2-7 change minus to

 柳田良二は、すっかり小さくなってしまった服部若菜を目の前に、眼球をくるりとひと回し。ガシガシと頭を掻き、彼なりに優しい声色で話を始める。

「俺はな、ちょろっと見たらさっさとアイツに突っ返してやろうと思ってたんだよ。テメーを」

「…………」

 今度は服部若菜がピクリとも動かない。柳田良二は『所』の窓を向いた。

「テメーがどんなレベルであろうと、『俺が認めた』ってことにしちまえば、アイツはなんも言えねぇからな。憂さ晴らしにもなるし」

「憂さ、晴らし……」

「だがな、やっぱ俺はマジックで嘘評価は出来ねぇって思った。マジックだけは、ずぅーっとどんな状況下だろうと、大事にしてきたモンだからな」

 そろりそろり、俯けていた顔を上げる服部若菜。そうして目に入った彼の横顔に、ヒュンと息を呑む。


 うれうような、馳せるような。何かの想いをそっと眺める柳田良二のその横顔。

 彼にとってマジックという芸事は、人生における要のような事柄なのかもしれない──そんな風にまるく想った服部若菜は、チクチクと胸の奥が軋んだ。


 口や態度、目つきに人相がどんなに悪くたって、彼には彼の大事にしてきたマジックとの関係がある。それはきっと、優しく無垢で、愛に充ちているものなのかもしれない。

 そこに土足で踏み込んだのは自分なのだ、と服部若菜はさとる。


「あの──」「仮に」

 声が重なった。服部若菜は反射的に口を閉ざす。服部若菜が身を引いたことには気が付かなかったようで、柳田良二はそのままつらつらと言葉を並べる。

「ドヘタクソな今のテメーを、アイツに突っ返したとしたら」

「ぬぁっ……」

「『俺様のレベルが昔より低くなった』と、アイツに評価されんのかと思うだけでもさぞムカつくが。それよりも、俺様がマジックをバカにしてるとアイツに思われんのが、一っ番嫌だと思った」

「要するに、YOSSYさんにナメられたくないんですね、アナタは」

 低くツッコむ服部若菜。目線だけを服部若菜へ戻し、柳田良二は眉間に込めた力を緩めた。

「まーな。それに、今アイツに突っ返したとしても、またアイツも俺に突っ返してくるだろ。ババ抜き合ってるだけの堂々巡りが始まるなと思ったからな。それは止めることにした」

 酷い言われ方だな、と服部若菜は目頭を細める。

「つまりだ」

 半開きの目をわずかにこじ開けて、服部若菜にきちんと向き直り、再びぐっと前傾姿勢をとる柳田良二。

「テメーのマジックは、この俺様が直々にマシにしてやる」

 服部若菜は真一文字に結んだ口をぽっかり開け、「えっ」と結構なボリュームでひと叫び。

「ホントに?!」

「ただし条件がある」

 呆れたように、再びソファに背中をボスンと預ける。針金のような細長い足を、高く組む柳田良二。

「まずテメーには、せめてこれくらいやれるようになってもらうからな」

 おもむろに胸元からマッチを取り出した柳田良二。なんの躊躇いもなく、その一本をジャッと擦り点火。そして、燃えている方を下向きにし、右手に持つ。

 『下向きに持っている』ということはつまり、『火がマッチのにどんどん上ってきている』ということであって。

「ちょっ、その持ち方じゃ危な──」「ほれ」

 服部若菜の震えた声を遮るように、柳田良二はその火の点いたマッチを彼女へと放った。

「ぅぎゃあああーっ?!」

 服部若菜は、向かってきた火をサッとかわして立ち上がり、ソファの座面を食い入るように見つめた。

「おん?」

 しかし予想に反し、ソファは無傷。そしてなぜか、放られたはずのマッチは見当たらず。

 代わりにそこには、花が一輪落ちていた。

「カー、ネー、ション」

 拾い上げたそれは、八分咲きの真っ赤なカーネーションだった。まるで「頭だけ切っちゃった」というような長さは、マッチの長さと大差ない。

「ま、こんなもんだろ」

 「やれやれ」とでも言うように、フラリそっぽを向く柳田良二。徐々に驚きと感動が押し寄せた服部若菜は、目を真ん丸に声を裏返した。

「ままままマッチが、は、花にっ! 花になりましたよ?!」

「るせぇ、そーゆーマジックだ」

「スゴイっ! スゴイです! 私にも教えて!」

「それだ。テメーの考えは、まずそこが間違ってる」

 ビシ、と人指し指を突きつける柳田良二。ついでに半開きのわりに、その眼光も鋭い。「うっ」と服部若菜が詰まると、柳田良二はグウンと立ち上がった。

「いいか。芸は教わるもんじゃあねぇ、盗むもんだ」

「盗む、もの」

 「どっかで聞いたな」と服部若菜は二度のまばたき。柳田良二は腕を組み、ふんぞり返って強く言い放つ。

「俺は絶っっ対に『教えない』。が、これからはマジックをちょいちょい『やってやる』。だからテメーは、そこから逐一盗みとれ。いいな」

「『これからは』って。もしかして、弟子にしてくれるの?!」

「ち、が、う」

 服部若菜がキラキラした瞳で見てきたので、柳田良二はそうして区切りながら、重たく否定した。

「俺はあくまでも探偵だ。テメーには明日から、俺様の秘書としてここで働いてもらう」

「ひしょお?」

 マヌケな声を上げた服部若菜。柳田良二の睨みは続いている。

「無職のテメーは、嫌とは言えねぇはずだぞ」

「いやまぁ、そうですけど。秘書、秘書って……」

「仕事内容はここの片付け、掃除、電話番、買い出し、ゴミ出し、お茶汲み」

「げ、意外とやること多い」

「守秘義務も付くからな。ベラベラ余計なことくっちゃべったら追い出すし芸事関係から追放してやる」

「ええー? ホントにそんな力あるんですかぁー?」

「あーったく、働くのか働かねぇのか!」

「は、働きます働きます! いえ、働かせてください!」

 柳田良二は「おし」と、がくんと頷いた。

「あくまでも『しゃーなし』だからな。マジックがある程度出来るようになったら、テメーはアイツに突っ返してやる材料になんだかんな」

「言い方はともあれ、上等ですよ。やってやんよ!」

「あとそれな」

 再び人指し指を向けられる服部若菜。頭上にハテナがポコポコと浮かぶ。

「ここにいる間は終始敬語で喋れ、絶対だ。そんで、俺様の事は『さん』付けで呼べ」

「って、り、『良二さん』?」

「バッカ『柳田さん』だろっ、恋人か!」

「あーびっくりした……じゃなくて、びっくり『しました』」

「よし、それくらいなら許してやらなくもない」

 服部若菜はボスンとソファに腰を沈め、フゥと肩を落とした。

「あの、じゃあ早速、柳田さん」

「あ?」

「ひとつお訊ねしたいことがあるんですけど」

 突然しおらしくした服部若菜へ、柳田良二は警戒心をあらわにし、ジト目を向けた。


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