫のような目尻を真ん丸に開ききり、首までをボンと一気に染める。
「こぉっ、これはこ、そのっそ、えっ」
その花、と若菜が視線で指したのは、左肩に掛けた鞄の縁にわずかに覗く、青い花弁。その鮮やかさが、若菜の目を惹いたらしい。
若菜の耳打ちは続く。
「も、し、か、し、て、YOSSYさん?」
「そっ! れは……」
ニタァと粘り気のある笑みをする若菜。爆速で打ち鳴る心臓に冷や汗やら弁明やらと、忙しない蜜葉。意を決したように、顔を真っ赤に耳打ちを返す。
「ど、よく、見つけましたね、鞄の中なのに」
「グフフフ、これも柳田さんのマジック練習の
「観察眼、ですね」
「ンッフッフー、私も成長してるじゃーん!」
「コソコソなにやってんの?」
突如割り込まれた透き通る声に、ザザザと三歩分の距離を取る、若菜と蜜葉。
「よ、YOSSYさんっ」
「ハァーイ、Signorina若菜。あっ、良二ぃ!」
「ウルセェいちいち嬉しそうにすんな」
六人集合。偶然、円形に並び立っている。
「ハイハイ、ではでは」
パンと、ひとつ手を打つ善一。
「本日は、サムとエニーのファーストステージへお集まりいただき、ありがとうございました。座長のYOSSY the CLOWNです」
「チ、いつから座長になったんだか」
「柳田さん、私語は慎んでください」
ミニコントに小さく笑む蜜葉。
「えーと。お陰さまで大盛況に終わることが出来ましたが、それもこれも、ここに居る一人が欠けても成し得ませんでした。……って、僕は思ってるんだけど、サムとエニーはどう?」
「同感でーす」
「エニーも」
うんうん、な善一は、にんまりと薄い唇を弧に曲げて、続きを述べていく。
「それはよかったです! ということで、まずは今回の報酬だよー」
善一が
「まず、これは良二とSignorina若菜に」
対面で不機嫌そうに立つ良二へ、上機嫌に封筒を差し向ける善一。
「…………」
二〇秒を、封筒を睨むことに使った良二は、やがて善一を
「そしてこれが、Signorina蜜葉に」
右隣に居る蜜葉へ、良二同様に差し向けられる白い封筒。
「えっ、いや、わたしは」
「ちゃんと報酬払うって言ったでしょ。忘れちゃった?」
「で、でも」
「動きやすい作り込み」
エニーがそうして割り入る。
「パフォーマンスのサポートまでしてくれてる機能性。それと、唯一無二の、クールな仕上がり」
「こういうのは、パフォーマー経験者と特別な感性が揃わなきゃ、出来なかったことだよね」
嬉しい言葉は、蜜葉だけでなく若菜にも突き刺さる。
「蜜葉、あのな」
うずうずとした若菜は、蜜葉の背をつついた。
「受け取りにくいかもしんないけど、『その集中力と、費やした時間の報酬が、その封筒の中身』だから『責任持ってありがたーく受け取れ』、なんだぞ」
「集中力、と時間?」
「そーそー」
優しく笑む若菜は一転、得意気に人指し指をピンと立て、蜜葉へ説いていく。
「『依頼っつーのは、そこまでやって初めて任務完了になんだよ。テメーの責任は、報酬をありがたく受け取るところまで含まれてる』──」
それは、ベビードレスの報酬を受け取るかどうかで押し問答していたときに、不意にかけた良二の言葉そのままで。
「──ですよね、柳田さんっ」
「べっ! つに、その」
羞恥に似た焦燥を感じ、話の矛先を向けてくる若菜から視線を逸らすも、その先に幼い双子が無垢に見上げていた。
「へっえー。いいこと言ったんだなぁ、良二」
「ルセェ。……まぁ、けど。とどのつまりはそーいうこったろーが」
首の後ろへ左手をやる良二。
うきうきしている若菜。
純真無垢に笑んでいるサムとエニー。
そして、ひとつゆっくりと頷いた、YOSSY the CLOWN。
「受け取ってくださいますか。僕たちからの、お礼と責任です」
差し向け続ける善一を向き直る、蜜葉。迷って、迷って、ようやく手を出す。
「はい」
ようやく小さく頷いたところで、なにかボソボソと言葉が聴こえた。
「これでサヨナラにしたくないと思ってるけど、迷惑?」
ハッと顔を上げる、蜜葉。
まるで腹話術のように、口元をほとんど動かさずして、善一が蜜葉にだけ聞こえるように言葉を呟いていた。
「ほ、ホント、ですか」
細く震える声。善一はいつものようにそっと笑んで、小さな
「う、嬉しいです。わた──」「さて」
秘匿的な会話が強制的に終わらせられて、善一はくるりと一周見渡した。わずかに肩を落とす蜜葉。白い封筒が眩しくその視界に入る。
「どうしようか、Signorina若菜?」
「え」
「キミはどうする?」
「な、何がですか」
ザン、と秋風が冷たく吹き込む。
「そろそろ来る? 僕のもとへ」
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