へんじがない。ただのしかばねのようだ。
約束通り、呑み会の日に合わせてアイツの家に来た。
休日に強制的に猫カフェ連れていく代わりに、呑み会を欠席する口実を作る約束をしていた。今思えば、この約束自体が割に合わないと思う。
貴重な休日をどうでもいい連中のために、1日潰されてしまうのだ。
俺だったら断っているかもしれない。
最も、呑まない奴にとって、呑み会はそれだけで苦しい空間なのかもしれないけど。
もっと無茶を振ってくれても構わないんだけどな。
結構ひどいことやっちゃったわけだし。
部屋のインターホンが鳴る。時計を見ると19時半を過ぎた頃だった。
仕事をどうにか切り抜けて、帰って来たらしい。
さて、その永瀬花梨は家に帰ってきた瞬間、俺の顔も見ずにベッドにダイブした。
そのまま目を閉じ、眠ってしまった。
「え、嘘でしょ……?」
その姿に何も言えなかった。
帰ってきた瞬間に長たらしい愚痴が始まるとか、俺に八つ当たりしてくるとか、そういうのを想像していたんだけど。
いきなり怒鳴り散らされてもおかしくないだろうと、無駄に緊張していた。
顔の前で手を振っても、何も反応がない。ただのしかばねのようだ。
「マジかよ」
帰って早々、家主が寝てしまった。ていうか、俺の存在を認識できたのか?
あの感じだと、俺に気づいてない可能性もある。
俺が帰ってきたら、お前も帰っていいとは言ってたけど。
これは予想外というか、なんというか。
さて、どうしたものだろうか。
さすがに無視することはできない。
かといって、起こすのもかわいそうだし。
カバンの中にあるカードゲームを見る。
単に愚痴を聞いてもおもしろくないと思って、いろいろ持ってきたんだけどな。
「もったいねー」
ひとり呟く。まあ、起きたら誘ってみるか。
精神的に少しは落ち着いているだろうし。
いや、逆ギレするパターンもあるか。
その時になってみないと、こればかりは分からないか。
自然に目が覚めるまで、放置することにした。
さて、改めて、部屋を見回す。
ごみ屋敷とまではいかないものの、部屋の管理はうまくできていないようだ。
片付ける時間とかもないんだろうなあ。
一度気になり始めると、どうしても気になってしまうのが人間というものである。
各曜日に出せるくらいには、まとめておいてやるか。
そう思いながら、そこらへんに散らばっているごみをまとめ始めた。
「何やってんの」
ようやく目が覚めたらしい。
部屋のごみをまとめ終え、まとめて玄関に置いた。
その後はずっとソリティアをやっていた。
パソコンの中に入っているゲームの一つで有名なアレだ。
あのゲームを持ってきたトランプでやっていた。
アナログでやると、なかなか難しいものがある。
「……帰っていいって言っただろ」
「ベッドに寝転がるような奴を見捨てるほど、人間やめてないってことだ」
「……」
「また寝たのかよ」
どうしようもねえな、こいつ。
しかし、結構いい時間ではあるんだよなあ。
「ほら、起きろって。もう9時過ぎてんだよ」
「もうそんな時間か。せめて、服だけでも着替えてくるか」
あくびを噛み殺しながら、着替えをとりに部屋を一旦出た。
すぐに戻ってきた。
「……お前さ、俺が寝てる間に何してた?」
「最低限の片づけのみでーす。ゴミためすぎ汚すぎ」
こればかりは怒られてもしょうがないか。
人の部屋を勝手に荒らすんじゃないとか、言われてもおかしくない。
だったら、部屋の片づけくらい自分でしろや。
「ひとのちからってすげー」
何でそうなる。というか、目を輝かせながら俺を見るな。
救世主が現れた、みたいな表情されても困るんだけど。
「今度から出動する度に高級アイス1個おごるけど」
「出動料金安いな」
「じゃあ何だったらいいんだよ」
「そもそも自分で管理してくれ。俺を使うな」
「ごめん、それは無理。
というか、その荷物は何だ」
「愚痴でも聞いてやろうかと思って、ついでに持ってきた」
「修学旅行に来た高校生かよ」
その表現は実に的を射ている。
そこまで浮かれてもいないが、朝まで話を聞いてやるつもりでいたのは確かだ。
「ごめん。今日の俺はマジで無理。眠い」
「さいですか」
「つーわけで、寝る。おやすみ。次も頼むわ」
そう言って、またベッドの上で寝転がる。
「次……?」
何だか不気味な言葉だ。嫌な予感がする。
部屋の電気を消し、俺は帰宅した。
その予感は的中した。
数週間後に行われた呑み会も、奴は俺を召喚して欠席したのだった。
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