3-4 color like a spring breeze

「エニーね、実は、こんなにきちんと、出来上がるなんて、期待して、なかったの」

 眉を上げる蜜葉。伏し目に弱く頷く若菜。

「蜜葉のデザイン、見たし、若菜のこと、原石って思って、信じてたんだけど……。期待して、裏切られたときのこと、やっぱりずっと、考えてたの」

 肩を震わせはじめたエニー。サムがその肩を支える。


 大人に、事あるごとに裏切られてきた、サムとエニー。

 実の母親からは、エニーが自慢にしているその髪の毛を何度も引っ張られ、引き摺られた。それがために、髪の毛に触れられることを酷く怖がる。善一にさえも、未だにあまり触れさせていない。

 既に信頼することの難しさを感じてしまっている、幼い二人。若菜も蜜葉も、恵まれた信頼関係を大人と築いてきたわけではないために、エニーの躊躇ためらいの気持ちはまるで我が身だった。


「ごめんね、若菜、蜜葉。ごめんなさい」

 小さな声、震える謝辞。『こんなこと』で罪悪感を感じてしまっているエニーに、蜜葉の胸中に庇護ひご欲が芽を吹く。

「エニーち──」「でもね!」

 蜜葉が言葉を挟むよりも速く、エニーは俯けていた顔を上げて、大人二人を交互に見た。

「でも今、エニーもサムもね、すんごく、嬉しいの。若菜が、蜜葉が、一生懸命縫ってくれたこと、着てるともっとずっと、伝わるからっ。信頼が返ってくるって、こんなに嬉しいことなんだって……すごく、嬉しい」

 エニーの双眸そうぼうにゆらゆらと浮かぶ、まあるい涙粒。真珠のように丸みを帯びて、やがてぼろぼろ、とこぼれ落ちた。

「若菜、蜜葉。ボクたちのために、一生懸命縫ってくれて、改めて本当にありがとう」

 くしゃり、サムも同様に嬉し涙を浮かべている。

 自らのジャケットから、ハンカチを取り出した若菜。その場にしゃがみ、エニーの下睫毛まつげに優しく押し当て涙を吸わせた。

「フフ、お二人さん。お礼も泣くのも、実はまだ早いんですよ」

 ハテナを浮かべる双子。サムは目尻を拭いながら、首をかしげた。

「な、なに?」

「どういうこと?」

「とっておきサプライズ、です!」

「です!」



        ♧



 ストップウォッチのように、きっかり五分後に事務所のアルミ扉前へと戻ってきた良二。一応幼い双子を気遣ったようで、慣れないノックをして中の様子を窺う。

「はーい、どーぞ!」

 若菜がアルミ扉越しにそうして一声上げ、応える。アルミ扉に手を掛ける寸前で、しかしそのドアノブを善一にさらわれた。

「どわっ。な、テメー。いつからそこにいた」

「え? 今だけど」

 いつの間にか背後に立っていた善一に、良二は顔を歪め、後退りをし、嫌悪感を押し付ける。

「チッ。気配消すのやめろ」

「良二が散漫なだけだよ」

「俺の後ろに立つんじゃねぇっ」

「たまには弟の後ろ姿も見てみたくって」

「だっ、テメ──」「Coucou戻ったよんー!」

 右足を事務所へ突っ込む善一と、左足を事務所へ突っ込む良二。

「わーお!」

「お」

 目の前の幼い双子が視界に入った二人。善一はパアと表情を輝かせ、良二は左眉を上げた。

「いい感じじゃないか! サムもエニーも、スゴく似合ってる」

 サングラスに手をやった善一。眉をハの字にして二人を羨望し、六歩進んで目線高を合わせた。


 シックな白黒配色モノトーンに、鮮赤よりもわずかに暗い赤。おかげでトランプをイメージしやすく、パフォーマンスをするに相応ふさわしいと、YOSSY the CLOWNは思う。

 ヨーロッパの血統のためだが、衣装のインパクトに負けない二人の個性キャラクターとも均整がとれている。


「めちゃめちゃカッコいいよ、サム。うんうん、あー、俺も真似して作ろうかなぁ、ズートスーツ」

「へへ、そうなったらお揃いだね」

 無垢を向けられ、善一は心臓を跳ね上げた。染まっていく頬や耳の熱が退くまでに、かなり時間がかかりそうだと過り、素直に嬉しいと言えずぎこちない首肯しゅこうになってしまって。

「あ、あれ? 靴も用意してくれたの?」

 サムの足元でぴったり収まっている、白と黒のバイカラー二色フルブローグ穴飾り模様の革靴を見て、YOSSY the CLOWNは蜜葉を見上げる。

「は、はい。さすがに、作れなかったので、既製品では、ありますが」

「よく見つけたね。スゴいな」


 マニッシュ男性性クラシカル格式的な印象の革靴は、ズートスーツにも負けない映え方をしている。

 片やエニーの足元も、深紅のエナメル革がつるりとした、ラウンドトウ爪先円形型のパーティーシューズ。平均より厚底なそれが、大人びた印象で、ドレスとの相性がとてもいい。


「エニーもぐんと素敵になったね。髪もかわいいよ。ふわふわが活かされてて、エニーの柔軟さがよく出てる」

「て、照れる、ヨッシー」

 揃って顎を引き、もじもじと各々おのおのの手先が落ち着かない。

「あの、リョーちんはどう思う?」

「あ?」

「似合ってる? エニーたち」

「え」

 サムとエニーに交互に問われる良二。

 その傍らで、耳を大きくして生唾を呑んだ若菜と、薄い灰青ウェッジウッドブルー色レンズのその奥を見開いて凝固している善一と、胸の前でぎゅうと両手を握る蜜葉。

「…………」

 再び五人に注目されている、と苦い汗をかく良二。前髪をグシャグシャとかき混ぜ、明後日の方向を向いて耳を染めた。

「別、にその、悪くねーんじゃねーこともなくはないっつーか」

「どっち?」

 重なる双子の、問いという攻撃。吹き出したいのを堪える若菜。

「どっ、だ、にっ、……んなことより!」

 大人三人が「惜しい」とそれぞれに思い、一方で幼い双子はまんまるに膨れて。

「テメーらはそれ着るだけのマネキンになりたかったわけじゃねーだろーがっ。どんな芸事やつすんのか知らねぇけど、それ着て動けねぇんじゃあ、なんの意味もねぇぞ」

「あ、それについて『はい』っ!」

 勢いよく挙手する若菜。耳が真っ赤の良二に、顎を向けられ発言権を貰う。

「ときに。YOSSYさん、サプライズです」

「え、俺──じゃなくて、僕に?」

 ニタァと笑んだ若菜を合図に、応接用センターテーブルに残った、もうひとつの大きな紙袋を持ち上げる蜜葉。善一へと歩み寄るなり、顔を真っ赤にし、緊張気味に声を絞り出す。

「こっこれも、サムくんエニーちゃんに、なんですがっ、やっな、柳田さんっにもか、関係ある、ことなのでっ。なのであのっ、まず柳田さんにお渡し、しますっ!」

 ズン、とYOSSY the CLOWNの胸元へ渡される、大きな横長の紙袋。「YOSSYさんだよ」と決まり事を呟きながら、中身をそっと取り出す。その背後から、手元を覗き見ようと懸命に首を伸ばす良二。

「ん?」

 引き出したのは、まるで花開く春の訪れのような、菜の花や新緑が眩しい草原のような──そんなイメージが詰まった、春色の布地のペア衣装コスチュームだった。


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