レベル2の何かが8体・・・来るぞ霧崎!
「来ねえよ永瀬!」
霧崎は猫じゃらしを片手に、頭を抱える。
周辺にいる客は引いており、猫に至っては近づこうとすらしない。
窓辺をうろうろしたり、吊るされた足場を渡っていたり、自由に過ごしている。
猫をのんびりと観察するだけでも、十分おもしろいな。
あれだけ人気が出るのも分かる気がした。
「霧崎君のとこに一匹も来ないのマジ笑えんだけど。
ねえねえ、いつから害獣になったの?
絶滅危惧種なのにそんなんでいいの?」
八坂さんはスマホ片手に、静かに笑っている。
肩を震わせているあたり、声を出さないようにしているのが伝わってくる。
その場でうずくまる霧崎をカメラで撮っているらしい。
こいつらは黙るという単語を知らないようだ。
同じ連中だと思われたくないので、俺は他人のふりをする。
「俺の何が悪いんだ……?」
日頃の行いだと思う。
それ以外に何があるというんだ。
「俺はこんなところで何をしているんだろうな……」
貴重な休日のはずなのに、何で友人が頭を抱えているところを見なければならないのだろうか。
滅多にない休日のはずなのに、何で友人の上司が高笑いしてるところを見なければならないのだろうか。
というか、どうせ来るならもっと別な奴を誘えばいいのに。
野郎三人で来るような場所じゃないだろ。
俺は頼んだコーヒーを飲む。
友人の騒ぎを見ている間に、少し冷めてしまったか。
「君の友達を見なよ、猫にモテまくってんぜ?」
八坂さんは俺の膝の上に載っている猫をカメラに収める。
茶色の縞模様は逃げなかった。完全に眠ってるな、これは。
音声が入るのも顔を写すのもダメっていう条件をどうクリアするつもりなんだろう。今のところ、動画らしいものは何も撮っていないように思える。
スライドショーみたいにするってことなのかな。
今後の予定を何も聞かされていないから、どうなるかが全然分からない。
「うん。何かもう、どうでもいいわ」
猫はぐっすり寝ているし、この空間自体が非常に落ち着ける。
現状、俺の心情を分かってくれるのはオマエだけだな。
膝の上にいる猫をなでながら、友人に冷え切った視線を向けたのだった。
『猫カフェ行きませんか?』
『一人で逝ってこい』
気づいたその瞬間、「あ、やべ」と声が漏れた。
メッセージはすでに送られてしまった。
履歴が修正できず、そのまま残ってしまうのが地味に困る。
「まあ、いいか」
そこまで馬鹿じゃないと思うし。
もういっそのこと、冷たい視線を浴びて死ねばいいのに。
『馬鹿言え、こっちはお前を道連れするために連絡したんだよ。
先輩がお前を連れて来いってうるさくてさ』
『断れよ、そんくらい』
『先輩がアンタと話をしてみたいんですって』
なるほど、上司に目をつけられてしまったらしい。
きっかけはどう考えても、クリスマスの時のことだ。
霧崎が生放送をしている最中に、俺が乱入するという事件が起きた。
全ての元凶はあの
何も考えないで訪問した俺も俺だが、こればかりはさすがに黙っておけなかった。
彼の所属している事務所の方もかなり驚いたらしい。
次の日に呼び出され、アイツは内緒で仕組んでおいたことだと説明したらしい。
生放送中の場面が切り抜かれたものがネットに流れたのは言うまでもない。
しかし、ああいったものは一種の流行り病のようなものだ。
すぐに飽きたらしく、次の話題に変わっていた。
俺もあの場にいたのは自分じゃないと否定し、納得してくれる人も増えた。
ようやく落ち着いてきたと思ったのに、何を考えているつもりだ。
『顔と声を動画に出すのNGだけど大丈夫ですかって聞いてこい。
話はそれからだ』
『了解した』
奴から連絡が来たのは、昼休憩の時だった。
いつものように、俺を巻き込むつもりで連絡を入れてきたらしい。
