5-4 cosmos bouquet

 翌日──柳田探偵事務所隣、花屋・マドンナリリー 二号店。



「こんな感じに仕上げてみました。手直しはいつでもお引き受けします」

 昼休みの時間に、ベビードレスの依頼主である男性と直接会うことになった私──服部若菜。

 花屋の有村てんちょが「出来たんだって、すぐに来な!」と彼に電話を入れてくれたんだけど、そうしたら三〇分もしないうちにシルバーの商用バンサクシードでやってきてくれたってワケ。

「どれどれ? 見せて見せてっ」

 そうやってワクワクと声を弾ませるのは、依頼主の彼──春己はるみさん。一八〇センチは越えている長身をなるべく小さく屈めて、ドレスを入れた紙袋を繊細そうに受け取る。


 総立ちにした短い黒髪と、がっちりとした身幅タッパから、なんだか柳田さんよりも大きく見える。

 柳田さんも一八二センチだからそれなりにデカいんだけど、春己さんとは違ってヒョロガリ。だから縦に長いばっかりで、体格の迫力が、ないというか、その、ゴニョゴニョ。


 そんなことより。


「ど、どうでしょうかね……」

 緊張の一瞬。

 課題として作った服を先生に提出したときよりも、格段に緊張する。ずんずんと眉間が寄って……ああ、これが『睨んでる』って言われてしまう一因なんだなぁ、なんて今更思ってみたりして。

「いやぁー、まさかこれ程とは。マジでびっくりしてる」

 春己さんはベビードレスから顔を上げて、目尻にシワを刻みながらニカッと眩しく笑った。

「すんごく綺麗に作ってくれたねぇ。感動したよ!」

 えっ、と簡単に眉間のシワも取れちゃう私。

「ほ、ほほ、ホントですか!」

「うん、まるで買ってきたみたい」

「買っ……買ってないですからねっ?」

「アハハ、まぁ冗談だけどさ。比喩だよ比喩。あれ? 合ってるかな。俺、昔から国語苦手でさ」

「……あ」

「ん?」

 うわあっ、ちくしょう! こんな簡単なボケに真面目に返してどうする! もっと面白い返答を咄嗟アドリブ的に言えなくちゃダメなやつだった! あーもうボケ殺しだよ、笑いのポイントをいくつも無に帰しましたよ若菜ちゃんっ。芸人としてあるまじき行為!

 地団駄を踏みたい気持ちを、必死に奥歯で噛み殺す。そんな私をよそに、春己さんはベビードレスに夢中。ありがたい。

「まぁ、それにしても。仕事は早いし、提示したイメージもきちんと入れ込んでくれてるし、ホント心からスゴいと言わせてよ。細かくて丁寧なのがまた職人技だねぇ」

 愛おしげにベビードレスの縫い目を撫でる春己さん。

「この辺り、小さな子どもの肌の事をきちんと考えてくれたってわかるしね」

「へ、へへ。当たり前のことをしたまでですよ」

 なんか、思わぬ反応で嬉しいような、居心地悪いような。なんだろう。ホッとするどころか、腹の底から沸き起こるような何かに駆け出したくなる気分。むずがゆい。

「それで、お代なんだけど」

 ドレスをたたみ入れた紙袋を、春己さんは左肘に引っ掛ける。それから自分の胸元へ右手を突っ込んで、白くピンとした封筒を取り出した。

「この前の金曜日会ったとき、依頼料訊いていかなかったからさ、俺。だから『お気持ちばかり』ってやつで包ませていただきました」

 差し出される、その白い封筒。

 ああっ、こんなときにまで私の悪い癖『出されたものに、がっつく』が発動! 素直すぎる子どもみたいに封筒に飛びついてしまった私。

「あっ、す、ゴメンナサイ……つい」

「え? アハハ、まぁ中身見てみてよ」

 春己さんが気にしないような感じで、ニコニコ笑っていてくれて助かった。カッコ悪、と苦笑いの私。言われたとおり、中身を改める。

「ぅえっ?! こ、こんなに?!」

「こんなにって言うけどね。オーダーメイドで、急ぎだのっていう無理も聞いてもらったんだから。このくらいはさせてよ」

 中には、一万円札が五枚。これは貰いすぎのやつだ。だって、ベビードレスリメイクの相場は、二万ちょいなんだもん。

「いや、けど、こんなに戴いちゃったんじゃ、買った方が安いじゃないですか」

「ハハハっ! それじゃあ意味がないでしょ。あのベールで、しかも『手作りしてもらうこと』に意味があるんだから」

 そう言ってニカッと笑う、春己さん。

 そう。このベールを使うことに、今回は意味があった。


 花嫁のベールをドレスに変えて、それを子どもへ着せる。するとその子どもは、素敵な幸運に恵まれるらしい。


 春己さんからこの話を聞いて、ベールを事務所へ持ち帰ったのが、この前の金曜日の夕方ってワケ。愛娘とその子どもへ幸運を願う春己さんの気持ちを考えたら、私もなんだか気合いが入っちゃったっていうか。

 今回、顔が見える依頼主だったからか、私は作ることを「作業」だなんて思わなかった。課題だの、顔の見えない相手へ作るだのってのが、恐らく私の性には合っていなかった。


 私、顔の見える相手との仕事なら出来るんだ。


 今回のこれは、そんな気付きを得た仕事だった。

「ホントありがとう。作ってくれたのがキミで、本当によかった」

 わざわざ強調するように「キミで」とちょっとだけゆっくり発声した春己さん。そこに限定的な想いを与えられたように錯覚して、特別感が増す。

「こっ、こちらこそ! 『お気持ち』までたくさん、貰っちゃって……」

「娘も孫も、きっと喜ぶよ」

 春己さんは、そう言ってふわっと幸せそうな顔をした。

 ていうか、あれ?

 別に『面白い事』をしなくても、他人ひと様にこんな顔をさせられるんだっけ?

「……は、はい」

 うずうず、と胸の内が不明に疼く。

「春己ちゃん、春己ちゃんっ。これ未咲みさきちゃんに持ってって」

 店の奥から忙しなく出てきた有村てんちょ。満面の笑みで、まるでクリームパンみたいなまあるいその手に何かを持っている。

「はい、出産祝い」

 それは、小さなブーケとしてまとめられたコスモス。薄いピンクで、優しそうな色合い。

 出産祝いってことは、春己さんの娘さんが『未咲』さんだろうか。

「うわースゲェ、コスモスのプリザーブド! いいの?!」

「あたしからって言っといて。あと、今度はみんなで来な。アンタの仕事以外でね」

「わかった」

 快活な笑みの春己さん。とても五十代前とは思えない爽やかさがある。きっと、今が幸せなんだろうな。大して春己さんを知らないのに、こんなに簡単に想像できる。

「有村、何から何まで、ホントありがとう」

「いやいや、あたしが一番なんにもしてないよ。若菜ちゃんがいい仕事をしたのさ」

「いやホント、私はそんな」

「謙遜しなァい! 金銭貰って仕事したんだ。もっと堂々と喜びな」

「いだっ」

 てんちょにバンバン背中を叩かれた。ガハガハとむせ返る私。


 金銭を貰って、仕事をした──か。


 ほんわり、霞がかった考えがぐるぐるする。見えそうで見えない。歯痒いなぁ。

「じゃあ若菜ちゃん、柳田探偵にもお礼をお伝えしてください」

「え、あ、はいっ」

「じゃ、また」

 振り返りながら手を振る春己さんは、シルバーの商用バンサクシードのエンジンを唸らせていそいそと花屋を後にした。


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