6-3 charity has a reason
「俺ね、サーカス団に居るときにあることに気付いちゃったんだ」
妖しく笑む善一は、ふわりと背もたれに寄りかかり目を閉じる。
「それは、サーカス公演を観に来られる人間は、一定層の金持ち以上だって事実」
金持ち、とエニーの口腔内で単語が
「当たり前のことなんだけど、公演を観るには入場料が要るだろう? そうすると、観られない人が出てくる。それだと、本当に笑顔が必要な人へ届かない。俺はそこにほんの少しだけ疑問を持ったワケ」
サムが右手を顎にやり、言葉の続きを待つ。
「だから、サーカス団に居る間に、貰える分だけ貰いまくって資金集めに徹してた。実は結構生活も切り詰めたりしてさ、この部屋からじゃ想像できないと思うけど」
ぐるりと三人で見渡す室内。
アパルトマンとはいえ、一人暮らしにしては広いリビング。
善一のこだわりと納得で集められた食器。
本革貼りの黒いモダンなソファ。
毛足の長い白いオーバル型の絨毯。
その上に乗るは同じようなオーバル型のガラステーブル。
カーテンと、それを巻くタッセルは一風変わっている。
天井から下がるシックなペンダントライト。
そして、善一の定位置とおぼしき位置にある、レトロなヨーロピアンデザインの一人がけソファ。
これだけを見ても、看板
「でね」と区切り、自らに注目を集める善一。
「ある程度貯まったから、単独行動に移ったんだ。独りの方が身動きとりやすいからね」
エニーは善一の目元から視線を動かさない。
「僕が単独でやりたいこと──つまり、修行第二段階目の目的。それは、金持ちから集めた資金を、本当に困ってて必要としてる人達へと流すことなんだ。世間的にはそんなこと、間違ってるかもしれない。でも、それが世界を変えていくきっかけになるって、僕は考えてる」
ハッとしたエニーが、小さく口を動かす。
「困ってる、人達の、手助け? だから──」
「──だからヨッシーは、
入れ替わった双子の言葉へ、小首を傾げて満面の笑みをつくる善一。
「
サムとエニーは、パアと表情を輝かせた。
「『世界を笑顔で満たし、そうして美しく変えること』──これは僕が『パフォーマンスを通じて成したいこと』だ」
そっと、両腕を広げ、YOSSY the CLOWNは胸を張って説く。
「YOSSY the CLOWNは、世界中の涙とか怒りとか、そういう気持ちを笑顔に変えることがしたい。ボーダーレスに、金品なんて関係なく、困ってる人みんなの手助けになることがしたい。だから
天井から下がるペンダントライトの暖色灯を浴びて、善一はYOSSY the CLOWNとして輝きを放った。
「僕は、修行と称してパフォーマンス技術の向上を試みた。くまなく技術を身に付けて、僕は僕がやる
大きく語る、YOSSY the CLOWNの希望。
上手く伝わったのだろうか──不安になる善一は、しかし決してそれを見せてはいけないと笑顔を続ける。「大丈夫、大丈夫」と、二人にも自分にも、繰り返し言い聞かせるようなまなざしを向ける。
「あの。ヨ、ヨッシー」
眉を寄せたまま、サムは申し訳なさそうな声色で口を開いた。
「ん? どうかした?」
「ボク……その。ホントのお願いが、あるんだ」
「ホントのお願い?」
「質問だけが、『お願い』じゃなかったんだ、ホントは」
アワアワと口を動かし、俯くサム。数秒間、目を伏せ何かを迷い、口を一文字にきゅっと結び、椅子からポンと飛び降りる。ぐるりとテーブルを回り込み、善一の膝元へと駆け寄った。
「ボクも、ヨッシーみたいに
善一は目を丸くして、何度かゆっくりと瞬きをした。
「すぐじゃなくても、いいから、だから……」
訊き返さなくてもわかる。サムの瞳は、至極真剣に『同じ道』を行きたいと堅く心に決めている。
サムは耳を、頬を、じわじわと染めた。
「初めて逢った、あの時っ。ボク……ヨッシーにいっぱい悪態ついてごめ、うっ、ごめんなさいっ」
「サム……」
「子ども向けにわざと簡単なのやってたの見抜いて、わざわざバラして……あんなの、生意気だってわかってた。でも、スゴい事が出来て、あの場のみんなに喜ばれるヨッシーが、羨ましかったんだ」
涙の溜まっている、深い灰緑の
サングラス越しでは失礼になるな、と、善一はそっとシルバーフレームのそれを外した。
「ボクも、ボクが出来ることをして誰か一人にでも喜んでもらえたら……そしたらいつか、『生きてて良かった』って、思える、かな?」
いてもたってもいられず、善一はそっとサムの頭部を撫でた。
「アタシもっ」
エニーも同様に椅子から飛び降り、善一の膝元へとやってくる。
「あの、アタシも、ね。い、いつまでも、サムに隠れて、ないで、やってみたいっ。アタシが、出来ること。なんでもいいの。ヨッシー、みたいに、アタシも……」
ちょん、と善一の膝に触れた、エニーの指先四センチ。震えるそれは、エニー最大限の勇気の距離。
「アタシも、
ぐいっと左袖で自らの涙を拭うサムは、エニーが深く息継ぎをするのを横目で見つめた。
「誰かの傷、癒せたら、アタシもいつか、生きてて幸せだって。いいことあった、って。きっと、思えるよね?」
ボロボロと溢れる、大粒の涙。まるで真珠を次々に産み出しているようにも見える、エニーの瞳。美しく儚いガラス細工のように、善一は錯覚した。
「なんて優しいんだ、二人とも」
椅子からそっと降り、床に膝を付いて二人を抱き寄せる善一。
「一緒にやろう、
サムは、善一の肩口から顎を出した。善一の首筋から薫った『お香』の淡さに、胸の奥の方がゾワゾワと容赦なく刺激される。
「ふええー、ヨッシー」
背中をぎゅうと支えてくれる、善一の右手の大きさ、温かさ。こんなに大きな大人になれたなら──サムから、しゃくり上げるほどの涙が流れ出る。
「だから知りたいと思ったことは、遠慮しないでたくさん訊いて。
エニーは、善一の肩口にその目元を押し当てて、細い声で泣いた。
「ふぐ、ふぇん。アリガト、ヨッシー」
鼻を啜る度に、善一の身体中に染み着いた優しい香りがエニーへ入ってくる。それはチクチクと痛く、しかしずっと取り込んでいたくなるような不思議なもので。嗅ぐ度に、エニー自身も、善一と同じようになっていけるのでは、とさえ思えた。
「傷だらけの世界を、傷だらけの僕たちで、少しずつ癒しに行くんだ。そうやって、生きていてよかったと深く感じよう」
サムとエニーを固く抱き締める善一。ようやく二人を抱き留めてあげられたのかもしれない──善一は
「よしよし、いい子達。俺の前では、沢山泣いていいんだ」
自身の行いに賛同し、更には共に
双子の温度に深い安堵を味わい続ける善一は、意を決してひとつを告げた。
「俺はこれからずっと、サムとエニーの家族だからね」
深呼吸の後に、更に囁く。
「大丈夫。俺はずっとずっと、二人と一緒にいるから」
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