第一幕 HOPE
section 1
1-1 CLOWN meets SEAMSTRESS
日本──
市民文化会館とはいえ、なかなかに大規模なコンサートなども催されるそこの大ホールは、その日から三日間に渡って満員御礼が約束されていた。
「『
ひとりごち、スゥ、と鼻からひとつ吸い込み、フゥー、と長めに口から吐き出す。それを五回繰り返した
本人的にもそれなりに気にしているつり目は、目尻にかけて鋭くキレがある。
眉と目の間が狭いがため、悪人顔だと言われることはしばしば。その都度「二一才乙女になんたる」と返そうにも、残念ながら乙女らしい所業はこれまでの人生で行っていない。
気合いを入れて着てきた真新しいライトベージュ色スーツは、万年金欠の彼女が奥歯をギリギリとさせながら買った、安値に安値を重ね貼りしたもの。
服部若菜は、鋭くしたその目つきで「ええい、なるようになれ」と覚悟を決めた。
コンコンコン。
目の前のその楽屋扉を、ハッキリと三回ノック。「二回はトイレの確認だから失礼にあたる」と、半月前に兄弟子から最後に教わった事柄。
「ふわぁーい」
扉の向こうから、そんなマヌケな声がした。服部若菜は、鋭くした目尻をそのままに声を張る。
「初めましてっ! ご挨拶に伺いました、服部と申しますっ」
裏返りそうな緊張の声色で言い切れば、コツコツコツとテンポよく扉へ近付いてくる足音がひとつ。
じとり
キュッと真一文字に結び直す口。
じわじわと気になりだした喉の乾きに、「そこの水飲み機械で水をたらふく飲んどけばよかった」と、遅すぎる後悔が頭を掠って消える。
「お入りください」
案外静かに引き開けられた楽屋扉は、一七五センチほどの、短髪黒スーツ黒色レンズサングラスを装備した
知らぬ間に左足を一歩後ろへ下げ、『
「しぃっ、失礼しまっす」
そうしてぎこちなく五歩進んだところで、透明度の高い声が
「やあ
服部若菜は瞬きを三度重ね、息を呑む。背筋が伸びる。ピキンとした緊張感が、まま平たい彼女の胸に刺さる。
「初めまして。僕が『あの』『世界的に有名な』YOSSY the CLOWNです」
楽屋の合成皮革の簡素なソファに一人、なんとも優雅に座している彼──YOSSY the CLOWN。肘掛けに左肘をつき、細長い右脚を高く組んでニコニコと笑んでいる。
本物のYOSSY the CLOWNが、半径数メートルの範囲に居るだなんて──服部若菜は脳内でゴングをカーンと甲高く鳴らし、YOSSY the CLOWNへ声を向ける。
「わ、私っ──」「失礼」
自己紹介をと用意した言葉を無情にも遮ったのは、
「ぎゃっ! お、おいやめろっ! 何してんだ、一応女だぞ私はっ」
その触れ方は、ボディーチェックによるものだった。それにハタと気が付くなり、服部若菜は眉間にシワを寄せたまま頬をボンと染め、「仕方ないな」とムンムンと我慢するに留まる。身体を触られた経験などない服部若菜は、その所業にすら慌てふためいた。
どうにか三〇秒間耐えれば、
「問題ありません。手荷物もお持ちではありませんし」
「うん、
YOSSY the CLOWNは更にニッコリと口角を上げ、高く組んでいた足を地面に下ろした。次いで、とても軽い身のこなしでソファから立ち上がる。
「えーとそれで、
スラリと縦に長い八頭身の身丈。
小さく端正な顔面と、わずかに焼けた健康的な肌。
身に
「わあっ、私、服部若菜と申します!」
そんなYOSSY the CLOWNの洗練された空気に呑まれまいとし、服部若菜は声を張り上げた。眉間にシワを寄せ、頬を紅潮させて、カラカラの喉から声を絞り出す。
「YOSSYさんに憧れて、芸の道を志しておりますですっ」
「
「これまでお笑い養成所に入ったり、いろんな落語家のお師匠の
YOSSY the CLOWNをじっと見て──正確には『その目つきの悪さによって睨むように』という形容詞の付く見つめ方をして、服部若菜は思いの丈をぶつけていく。
「かつての私の師匠が、今日のYOSSYさんと同じ舞台に出演するという情報を耳にしたもんで、私もYOSSYさんに会えるチャンスだと思い、参上した次第です! もう、師匠とは師弟ではないですけど、その……ギリギリいいかなぁ、っていう」
そっとスーツパンツのポケットに両手を差し込み、小さく鼻でふぅんと相槌を挟んだYOSSY the CLOWN。服部若菜は喉の奥で声を整えた。
「『レーヴ・サーカス』でのデビュー間もない頃からのYOSSYさんに、ずっと憧れてました。あなたのようになりたくて、芸の道に身を投じようと決めたんです。どうか、私をYOSSYさんの弟子にしてください!」
そうして服部若菜は、「ガバッ」という効果音を添えて、
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