4-4 call with nickname

 飛行機内──ヨーロッパ上空。



「あっ!」

 突如、頭の中に降って下りたアイディアが目の前でチカチカとして、YOSSY the CLOWNこと柳田善一は、三度四度とまばたきを重ねた。

「なっ、何?」

「どうか、したの?」

 窓際からエノーラ、サミュエルと並び座っているエコノミーシート。口をポカンと開け固まった通路側の柳田善一へ、ハテナを無数に向けた。

「思いついちゃった……」

「え? 日本語じゃわかんないよ」

「あ、ごめん、うっかり、思わず」

 照れたように、柳田善一は口元を覆った。改めて、左に並び座る双子を見つめる。

「まずサミュエル、キミの愛称なんだけど」

「は? あ、愛称?」

「そう。『サム』はどう?」

「サ、ム」

 まぁそうなるよな、と一応の納得をするサミュエル。

「エノーラ。キミは……」

「は、はい」

「やっぱり、『エニー』かな」

「えっ、エニー?」

「アハ、安直すぎかな?」

 耳を染め、後頭部を掻く柳田善一。

 some 少しany少し──意味の同じ、しかし大きく異なる英単語から連想させて、二人の呼び名にと提案した。

「あ、アタシ『エニー』、気に入った。うんっ」

 強く肯定したエノーラ改め、エニー。もっちりした頬をきゅんと上げて、彼女なりの精一杯で笑んでみせる。

「ボクもっ、気に入ったっ」

 サミュエル改め、サムもそうして強く肯定する。それだけの反応が返ってくることは、正直なところ、柳田善一の予想の範疇はんちゅうを超えていた。

「それに、さ。サムの方が、言いやすい、よね?」

 サムは目線をあちらこちらへやりつつ、言葉を躊躇ためらいはじめる。

「ヨ……その、『ヨッシー』が」

「おおっ! ようやく呼んでくれたね!」

「だって、呼び馴れなくちゃだし」

「ていうか、俺のこと考えてくれたんだね。ありがとう、サム」

「べっ、別に! ジャ、ジャパニーズ日本人って、イングリッシュ英語の発音、ヘタクソだって聞いたことあるからっ、言いやすい方が、いいかと思ったんだっ」

「俺、海外歴長いんだけど、まだヘタかな?」

「あっいや、だからっ、よ、ヨッシーがヘタクソだなんて、言ってないだろ!」

「サミュ──じゃないや、サムね、照れてるんだよ、ヨッシー」

「うっ。やめろよエノーラっ」

「違うもん。『エニー』だもん」

「うぐっ」

「ぶっ! あっははは、ヤバいかわいいこの二人!」

「あっまた!」

 サムがビッと指を指す。

「なぁ、その『たまに混ざるヨッシーの日本語』がわかんないってのムカつくから、早めに日本語教えて」

 思わぬ依頼に、柳田善一は薄い灰青ウェッジウッドブルー色レンズの奥の白銀の瞳を見開く。

「ボク、ヨッシーの一言一句をわかりたいんだ。不意に出た一言も逃さないで知りたい」

「それ、アタシも」

「ごめんごめん。そうか、なるほど」

 顎を引き、柳田善一はサングラスの位置を正す。

「その気持ち、スゴく嬉しいよ。ありがとう」

 柳田善一が照れ困ったように肩を竦めると、サムとエニーは顔を見合わせて、安堵の溜め息をひとつ。

「フランス着いたら、明日から早速勉強する?」

 嬉しそうな首肯がふたつ返ってくる。 

「六か月以内に読みも書きもマスターしてやるんだ」

「もう少し、ゆっくりやろうよ、サム」

「だあって! わからないってムカつくじゃん」

「でも、焦ってやっても、身にならない。落ち着いてやるから、サムは頭に入る。でしょ?」

 「まぁね」と、口を尖らせるサム。片や「そうなんだ」と、有益な情報を得た柳田善一。

「もう今日は移動で終わりになりそうだから、どのみち落ち着いたらにしようね」

「わかった」

「今日、夕飯ディナー、食べられる、かな」

「フフ、大丈夫。近所にいい店があるから、そこに行こう」

「外食なんて久し振りだよ」

「うん。施設じゃ、あり得なかったから、ね」

 外食すらも、特別になる二人。何の気なしに提案した柳田善一は、頬を染める二人へ複雑な想いを抱く。

「ねぇヨッシー。日本語って、世界的にも、難しい言語、だったよね?」

「お。エニー、よく知ってるね」

「なら尚更さっさと習得したいっ。難しいとか、そんなの自分でやってみないとわかんないじゃん」

「いい志だね。さすがだ」

「大体、日本人の子どもは、読み書きも喋りも当たり前にできるんだろ? ボクらが習得できないわけがないよ」

 鼻息荒く、サムは腕組みをしてみせた。

「ヨッシー。日本には、いつか、その……行けたりするの?」

 ドキリ、と、エニーの問いに胸の内が疼く柳田善一。

「そうか。現地に行って吸収するのが一番学びになるよねっ」

 意見を出し合い、頷き合う双子。

 貼った笑顔がぎこちなくなる柳田善一。

「んー。ちょっとまだ未定、かな」

「そっか、残念」

 不自然さは、幸い二人には伝わらなかったようだが、『OliccoDEoliccO®️』の薄い灰青ウェッジウッドブルー色レンズの位置を直すことで更に隠した。

「あとね。日本語の勉強も、いいけど、アタシ、ヨッシーがお仕事、してるところも、見たいの」

 エニーの真剣なまなざし。それは、「連れていって」と懇願したときのまなざしと同じだった。

「ヨッシーがどうやって、世界を素敵に、変えるのか。それを通して、この世界で、アタシたちにも、何かできること、あるのか。いろいろ、見つけてみたいの」

「うんうん、ボクも賛成」

 二人の瞳が物語るは、YOSSY the CLOWNが作り出す輝かしい世界への期待感、高揚感、そして無限の可能性。ドキリと疼いた胸の内が、たったそれだけでわずかなりとも癒える。

 エニーがまなざしをキラキラと訊ねる。

「次のステージは、どこで?」

「拠点にしてるフランスでだよ」

「いつ?」

「三日後に病院でと、三週間後にお呼ばれでステージがあるよ」

 柳田善一はニタリと笑んで、二人へ顔を近付ける。

「合間に飛び込みゲリラでストリートパフォーマンスも予定してるんだ。どこでやるかは、そのとき次第さ」

 ほわあ、と頬を赤らめる双子。やがて見つめ合い、サムが敢えて挑発的に、ニタリと笑んだ。

「これからたくさん、本気のヨッシーを見せてよね。ボクたちに」

「ずっと、だからね」

 出逢って、まだ二四時間程度しか経っていない三人。それなのに、既にこうして期待をかけ合う繋がりが、細く絡み始めている。

「ふむ、では──」

 小さな咳払いを挟む、柳田善一。YOSSY the CLOWNの仮面をかけて、二人へ向き直る。

「──これから、幸福と希望に満ちた笑顔で、素敵な世界を沢山作りに行こう」

 YOSSY the CLOWNがそう言うだけで、本当に成し得られるのではないかと思えてくる。サムとエニーは仄かにそう胸に思い、サングラスで隠された白銀の瞳の奥へ、優しく笑みを向けた。


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