section 6

6-1 charity to get smile

 翌日──フランス。



 YOSSY the CLOWNこと柳田善一は、介護施設を保有しているフランス国内のとある病院で、慈善公演チャリティーパフォーマンスを行った。昨晩の会話のとおりサムとエニーも連れて行き、YOSSY the CLOWNの正規パフォーマンスを、入居者や入院患者の邪魔にならない後ろの方で見守らせた。

 観客は、歳を重ねた人々が圧倒的に多い。彼らの認識速度を加味したパフォーマンスを重ねていくYOSSY the CLOWN。サムとエニーの居た児童養護施設で魅せたものとはまた違うそれは、前衛的なものというよりも、彼らが『懐かしんで』くれるようなものばかり。そしてそれらが、子ども向けだの大人向けだのという次元ではないことを、サムは観覧しながら深く理解した。


「大事なのはいつだって、見てくれた人がどんな反応をしてくれるか、なんだよ」


 YOSSY the CLOWNとして舞台に上がる直前に、サムとエニーへ向けた言葉。それを、観覧を終えてようやく理解する二人。

「エニー、あのね。ずっと考えてたことがあるんだ」

 拍手を向けられたり感謝の想いを贈られているYOSSY the CLOWNをまっすぐに眺めるサムが、小さく小さく口を開いた。

「ボクね、ボクたちに酷いことした大人たちに、いつか仕返ししてやろうって思ってたんだ。けど──」

 公演を終えたYOSSY the CLOWNは、一人一人へ丁寧に挨拶に廻っている。晴れやかな笑顔。薄い灰青ウェッジウッドブルー色レンズの奥は、幸せそうに弧を描いている。

「──ちょっと違うのかもって、今、思ってきてる」

「『違う』、『のかも』?」

「あんな風に、たくさんの笑顔を向けられるのって、どんな気持ちになるんだろう、って。身をもって、すごく知りたくなってる」

「サム……」

 兄の横顔に、強くその右手を握るエニー。

「まだ三日しか経ってないけど、ヨッシーはずっと笑っててくれるよね。ボクたちに」

「うん」

「ヨッシーは心の底から、笑ってくれてるよね」

「うん」

「いつもボクたちを、対等に扱ってくれるよね」

「うん」

「昨日だって、エニーが困ってたらちゃんと飛んで来てくれたよね」

「……うん」

 サムがチラ、とエニーと目を合わせる。

「ボクたち、『ちゃんと』ヨッシーに笑って何かをしてあげたっけ」

 問いに、今度はエニーがYOSSY the CLOWNを遠く眺め向く。

「アタシたち、にも、何かできる……のかな」

 ひとりごちたエニー。

 視界が潤むのは、YOSSY the CLOWNのパフォーマンスに胸を打たれたからだろうか。それとも、あの溢れんばかりの賛辞を一身に受ける姿があまりにも輝かしく、羨ましく、物思いに耽ってしまったからだろうか。


 固く手を繋ぐサムとエニー。

 幼い双子がその深い灰緑の瞳で見た想いは──。



        ♧



「どうしたの、妙に静かだけど」

 YOSSY the CLOWNの声色とはわずかに違う、私的プライベートな彼──柳田善一として、サムとエニーへそうして訊ねる。右手に握った箸をそのままに、瞼を伏せがちにした二人が気になった。

「もしかして、ムニエル生焼けだった? それとも骨が取りきれてなかったとか?」

 夕食の白身魚のムニエルは、善一の手製。まぶした香草はクセのない程度にふわりと薫り、外はカリッと、中は柔らかくほろほろとほぐれる。生焼けの箇所など無いし、骨が残っているわけもないことは、善一本人が一番わかっている。それでもわざと、そうして切り口を探る。

 その思惑に敢えて乗っかるように、サムが「あのさ」と右手に握られたフォークを置いた。

「ヨッシーに、お願いがあるんだ」

「お願い? もしかして、これから毎日一緒に寝るとかっ?」

「……なんでそんなに嬉しそうなの」

「だって。昨日は俺も安心して良く眠れたから」

 爽やかすぎる善一の笑顔に、サムはカアッと頬を染めた。

「そっ、それはまた、後でにするとして。と、とにかく」

 生唾を呑むサム。しっかりと目を上げ、真正面から善一を臨む。エニーもその左隣で、フォークとナイフを静かに皿の端へと置いた。

「訊きたいことがあるんだけど、訊いても、いい?」


 サムとエニーのまなざしは、やはり未だ刺すように鋭い。基本的に、大人への猜疑心さいぎしんや不安感が、相当根深いためだ。

 二、三日で懐柔できるなどと想定していたわけではなかった善一は、なるべくそのまなざしと正面から向き合い続けている。身近な大人が付きっきりで、自分たちすら信じられなくなりつつある幼い子らへしてやれること──それは、『常に真面目に向き合うこと』と『笑顔を向け続けること』だと考えているためだ。


「もちろん。なんでもどうぞ。遠慮しないで。嘘はつかない、絶対にね」

 にんまり、と笑みが漏れる善一。その笑みに、「自分の意見を言ってもいい」と心からの了承を得たと理解した、サムとエニー。


 今まで、意見を待たれたことなどなかった二人。ましてや笑顔で、それも簡単に了承の言葉が返ってくるなんて。わずかな戸惑いと、探るようなまなざしが、善一へ向けられる。

 それらを受け止めんとして、善一は、大きく両腕を広げてじっと待つような姿勢で居続ける。それは『父親として』だとか『大人として』ではない。『いち個人と真面目に向き合うため』のこと。


 サムは、それでも恐る恐る口を開く。

「今日の公演観てて、思ったんだ。ヨッシーはやっぱりスゴいって」

「本当に? 嬉しいよ、ありがとう」

「でもヨッシーはどうして、何のために、フランスまで来て道化師クラウンなんかやってんの?」

 意外な質問に、善一は「おぉ」と驚嘆を漏らした。「どうして」「何のために」ときたか──善一はわずかにYOSSY the CLOWNの表情を混ぜ、思考を器用に切り替えていく。

「日本で貧乏だったわけでも、他に仕事が全然なかったわけでもないんだろ?」

「アタシも、そう、思うよ。ヨッシー、気も回るし、優しいし、あと……カッコいいから、モデルとか役者アクターだって、きっと良かった、はず」

「カッコいいか、フフ、ありがとう。褒められてばっかだな」

 右手に握ったの箸を静かに置き、YOSSY the CLOWNとしてサムとエニーへ優しく目尻を下げた。

「じゃあ、その大きな質問に答えるために、ちょっとだけ昔のお話から始めようかな」

 わずかな音を立てて、薄い灰青ウェッジウッドブルー色レンズのサングラスの位置を直す。

「これは、キミたちの今後にも関係が出てくる話だから、ちゃんと覚えておいてね」


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