3-3 change clothes
「着てみませんか? レディーアンドジェントル?」
ニヤリな若菜。いつものぎこちない怪しい笑み。
見合うサムとエニー。たちまち灰緑色の大きな瞳が、キラキラと輝きを放つ。
「着たい!」
「着てみたい」
「ヨッシー、いい?」
「いい?」
「もちろん俺はいいよ。いいけど……」
言葉は続かず、善一の目線は事務机へ向けられて。
サム、エニー、蜜葉もつられてそちらを向いて、最後にそっと頬を染めつつ若菜が事務机を振り返る。
「…………」
五本の視線が刺さって五秒。しかし無反応な、視線の先。
若菜の咳払いでようやく気が付いた良二は、
「なっ、な、なんだよ」
「サムエニ、ここで着替えてもいいですか?」
「いいですか?」
「いい? リョーちん」
「わたしからも、お願い、します」
「俺もお願いしまーっす!」
「…………」
五対一。
はぁ、と大きな溜め息をわざと吐いて、良二は傍らの缶コーヒーをダババと
「ったく。勝手にひとを
「わー、ありがとう良二! みんな、着替えていいってさ」
「うるさくすんじゃねぇぞ、下に迷惑かかるからな」
チッ、と小さな舌打ちと共に、ふらりふらりと歩を進め、出入口のアルミ扉へ手をかけた良二。
「タバコ吸いに出る。俺居ねぇ方が、着替えやすいだろ」
「んじゃあ俺も出てこよーっと。Signorinaたち、二人のことよろしくねっ」
ヒラリと残った四人へ手を振り、一目散に良二の背を追って出ていく善一。
「あ?! なんでテメーついてくんだ」
「生憎出入口がひとつしかないもので」
「嫌味かコラ」
「え? 別に」
バタン、とアルミの扉が閉まる。階段を下りる、ふたつの足音。そして徐々に、YOSSY the CLOWNの高笑いと良二の怒声が遠くなっていく。
「…………」
「…………」
取り残されたかたちになった、若菜、蜜葉、サムとエニー。
やがて若菜が、くるりと三人を振り返る。ニッタァ、と笑んで、右手に拳を準備。
「じゃあ気を取り直して、レッツお着替えー!」
「です!」
その拳を突き上げた、若菜と蜜葉。
パアと表情を明るくするサムとエニー。
「エニーこっち側で着替えましょ。蜜葉はサムを手伝ったげて」
「はい。よろしくお願いします、サムくん」
「よろしく──って言っても、手伝うことあるかな、これ」
苦笑いのサムは、まるで壊れ物を扱うように、抱いていた衣装を蜜葉へと預け直す。
「細かい調整は、着てみてからきちんとやりますからね。だから、今変だなーと思うところは、気にしないで言ってください。あって当然だと思ってるんで」
「はーい」
「はい」
慣れた様子でYシャツを着、ジャケットへ袖を通したサム。頬を真っ赤にして、蜜葉へ両腕を広げてみせた。
「着た感じ、これで大丈夫?」
「はい、大丈夫です。んん……その、サムくん」
「ん?」
「に、似合いすぎてて、その、わたしの方が、えと、照れちゃいます」
きゅんと口を
「でっ、デザインしたの、蜜葉なのに」
それもそうですね、と小さく笑った蜜葉に、どこか安心感を抱くサム。
「ネクタイは、こうやって……あ、わたし、結びますね」
「手伝い、あったね」
「ふふっ、はい!」
サムの赤いネクタイは、若菜の手製。余ったサテン生地で縫い仕上げたそれをきっかけに、先日の良二のネクタイ作成を思いついた。
そんな、思い出すと顔が真っ赤になる裏話がついているのは、若菜だけの秘密。
「若菜さん、サムくんのここ、チェック、お願いします」
「はいはーい」
丈も袖口もほんのわずかに大きいくらいで事が足りた、サム。微々たる調整の範囲内で済みそうだと、ミシンをかけた若菜自身が驚く。
「ふおお、サムやっぱ似合いますね!」
言いながら、ジャケットの内側へスルリと手を伸ばした若菜。腰周りの確認だったが、サムは抱き締められたと錯覚して、頬を真っ赤に心臓をバクバクさせる。
「わぁっ、わ、若菜がそんなに嬉しそうにするんじゃ、誰が作ったかわかんないじゃないか」
