お前もズッ友にしてやろうか!


本当に俺の休日に猫カフェをぶち込んできやがった。

何でも、俺は霧崎の友達枠として強制参加することになったらしい。

そんな枠は別に欲しくもないし、ぶっちゃけいらない。


俺を巻き込んだ八坂悠斗。

その界隈だと「自分が言ったことは必ず実行する人」として、有名らしい。


ゲームで例えるなら、完全クリアするまで生放送するといった企画をやっているらしい。有言実行は確かに大事だとは思うが、そこまでする必要はあるのだろうか。


何より、猫カフェというチョイスもまた謎だ。

動画撮影とはいえ、初対面の一般人を連れていく場所ではないだろう。


そして、後から聞いた話だと、八坂さんは猫アレルギーを持っていたようだ。

病院から渡されていた薬を飲んだ上で、あの場所にいたらしい。

ただの自殺行為じゃねえか。よく行こうと思ったな、あの人も。


それ以前に例のアイツこと俺を召喚しろと、霧崎にうるさく言っていたらしい。


あの一件以来、さすがに罪の意識も生まれたようで、どうにかして俺の話題を避けていたようだ。八坂さんをうまいことはぐらかし、適当にごまかし続けていた。


しかし、それもついに限界を迎えたようだ。

それで、アイツの携帯で俺に電話をかけるという蛮行に走ったのか。

有言実行という言葉を生み出した人を本気で呪った瞬間だった。


当日はカフェ近くの駅前で集合することになっていた。

さて、電話だけのイメージだと軽そうなチャラ男といった風だった。

果たして、どうだろうか。


集合時間より少し早めに二人は駅に来た。


霧崎の隣にいる金髪が八坂さんか。

電話のイメージの通り、軽そうな人ではある。

色が落ちているからか、頭頂部は黒くなり始めている。


しかし、ずいぶんと小柄だな。

俺のイメージを一回り小さくした感じか。


「電話以来だね。改めまして、八坂悠斗っていいます!

