4-2 costumes drawing on

 開かれたB5ノート。そこにあったのは、赤、白、黒の三色でまとめたゴシックデザイン。

「あ、これ」

 小田蜜葉は、ノートを差し出しているサムと目を合わせた。

「トランプみたいだね。だから気に入っちゃった、ボクもエニーも」

「カード、まだやったこと、ないけど」

 サムの肩口から一言、そう小さく挟んだエニー。

「僕がマジックやらないからね」

 小田蜜葉の後方から高く声を落とすYOSSY the CLOWN。微笑みを浮かべているものの、笑みの種類がぎこちないと感じた小田蜜葉は、眉間を詰めて振り返り訊ねた。

「マジック、なさらないんですか? この前はなさって──あ、あれは、弟さん、でしたね」

 すみません、と小さくなる小田蜜葉。YOSSY the CLOWNは視線を逸らす。

「マジックは弟のものなんだ。だから僕は、公でマジックはやらないんだよ」

「そう、なんですか? ご一緒になさったら、いいのに」

「ハハ、一緒に、か……」

 YOSSY the CLOWNはそこで言葉を切ってしまった。いぶかしむ小田蜜葉をこれ以上踏み込ませてはいけないと、すかさずサムが声を張る。

「み、蜜葉! 選んだこれ、どうなるの?」

「えっ、あ、あの、それはそのォ」

「キミたちの舞台衣装に、と思ったんだ」

 明るく割り入るYOSSY the CLOWN。再び彼の雰囲気がオフィシャルのものに戻る。

「ステージ、コスチューム?」

「そうだよ、エニー。必要不可欠なアイテムでしょ?」

 二人に近づき、しゃがんで目線を合わせる。代わりにそっと立ち上がる小田蜜葉。B5ノートを緩く抱いた。

「素敵なパフォーマーには素敵な衣装! 人の目を惹き、優雅さを演出する手助けになる。華麗で妖艶なパフォーマンスを、より一層際立たせる」

 「ねぇ?」と小田蜜葉を振り返り見るYOSSY the CLOWN。えっ、と漏らすも、すぐに視線が双子へ戻ってしまった。

「二人にパフォーマンスのときの衣装を作りたいって、ずっと考えてた。できればサプライズで贈りたかったんだけど、彼女のデザインは良いものが多くって、選ぼうにも迷っちゃってね」

 英語に切り替わっていた言語。小田蜜葉のリスニング力では半分程しか追い付けなかったが、流暢なYOSSY the CLOWNの英語に羨望を感じ、頬を染める。

「どこでやるにしろ、今後活動していくなら衣装はないがしろにできない。そこで、まだ誰にも見つけられてないデザイナーが欲しいと思った」

 サムが顎に手をやる。

「そうか。ヨッシーの衣装コスチュームは専属契約してるから問題ない。でも、それに害ないデザイナーってなると、まだ卵の人を選ばなきゃいけなかったのか」

「それを、捜してたんだ? ヨッシーとリョーちんは」

「ごめんね、内緒にして」

「ううん。嬉しいよ、ヨッシー。ありがとう」

「うんうん、ボクも嬉しい」

 双子をその腕に呼び込むYOSSY the CLOWN。抱き合う三者が、小田蜜葉には羨ましく思えた。


 ここには家族愛がある。

 自分の知らない温かみがある。


 B5ノートがきゅ、とキツく抱かれた。

「本気に火が点いちゃうね、エニー」

「うん……まぁ」

 エニーの返事が、いつもの調子ではない。心配するサムは、英語のまま続ける。

「どうかした? 衣装、違うのがいい?」

「ううん、デザインの問題じゃ、ない」

 ハテナを浮かべるサムとYOSSY the CLOWN。居心地の良い腕から離れたエニーは、そろりそろりと小田蜜葉の五歩手前に一人で立った。


 サムに手を引かれるわけではない。たった一人、何かを告げたくてそうしている。


 エニー、と声をかけようと口を開いたYOSSY the CLOWNを、サムが「ちょっと待ってあげて」と静かに制した。心配そうなまなざしを向けつつ、エニーの出方を全員が待つ。