「ふへへっ。あー、やっぱりここ太めだったか。腰周りはもう少し詰めましょうね。後で改めてきちんと見せてください」
「詰めるところ、わたしも見学、していいでしょうか?」
「もちろん。じゃあ、水曜に作業場また来てくんない?」
「わかりました」
「若菜、ここまで、着たよ」
エニーの小さな声に振り返る若菜。エニーへ駆け寄り、その小さな背の留め具を手伝うためにしゃがむ。
美しく艶やかな、甘い匂いの薫るエニーのブロンド色の髪。それを左側へ流しわけ、背を若菜へ向けるエニーは、それだけでぐんと大人びていて。
「はーい。じゃあ、上げていきますね」
ゆっくりと、細いファスナーがエニーの背を上っていく。肩甲骨へと向かうファスナーが、エニーの背をどんどんピンとさせる。
「ウエスト周りどうですか?」
ドレス丈や胸周りなどの細かい部分を、目視と感触で確認していく若菜。腰のリボン紐を適度に引き締めながら訊ねると、エニーは後頭部を向けたまま小さく頷いた。
「ぴったり」
「キツくはないです?」
「うん、ぴったり」
「我ながら、まさかぴったりサイズを作れるとは思ってませんでした」
背側にリボンが結びあがると、若菜はそのままエニーのドレスの細かな修正確認を始める。
「首、動かしても問題なさそうですね?」
「うん。ぴったり」
言ったあとで、エニーは
「おおー、エニーかんわいい! やっぱ蜜葉は天才だな!」
「ちょっ、や、若菜さんっ」
慌ててサムから若菜へと視線を移した蜜葉は、飛び込んできたエニーの姿に、そのまなざしを輝かせた。
「きっ、きゃあ! エエエエニーちゃ、あのっ、きゃっ、かわっ」
「み、蜜葉、落ち着いて」
制止に入ったサム。しかし蜜葉は、くらりと
「かわっ、かわいい、かわいいです、エニーちゃん。デザインしたわたしが言うのも変なんですがその、スゴく似合ってて、えと、完成度が、高いですっ!」
頬を染めて、鼻息荒く、蜜葉はエニーをまじまじと観察。駆け寄ってきたサムに両の手を取られたエニーは、ポンと頬を染めた。
「ホントだ! エニー、めちゃめちゃかわいい!」
「サムも、その赤、すごく似合う」
「ホント?! へへ、ボクら、赤って着たことないよね」
「ん。ない」
「着れて良かったよね、鮮やかな色」
「ん。良かった」
確かめ合う双子を眺める、若菜と蜜葉。顔を見合わせ、彼らの『仕上げ』を手に取った。
「サムエニ。仕上げが残ってるので、あと三〇秒だけこっち向いてください」
深い灰緑色のまなざしが上向く。
若菜の右手には
「髪型、調えてもいいですか、エニー?」
びくり、と
「ダイジョブだよ、エニー」
サムはなんてことのないように、エニーの左手を優しく包むように握り、やがて蜜葉を向いた。
「ねぇ蜜葉、ハット
「はい、もちろんです」
サムに
エニーのブロンドの髪を、三度四度と
「はァい、出来上がり!」
手を繋いだままの双子が、そっと二人を見上げる。
「サムが帽子を被って、エニーがポニテにするところまでが、蜜葉が考案したこの衣装のデザインなのです」
ね、と蜜葉を見やると、蜜葉は嬉しそうにガクガクと頷いた。
「想像してた、よりも、ずっとずっと、お二人にマッチしていて、わたし……わたし、嬉しくて、その」
ぞわぞわ波打つのは、感動の鳥肌。蜜葉は、喜びからおこる震えに、甘く二の腕を抱く。
顔を見合わせていた、サムとエニー。目配せで伝え合う何かに、サムが笑みを向け、エニーは物言いたげに唇を震わせていて。
「あの、あのね」
やがて、なぜか陰った声色で、エニーは胸中深くに沈めていた想いを紡いだ。
────────────────────
一方その頃な一話完結がこちら
https://kakuyomu.jp/works/16816452218656451957
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます