4-3 can be seriously
「エニー!」
駆けて行ってしまったエニーの後を追うサムは、言語を英語にしたまま寝室へ入った。ハァ、と息を調えるサム。
「エニー、どうしたの? らしくないよ」
「……ごめんなさい」
エニーはベッドの前に立ち竦み、頭を垂れ下げている。
「あれ、アタシが悪かった、かもしれない。ヨッシーの、お客さんなのに」
背後から二歩歩み寄り、サムは様子窺いのために小さな首を傾げる。
「エニーのわかっちゃったこと、教えてくれる?」
問われて、ブロンドの柔らかな髪の毛をふわりと広げ、エニーは振り返った。
「蜜葉の態度から、も、デザインのちょっとしたところから、も、何かを諦めてるの、わかっちゃったの」
「言ってたね。諦めてる気持ちが伝わるって」
「あれが、アタシ、イヤだった。……怖かった」
深い色をしたその瞳に、みるみる涙粒が溜まっていく。一度のまばたきで簡単にボロっと落ちてしまうその量は、拭い取るにも布が要る。
「アタシ、ヨッシーと同じ、熱量で、協力してくれる人じゃないと、あの……怖いよ」
「それは、シスターたちを思い出すから?」
差し出されたハンカチには、善一が好んで焚いているお香の薫りが染みていた。受け取り、ひと嗅ぎするだけでみるみる涙が溢れるエニー。それを目に押し当てて、鼻を啜りながらガクガクと頷いた。
当然のことながら、初めは好意的に近付いてきた、かつての養護施設のシスターたち。しかし、エニーは彼女らになかなか心を開くことはなかった。
実母から受けた暴力の事実。それが原因で、エニーは特に『女性の態度の豹変』を酷く怖がっていた。そのことが、エニーが他人の感情の機微をこと細かく読み解いてしまえるようになった原因のひとつになっている。
養護施設のシスターたちは、その読心能力ともいえるエニーの洞察力を、エニーと関わるにつれて怖がっていった。やがてシスターたちは冷たい態度になり、するともう誰もエニーと接することが出来なくなった。
エノーラに目を覗かれると心の底を知られてしまう。
そんな風に怖がられた、養護施設時代。わずか三才にして口を開くことを
蜜葉は『美味い話に乗っかった』のではないだろうか。
善一の『舞台に対する想い』と温度差があっては、また『大人で結束されて』自分たちを棄てていくのではないだろうか。
エニーには、全力で正直に応えてくれる大人が必要だった。
「サムは、どう思った? 蜜葉のこと」
「ボク? ボクは、んー」
泣き震える妹の肩から視線を一度逸らし、大きく深呼吸を挟んでから考えを並べる。
「ボクは、蜜葉が挑戦してから決めてもいいことだと思ったよ。ヨッシーが、ボクらにチャンスをくれたように。ヨッシーがそうしたいのなら、ボクに異論はないから」
この気持ちは、嘘ではなかった。これまでもサムは恩人である善一に、ほとんどの意見を賛同してきている。
対してエニーは、先の理由も相まって、目的の真意や本質を重んじる傾向がある。善一と意見交換を交わすのは、どちらかと言えばいつもエニーだ。
「でも、エニーの言い分も大事にしたいと思う。ボクはエニーの言ってたこともわかるから」
溜めた涙を溢しきったエニー。サムの瞳の向こう側を見るような視線を向けている。
「サム……」
サムの脇腹へ、柔く幼い両腕を差し込む。兄の肩に頭を預けると、彼は妹の頭部を優しく撫でた。
「まずはヨッシーに話をしてみよ、エニー」
「……うん」
「ヨッシーは、今までの大人と全然違うよ」
「うん」
♧
「自分の世界を、世間にぶつけてみる、って、決めましたから。これは……お二人にお見せしたのは、挑戦の第、一歩、ですよね」
三分と経たない間に、小田蜜葉は顔を上げ、もう一度YOSSY the CLOWNと視線を合わせた。YOSSY the CLOWNからの返答を待たずに、小田蜜葉は言葉を並べていく。
「わたし、エニーちゃんの、仰ってたこと、守ってみたい……いえ、守りたいです」
