4-5 children look like angels

 一五分間の路上パフォーマンスが終わり、アンコールまでもこなしたサムとエニー。二人が揃って深々と礼をすると、サムのハットだけでは足りないおひねりが、二人に続々と与えられた。


 次第に退いていく人波の中に、二人へ握手や写真を求める声がいくつか上がる。サムとエニーは目を真ん丸にして、困ったような嬉しいような、複雑な表情で首肯しゅこうした。

「では、僕がカメラマンになりましょう」

 一部始終をきちんと見守っていたYOSSY the CLOWN。どこからともなく現れ、そうして観客ギャラリーのスマートフォンやらを一台ずつ受け取り、記念撮影を進めていく。時にはサインをし、時には手短ながらも話を聞き。


「あああの、よよよよYOSSYさんともお写、お写真をととと撮らせていたいたいただけませんかっ、おおおお俺の彼女がっファンで」

 この、と声を震わせ近寄ってきたのは、極度に緊張した言葉を発す、しどろもどろの彼。ベリーショートのボブヘアの彼女が左隣並び立ち、しどろもどろの彼の左腕を、握力いっぱいに握っている。どちらも相当な緊張をしているらしいと一目でわかる。

「ええ、構いませんよ。merci , Signorinaありがとうございます

 顔を覗かれたベリーショートの彼女は、顔を真っ赤に染め上げ、スマートフォンの画面をYOSSY the CLOWNへ差し向けた。


『私 声が出ません

 でも自分の言葉で

 お伝えできたらと

 思いました


 文字にて失礼します


 これからも私は

 YOSSYさんのファンです

 ずっと応援してます』


 短くとも、温かみのある文言。YOSSY the CLOWNとして、真っ赤に俯く彼女へ声をかけていく。

「そっか、嬉しいな。勇気を出してくれてありがとう」

 ガクガクガク、と激しい首肯しゅこうをする、ベリーショートの彼女。

「おおお俺が撮り撮りますからその、そそ、そこに並ん──」「NON , NON , NON」

 しどろもどろの彼からスマートフォンを優しくさらう、YOSSY the CLOWN。

「自撮りにすれば、万事解決」

 返ってくる、華麗なウィンク。しどろもどろの彼は「ふおぉ……」と瞳を潤ませ、顔を染め上げ。

 また一人、陥落かんらく

 ベリーショートの彼女、そしてしどろもどろの彼と並び、一番遠い彼の左肩を左腕で抱くYOSSY the CLOWN。右腕を伸ばし、掲げ、シャッターをカショリ。

 スマートフォンをしどろもどろの彼へ返却したYOSSY the CLOWNは、ベリーショートの彼女と握手をしてから、手を振り別れた。


 一方で。


「サムくんっ、エニちゃっ、ハア」

 ファンとの交流に勤しむYOSSY the CLOWNの邪魔をしないようにと、蜜葉は隙間を抜けて、パフォーマンス終わりのサムとエニーへ駆け寄った。

「あーっ、蜜葉!」

「蜜葉」

 目の前までよろよろと辿り着いた蜜葉は、膝に手を当て、地を向き、肩で息をしている。

「遅くなっちゃってっ、すみません!」

「もーっ、終わっちゃったよう!」

「もしかして、いま来たの?」

「あ、いえ。一〇分ほど、遅れてしまいましたが、ハァ、きちんと最後まで、見させて、いただきました」

 双子を交互に見つめながら、笑んで説明をする蜜葉。呼吸を落ち着け、膝を折り、目線高を合わせる。

 そんな蜜葉の目元や鼻先の赤さに気が付いたのは、エニー。紅潮した頬は疾走によるものだと察し付くも、それより上の赤みの意味を、払拭しきれないトラウマから邪推してしまう。