今度は上司らしき人と一緒に、何かをするつもりでいる。
『オッケーだよんby先輩』
数秒後にはその返事が返ってきた。
「返事早くね……?」
更に数秒後、霧崎から電話がかかってきた。
『あ、もしもし、永瀬君? 初めましてだね。
俺は霧崎と同じ事務所に所属してる八坂っていう者なんだけど』
明るく軽そうな声が代わりに電話をかけていた。
「待って待って、話が追いついてないです。
あなたが霧崎の言っていた、先輩ですか」
『そう。八坂悠斗っていうんだけどさ。
君が永瀬花梨君だよね? 一緒にネコカフェ行かない?』
「呑み会みたいなノリで誘わないでください。
そっちで勝手にやってくださいよ」
というか、何で赤の他人が俺のフルネームを知っているんだ。
あの
『えー、あれだけ目立っておいて、何をいまさら。
ちょっとおもしろいことを思いついたから、君もどうかなって思ったんだ』
「俺抜きで動画を作ってください」
『いや、君がいないと始まらないんだな。これがまた。
顔と声を動画に出さないってのでも、ダメかい?』
それは俺の出した条件だった。
八坂さんは強気な姿勢で続ける。
『そんな条件をつけてくれたからには、こっちも受けて立とうかなって思ってね?
はっはー。俺をあんまり舐めてもらっちゃあ、困るねえ』
俺はあなたに喧嘩を売っているつもりはない。
動画に慣れていない一般人として、まっとうな条件を出しただけだ。
そこまで言い切るということは、それだけ自信があるということか。
それとも、プライドに火をつけてしまったか。
何にせよ、余計に断りづらくなってしまったのは確かだ。
『そういうわけだ。頼む』
霧崎に代わると、すがるような声が聞こえてきた。
両手を顔の前で合わせているのが目に浮かぶ。
「なーにがそういうわけだ、先輩本人出すんじゃねえ。
いくら何でもズルすぎるだろ」
『いや、それは先輩が勝手に俺の携帯ひったくって』
「とにかく、ここまで言われちゃったら断れないじゃねえか。
俺の休み、後で送っておくから確認しとけ」
『了解です。ご協力感謝します』
「もっと敬え。そして称えろ」
『感謝感激雨あられ』
「そして、そのまま野垂れ死ね」
本日二回目の「あ、やべ」が俺から出た。
うっかり本音が出てしまった。
霧崎はため息をついた。
『何か嫌なことでもあったんか?
言葉に棘が生えまくってるけど』
「ま、予想外以上に立て込んでてな。
とりあえず、上司を抹殺したい気分。
酒瓶あったら、まちがいなく脳天をかち割ってるところだ」
『ああ、だから殺伐としてんのね。
そんなにヤバいんなら、後で断っておくよ』
「いや、ここにいるよかマシだわ。
というか、あれだ。代わりと言っちゃなんだが、俺からも頼みがある。
呑み会から逃げる口実を作らせてくれ」
『と、言いますと?』
「呑み会の日も伝えておくから、その夜に俺んちに来てくれ。
そうしたら、親戚が泊まりに来てるって言えるから。
俺が帰ってきたら、お前も帰っていい」
別に酒を飲むことが嫌というわけではない。
呑まない代わりに、俺は食事に徹するだけでいい話だ。
ただ、時折感じるあの雰囲気が好きじゃないだけだ。
ふと感じる溝というか、壁みたいなものが好きになれない。
そんなにぎすぎすせずに、もうちょっと緩い空気で呑めばいいのにな。
そこまでして呑む理由が俺にはよく分からない。
『ま、こっちも無理言ってるしな。それくらいはお安い御用さ』
「いや、マジで助かるわ。持つべきものは水より薄い絆だな」
『そりゃ、血は繋がってないもんな?』
「そういうことだ。んじゃ、切るぞ」
俺は小さくガッツポーズをした。
休日と引き換えではあるが、呑み会を欠席できる。
これだけで俺は十分だった。
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