「あのね。エニー、わかっちゃう、他人ひとの気持ち、たくさん」

 辿々しく、ゆっくりと細く発せられたエニーの言葉。小田蜜葉は、丁寧に頷く。

「気に入ったのは、ホントの気持ち。他のも、好きになった、デザイン、あったよ。かわいいね」

「あっ、ありがとう、ございますっ」

「だから、書き直しリライト、してほしい」

 小田蜜葉は、ぎこちなく口角を上げる。

「書き直す、ですか? 気に入らないところ、お、教えてくださいっ」

気に入らないdon't like、違う。蜜葉の本気マジで、書いてほしい。もう一回once more、このデザイン」

「マジ、のデザイン? 真面目なって、ことですか」

「そう、『真面目』。マジ、違うのか……覚えた」

 エニーはきゅ、と色素の薄い眉を寄せ、ピッと右人指し指をB5ノートへ向けた。

「それ、悲しいとか、諦めてるgive upの気持ち、伝わる」

 小田蜜葉は、胸の中心にサックリと矢を突き立てられたような心地に見舞われた。口の中をチリと噛む。


 詳細は忘れてしまったものの、強く思い出すのはただひとつ。母親から、頭ごなしに成績云々で言われてしまったこと。赤白黒のこのデザインが、その鬱憤晴らしのような形で殴り描いたものだということ。


 肯定も否定もしない、沈黙の小田蜜葉へ、エニーは小さく声をかける。

「エニー、そういうの、わかっちゃうの。気持ち悪い?」

「き、持ち悪くなんて! むしろスゴい。スゴいですっ」

 小田蜜葉は本気でそう言ったが、エニーには届かなかった。エニーの虚しさが、胸を通り抜けて後方へ消える。

「エニーとサム、もちろんヨッシーもね、真面目なの、公演パフォーマンス。真面目に、『世界をスゴい景色に変える』を、目指してるの」

 威圧感が増したような気配を受け取る小田蜜葉。

「諦めてる気持ち、邪魔。エニー、それ無い気持ちで、衣装コスチュームデザイン、描くだけ、が、欲しい」

 かたことの幼い日本語が、小田蜜葉の脳内で組み直っていく。


 「諦めの気持ちを抜きにした本気のデザインで、もう一度見せろ」──そう言われたのではないかと至り、小田蜜葉の肩が、脚が、背筋が震えた。


「出来る? YOSSYの真面目と、同じところ、行くこと、だよ」

「柳田さんの、真面目と……」

「出来ないでもいい。出来ないは、蜜葉、サヨナラ。だってデザイナーの卵、また捜せばいいだけっ」

 きっぱりとそう言い切ったエニーは、くるりとオレンジ色のシフォンワンピースをひるがえして、寝室の方へと行ってしまった。

 三人がそれぞれにポカンとし、なんとかその空気を受け入れようとしたものの、なかなか消化が進まない。

 やがてサムが、細く不安そうに口を開いた。

「み、蜜葉、ごめんなさい。エニー、いつもは怒ったり絶対にしない。でも、ちょっと混乱、してたかも」

「は、はい……」

「ボク、エニー見てくる」

 エニーを駆け足で追うサム。その背をぼんやりと見つめて、今度はYOSSY the CLOWNがフッと小さく溜め息を吐き出した。

「ごめんね。二人共、諸事情で大人を怖がってるもんで……」

「いえ、だ、大丈夫、です」

 YOSSY the CLOWNではなく、柳田善一としての笑みが向けられる。


 浅い呼吸が続いていることはわかっていた。上手く状況が理解できないのは、脳に酸素が足りていない証だ。


「彼女の、言うとおりです……」

 俯く小田蜜葉は、抱えたB5ノートへじっと視線を刺していた。


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