「来たくなかった、わけじゃ、ないよね?」

「そんなわけありませんっ」

 ハッキリと否定した蜜葉を、エニーは驚いた瞳で見つめ返した。

「わたし、確かに外からの評価が、怖かったですけど。でも、自分の評価よりも、お二人がのパフォーマンスを、ずっとずっと楽しみにしてたんですっ」

 いつにも増して、勢いのある蜜葉。身体が仰け反ってしまう双子。

「パフォーマンス中、お二人があんまりにも素敵で、わたし、なんだかとっても、誇らしく思いました」

「ほ、誇らし……」

「…………」

 言葉を失くしたように固まる、双子。


 記憶の限り、除け者にされてきたことがほとんどのサムとエニー。

 二人の世界は、善一が変革し彩りがつき始めたものの、心に深く負った傷が癒える速度は、亀の歩みに相応しい。

 「誇らしく思う」などという夢にも思わなかった一言が、自らを小さく押し込め、隠し生きてきた、蜜葉からかけられたということ。

 これが、その場限りの取り繕いやらご機嫌取りではないと顕在的に覚り、双子は顔を見合わせた。


「今日は、その、家の事情で、ちょっと遅くなって、しまったんです」

「家、の」

「そう、だったんだね」

「でもわたしがもっと、はっきりと、意思表示をしておけば、きっと、絶対に、遅れなくて済みました。本当にごめんなさい」

 大人に叱られたように小さくなる蜜葉へ、サムがまず右手を差し出した。

「あのね、蜜葉」

 呼びかけながら、蜜葉の柔い黒髪を一束掬い上げるサム。

「確かに『初めて』は今日しかなかったけど、これっきりじゃないよ、ボクたちのパフォーマンスは」

 つられて、俯けた視線を二人へ戻す。

「ボクとエニーね、今日は蜜葉と若菜のためにパフォーマンスしてたんだよ」

「だから、誇らしく思った、なんて。そんなの、一番より上の、褒め言葉」

 エニーが両手で、蜜葉の右手の甲に触れる。

 『永く怖がっていた女性』の手に自ら触れにいくなんて、と、蜜葉は戸惑いと共に驚く。それと同時に、蜜葉自身がもうその枠組みから外れていることの証明であり。

観客ギャラリーにね、たくさんかわいいって、言われたよ。エニー、その度に、蜜葉が褒められてるみたいな感じがして、嬉しかったよ」

 モソモソとやがて包むように握り変わり、エニーはそっと笑んだ。

「エニー、今日すごく、楽しかった。楽しくできたのが、嬉しかったよ」

 ホロリ、エニーの右目から溢れ落ちる涙粒。蜜葉もつられて涙腺が震えるも、スンと鼻でひとつ吸い込んで我慢に換える。

「他の誰がなんて思おうと、蜜葉が喜んでくれたんなら、ボクとエニーの今日のパフォーマンスは大成功ってことだよ」

 年相応の、優しい笑みのサム。


 白磁のように滑らかで透明な柔肌。

 丁寧に整えられたブロンドの髪。

 潤み、澄んだ、大きな深い灰緑の瞳。

 つややかで柔い、紅色の頬。


 笑んだ二人が、蜜葉には天使に見えた。

 やはり彼らには、幸せも信頼もたくさんあげたい──それのために蜜葉ができることは、と考え至って、蜜葉は優しく二人を抱き締める。

「ありがとうございます、サムくん、エニちゃん」

 ぎこちない腕の回され方に、双子はくすぐったく笑んだ。

「でも、若菜さんのことも、忘れないであげてくださいね」

 まさかの返しに、吹き出すサム。

 フフフ、と肩を揺らすエニー。

「ねぇ蜜葉。ボクらの衣装、ホントにずっとデザインしてくれない?」

 蜜葉の右耳へ囁くサム。続きを、エニーが左頬へ溢す。

「エニーも賛成。パフォーマンスするときは、絶対、蜜葉のデザインした衣装が、いい」

「ふぇえーん……」

 流し尽くしたと思った涙は、またふつふつと溢れて、流れて。



 秋風が爽やかに薫った。


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