不安に揺らめく、小田蜜葉のまなざし。柔く口角を上げることしか出来ない、YOSSY the CLOWN。
「まず。わたしは、来週までに、清書、したいと思います」
「いいの? あのままでも、デザイン画としては満足だと思ったけど」
「いえ。やれるだけ、きちんとや、やらせてください。それに、お二人に必要なのは『デザイン画』ではなく、『衣装』、ですよね?」
わずかに目を見開くYOSSY the CLOWN。
「そ……まぁ、そうだね」
「お二人のこと、考えながら、きちんとデザインし直そうかと思います。ダメ出しなら、何度でも受けますっ」
小田蜜葉の覚悟がわかった気がした、YOSSY the CLOWN。胸の内が喜びでゆらゆらと揺れた。
「あの、出来上がり次第、すぐにでも、お持ちしたいんですが。それでも、大丈夫ですか?」
「あぁ、ゴメン。明後日にはフランスに戻るんだ。僕の舞台公演が控えててさ、来週は公演真っ只中だ」
「そう、なんですね」
「んー……」
顎に右手をやるYOSSY the CLOWN。脳内でスケジュール調整を行うその速度は、他の誰よりも速い。
「じゃあ、次いつ日本に来られるかはわからないから、予定が決まり次第連絡するよ。こっちから」
「わか、わかりました」
「だから、ID交換しといてもいい?」
胸元から流れるようにスマートフォンを取り出したYOSSY the CLOWN。半分は柳田善一として、スマートフォンを小田蜜葉へ差し向けている。
小田蜜葉は警戒心から、きゅんと顎を引いた。
「えっでも、メールアドレス、記載ありました、よ。お名刺に」
「そうなんだけど、メールより通話アプリのがテレビ通話出来るでしょ。デザイン画出来たらすぐ二人に見せたいし、ロスタイムだって無くなるよ? ね? ね?」
「ああっ、あのっ。なんか、わくわくしてらっしゃいませんか」
「ええ? そうかなぁ!」
「声が、弾んでらっしゃるし、えと」
「大丈夫だよ、しつこく連絡したりしないからっ」
「ねっ」の文字が頭上にポンポン現れるようなYOSSY the CLOWNの詰め寄り方に、じわじわと染まっていく小田蜜葉の頬。
今までに、男性に連絡先を求められたことなど一度もない。重度の照れや困惑をなんとか押しやり、小田蜜葉は交換に踏みきろうと、スマートフォンを『仕方がなさそうに』鞄から取り出した。
「
「う、うぅ」
これはビジネス、これはビジネス、と、幾度も心内で早口言葉のように唱える。しかし、目の前でにこやかに花畑色の雰囲気を咲かせられると、ほだされ流されてしまいそうになっている自分自身に気が付いて。
「びっ、ビジネス、ですものね?! ビジネスっ」
ブンブンと頭を降り、花畑の花を散らす小田蜜葉。
「わたっ、わたしは、自分の可能性を、確かめるために、真面目に、取り組ませていただきますっ」
心内で唱えるには足りず、敢えて口に出した『目の前の目的』。そうすることで心にすり込み、邪心を押し退けさせた。
「あの、柳田さん」
「『YOSSYさん』だよ、Signorina」
「エニーちゃんにも、サムくんにも、デザインを気に入ら……いえ。認めていただけ、なかったら」
おうむ返しと共に、小田蜜葉の顔を覗き込むYOSSY the CLOWN。
スッと一呼吸吸い込み、小田蜜葉は一息にはっきりと述べた。
「その時は、わたしはデザイン創作を今後すっぱりやめます。そのくらいの心意気で、真面目に、取り組ませていただきますから」
凛としたまなざし、不安の奥にあるわずかな光。それらを見て、YOSSY the CLOWNは背筋を震わせた。
「よろしい、ですかね?」
恐る恐る消えるように訊ねる小田蜜葉。YOSSY the CLOWNは、柳田善一としての表情も感情も抑え込み、かけているサングラスに手を触れる。
「わかった、きちんと伝えておくよ。キミの覚悟のことも」
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