4-3 clap your hands
一一時〇二分──枝依中央ターミナル駅前。
何の前置きがあったわけでもないのに、サムとエニーが手を繋ぎ歩み出でると、十数名のギャラリーが観客として立ち止まり、残った。
二人が着てきたのは、モノトーンストライプのズートスーツとバルーンスカートワンピース。
エニーは袖なしタイプではあるものの、パフォーマンス中は気に留めないと決めたらしい。寒そうな素振りを微塵も見せず、緊張と照れとが混ざる笑みをしている。
「よく似合ってる。本当、よかった」
人と人の合間からサムとエニーを眺める若菜。製作第一人者として、また先輩パフォーマーの技術観察としても、集中して観覧しなければならない。
「似合うだけじゃなくて、動きに支障が出てねぇかきっちり見とけ」
腕組みをし、いつものように眉を寄せている良二。周囲よりも頭ひとつ抜き出ているため、サムとエニーとは時折目が合っている。
目配せの後に、二人揃って深々とお辞儀。サムは胸に左手を当てて、エニーは衣装のバルーンスカートをちょん、と摘まみ上げて。
頭を戻し、姿勢を正すと、サムは被っていたハットをひっくり返して地面に置いた。『おひねりはこちらへ』の意味がある。
どこからともなく、多くの人が聴き馴染みのある洋楽が、サムとエニーの背後から細く流れ始めた。
パフォーマンス、開始。
声を発さないサムとエニー。まず、観客をぐるりと見廻しながら、サムが黒い大判の布を広げる。縦のサイズは、サムとエニーの身長と同じくらい。エニーの前へと持ってくると、エニーが布の裏にすっぽりと隠れてしまった。
無言の三カウントの後に、バサリ、とひとつはためき、布がサムによって巻き取られる。すると、布の裏に居たはずのエニーが消えた。
得意気ににんまりと笑みを引くサム。くるくるに丸めた大判の布を持ったまま、ひとつくるりと勢い良くバク宙。
華麗な着地の後で、半回転し背を向ける。するとその背からエニーが登場。両腕を広げ、頬を赤らめて笑んでいた。
「すご……」
息を呑む若菜。あまりの軽い身のこなしに、目も心も奪われる。
何より、自らが縫い合わせた衣装が、サムの演技の邪魔になっていないことに心底安心していた。
まだ、ぱらぱらとした拍手の中、サムは持っていた大判の布を、邪魔にならないよう、立ち位置から三歩下がった地面に置く。
今度はエニーのパフォーマンス。若菜特製の腰ポケットから、風船をひとつ、またひとつと膨らませていく。バレーボール大に膨らませては、左隣のサムへと渡す。
ふたつを抱えたところで、まずサムがそれをシンバルのように思いきり割ってしまった。
バババンッという破裂音に、「えっ」と観客の視線が集まったことを確認。やがて両手を広げると、そのサムの手にはジャグリング用のボールが握られていた。
まず、ボールふたつで簡単なジャグリングを開始。その後すぐにエニーが、どこからか出してきたボールをひとつずつ投げて、ジャグリングへ追加していく。
気が付くとサムは、六個のボールを器用に交差させながら宙を舞わせていた。
「初めてのパフォーマンスで、六個もやれるなんて……」
溜め息に似た小声でそう漏らす若菜。知らない内に、観客の拍手が大きく鳴っていた。
エニーは、宙を行くジャグリングボールのひとつをさっと抜き取り、くるりと華麗なターンを決めると、小さかったボールが二〇インチのタイヤ程に大きくなっていた。それを地面に置きサムへ傾ける。ジャグリングをしたままのサムがそこへ足を掛け、いとも簡単にそこへ乗ってしまう。
玉乗りジャグリングの完成。
その右隣で、両腕を広げて
呆気に取られていた
「スゴいスゴい! めちゃくちゃスムーズ!」
頭の上で大きく手を叩く若菜。高い位置にいるサムがそれに気が付き、目が合うとぎこちなく笑った。叩く手を、若菜はブンブンと振ることに変える。
「二人共上々ですね、柳田さんっ」
「まあ、喋んねーでもここまでやれんのは。初めてにしちゃ、満点近ぇこともなくはないっつーか……」
顎に手をやり、ボソボソと小声で褒めている良二。にんまぁり、と若菜が笑んで見上げていることに気が付いて、良二は耳を染め、咳払いで誤魔化す。
「見てみろ、
「ふおお、やりおるですね。さすがサムエニ!」
我が身のように嬉しくなる若菜は、玉乗りから降りたサムを眺めている。
「オマエな。褒めちぎんのもいいがよ、芸の細けぇとこ盗んだり衣装がどーだこーだっつーのも、当然見てんだろうな?」
「あっ、ナチュラルすぎて忘れてました」
やっぱりか、と眼球くるりの良二。
「柳田さんこそ、私の代わりに蜜葉捜してくださいよ? こんなとこからじゃ見えないんですから」
「ったく」
エニーが膨らませた薄桃色のバルーンが、キュッキュッとウサギになる様を、若菜も良二も遠く柔く眺めていた。
♧
蜜葉は走ることが得意ではない。
端から見ると、中高生の無気力マラソンのような速度だが、それが彼女の精一杯の疾走だった。
母親との押し問答の後味は苦く、自宅から飛び出すなり涙が溢れた。
それは、興奮の反動と、本心を暴露したことによる後先を省みない行動に対しての焦燥感からで、駅に着いても、電車に乗っていても関係なく、持っていたハンカチで涙を拭う羽目になった。
ターミナル駅前広場へと辿り着いた蜜葉は、予定よりも一〇分とわずか遅れている。膝に手を付き、地面へ視線を落とし、肩でゼエゼエ呼吸を調えながら、
「あっちの方、ハァ、えっと、商工会議所が、ある方、かも、ハァ」
生ぬるい生唾で喉を湿らせ、喝采へ向けて足を動かす。
「信頼で、お返ししたいのに」
溢れる涙を、手の甲で拭い、駆け向かう。
「ハァ、わたしも、お二人に信頼で、返さなきゃ、いけないのに」
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