いつも霧崎がお世話になってます」


「いえいえ、そんなことはありませんよ。

こちらこそ、霧崎がご迷惑をおかけしていませんか?」


「あの、何の会話ですか。これ」


「は? お前がふざけたことしてないか心配なんだよ。

この前のこともあるし」


「あー……あれから、だいぶ気をつけてはいるんだけどな」


霧崎の視線は泳いでいる。

また何か変なことを裏で言っているのだろうか。


「友達からはあんまり信頼されてないみたいだねえ。

それじゃ、今日はよろしくね」


八坂さんは笑いながら、撮影の準備を始める。

リュックから黒い棒を取り出す。

釣り竿のように伸ばし、その先にカメラを取り付ける。


自撮り棒という奴だろうか。

スマホではなく、カメラも取り付けられるのか。

写真に縁がないので、いまいちよく分からない。


「あれ、またカメラ替えたんですか?」


霧崎もしゃがんでカメラを見ると、ニヤリと笑った。


「最新モデルが出たからね、思い切って買っちゃった」


「うっわー……いいなあ。てか、前の奴はどうしたんです?」


「ダイビング中にさー、岩の隙間に落としちゃったんだよ。

結構深いところだったし、取りに行けなかったんだ。

惜しい物を失くしちゃったよ、俺は」


「そりゃまた、大変でしたね」


「データは無事だったんだけどねえ。もう最悪だった~」


ヤバい、話についていけない。

てか、ダイビングやるのって免許が必要なんじゃなかったっけ。


カナヅチの俺には本当に縁がない世界だ。

うらやましいにも程がある。


「せんせー、話題についていけていない人がいまーす」


彼は準備をしながら、話に置いて行かれている俺を茶化す。

霧崎が立ち上がる。


「この人、ダイバーの免許持ってんだよ。

で、海とかによく行ってるんだけど」


「海の中にカメラを落としたってのは、理解できたぞ」


「まあ、言いたいことはそこじゃないんだろうけど。カナヅチなのは俺も一緒だ。

とにかく、落ち着こう、な? 内なる殺意がむき出しになってるから」


正面に立って俺の両肩を掴む。

自分でも気づかないうちに、怖い表情をしていたようだ。


「車の免許より簡単だと思うよ~。講習もそんなに時間かからないし」


「すぐにそういうことを言う……泳げる奴にカナヅチの気持ちが分からんのですよ。

もう会話に置いてかれんのは、しょうがないことじゃん。な?」


霧崎は俺を諭すように言う。


「何言われても気にするな、文句なら後で全部聞く。

あの人はマジでどうしようもない人なんだ」


俺にこっそりと耳打ちをする。コイツにそこまで言わせるのか。

そうだとしたら、無視するのが一番なのかもしれない。


「分かった。なるべく、平常心でいるようにする」


「いざとなったら、俺も止めに入るから。

で、準備終わりました?」


俺の肩を叩いて、八坂さんの元に戻る。

切り替えだけは本当に早い。


画面に映らないように、カメラの反対方向に立っていればいいらしい。

適当に二人で挨拶をした後、カフェに入っていった。


カフェと言っても、入り口とカフェ内部は完全に壁で仕切られていた。

窓越しから猫が数匹、室内をうろうろしているのが見える。

猫が飛び出さないように、扉は小さく開閉するように注意を受けた。


荷物を預け、簡単な説明を受ける。写真はフラッシュをたかなければオッケー。

猫を追いかけまわしたり、無理やり抱っこしたりしなければ、店内で自由に過ごしていいらしい。


どう行動するかは猫次第といったところか。

おもちゃの貸し出しもあり、適当にいくつか借りてみる。


左右に動かすと、猫の視線も同じように動く。

猫じゃらしに飛びつき、走り回る。

それだけで十分なのに、一匹が俺の膝の上で眠り始める。


あれ、実は天国なんじゃないか、ここは。

そう思った瞬間、八坂さんは吹き出し、笑いをこらえていた。

霧崎は足から崩れ落ちていた。


馬鹿なのかな、この二人は。

結局、最後まで霧崎の元に猫は来ず、八坂さんは笑いをこらえていた。

俺はのんびりとコーヒーと猫を楽しんでいた。


うん、暇なときにでも俺一人で来よう。

というか、出禁食らわなくて本当によかった。

あれだけ動きがうるさかったのに、文句を言われなかった。


「そうだ、クリスマスのアレって本当に仕込みだったのかな?」


帰宅中の電車の中で八坂さんは俺たちを見て、聞いた。


「どう思います?」


「お前は事務所に内緒で考えてたって言ってたけどさ。

今日会ってみて、確信持てたわ。

永瀬君、マジでただの一般人でしょ?」


八坂さんは片目をつむって、俺を見る。


「そうですよ。俺はただの会社員です」


俺は肩をすくめ、道化のように両手を広げた。


「ってことは、マジでただの乱入者だったわけだ」


「コイツとはマジでただの友達ですよ。

あの時は同僚が見てたのを横から聞いていただけですし」


「それで突撃かました感じ? 勇気あるねえ」


その場の怒りに任せたゆえの、行動だった。

後先なんて何も考えていなかった。


もう少し冷静になればよかったかとも思うけど、後悔はしていない。

あそこで止めておかないと、何を言い出していたか分かりゃしない。


「霧崎も狙ってたわけじゃないんだよね?」


「ていうか、仕事中だし聞いてないだろと思ってたんで。

ガチで殴り込んできたもんで、かなりビビりました」


「友達の秘密をバラすからだな」


「盗撮写真を売り捌く奴も大概だろ」


八坂さんは大声で笑い飛ばす。

今まで静かにして撮影していたからか、声が大きく聞こえる。


「2人揃って度がつくほどの最低クズ野郎だね。

ま、だからこそズッ友でいられたんだろうけどさ」


「そういうもんですかねえ」


「せっかく悪ノリに付き合ってくれたんだから、大事にしないと。

そのうち、後ろから刺されるかもしれんよ?」


「俺はホウキで刺されました」


「キンチョールを首元に突きつけられました」


霧崎はわき腹を、俺は首を指さした。


「物騒極まりないね、君ら」


「掃除の時間にふざけてただけですけどね」


「いいじゃん、そういうのも楽しそうでさ。

ていうか、永瀬君さあ、マジでうちに来ない?

コイツのストッパーとしてかなり優秀だし、すごく受けると思うんだよねえ」


「本当にすみません、俺はそういうのに興味ないんで」


「そっかー。ま、気が向いたらいつでも言ってね」


その後は特に会話らしい会話もなく、二人と分かれた。

ストッパーが必要なのはアンタの方だろうと、俺は秘かに思ったのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る