月に願いが届くとき

  都会の一人暮らしは皆憧れを持つけれど、意外と生活が大変で、親元に居たときのその有り難さが実感できる点で言えば勉強になる。

また、男というのは基本的に無精者で、彼ももれなくそれに当てはまっている。

日付が変わる直前の深夜、彼はごみ捨て場に居た。ガサゴソと緑の網の中に自分のごみを置こうとした。

「夜中にごみを出してはいけませんわ」

 その声が深夜の静まり返った町によく響いた。

「あ、すみません」

 彼は悪いと思っていてはいたが、見つかってはかなわない。そそくさとごみ袋を引き上げる。慌てた勢いで、いつも身に着けるようにしていた『白いかたまり』が、彼のジャージのポケットからぽろりとこぼれ落ちた。が、彼は急いでいたためその事に気づいていない。彼女はその事に気づいた。

「何か落ちましたよ」

 と言ったものの、彼はそそくさと自分の部屋に駆け込んでいった。

  彼女はベランダでぼんやり空を見上げていた。目を凝らすと月の夜ではあるものの、雲がかかって見えたり見えなくなったりしていた。その時、ごみ捨て場の彼を見つけたのだった。

  彼女は彼が何か落としていった事はわかったが、何物であるかまではわからなかった。それを確認するために、月見を止めてごみ捨て場に向かってみた。 徐にそれを拾い上げると『白い半月状の固形物』であった。

「あら、何かしら?これもごみかしらね?届けてあげようかしら。でも、あの男性の部屋が分からないわ」

 そう言いながら、自分の部屋に戻ってドアノブに手を掛けたとき彼女の隣の部屋の扉がガチャリと開いた。

「あ、さっきごみ捨て場に居た方ね?これ、落とされましたわよ」

「す、すみません。確認したら、その『白い物』を落としたと気づきまして。

ありがとうございます」

「いいえ、とんでもないですわ。しかし、お隣さんなのに初対面ですわね」

「あはは、そうですね。都会あるあるでしょうかね」

「そうですわね。その『白いかけら』は何ですの?」

「これですか?餅なんですかね?よく分かりませんが、ある日枕元にあったんです。  なんでも願いを叶えてくれるって事らしいので、常に持ち歩いているんです」

「そうですの?私も似たようなものを持ってますわ。少し待ってください」

 彼女はそう言うと、部屋の奥から『三日月状の白い固形物』を持ち出して彼に見せた。

「これよ」

 彼にそれを差し出して見せた。彼は稲妻に打たれた様な感覚を覚えて若干震えた。

「変なこと聞きますがいいですか?」

「ええ」

「これって二羽の『うさぎ』が関係してます?」

「え、ええ。私の願いを叶えるとかなんとか」

「あ、やっぱり!私もですよ!」

(ははぁ、そうだったのか!正に灯台もと暗し!)

「その『うさぎ』は俺に女性を引き合わせてくれるって言ってました」

「あら、そう。じゃぁ貴男が私のお相手?かしら」

「そ、そうですかね」

彼は照れくさそうに頭を掻いている。


<よかったね。お二人さん>

「あ~!」

 二人は声を揃えて同じ方向を指した。その先に二羽の『野うさぎ』が月で餅を搗いている。いつの間にか夜空は晴れ渡り、満月は煌々と輝いている。

<そのかけらをくっつけてごらん>

「その三日月のやつ、貸してみてください」

 彼女の掌からそっとつまむと、自分のものと合わせてみた。

「なるほど。満月になるのか!」

 合わせた途端にまばゆい光に包まれ、2つのピースは一つになり小さな満月みたいにくっついた。

「ほー、粋だね~」

<そうやってからかうと、それ割れるよ>

「いや、うそうそ。冗談だから」

<本当かなぁ?>

 野兎は流し目で彼を見遣る。彼は少し俯いた。

<冗談だよ!>

「よかった~」

 彼はほっと胸を撫で下ろす。

「ところで、もう一羽の『野うさぎさま』は喋らないのかしら?ずーっと不思議だったんだけど」

<あ、かのじょね>

「か、彼女!?」

 二人の声がシンクロした。

<ここで報告があります。あの「かのじょ」と「つがい」になります>

「え~!なに?!今更?ってか、もう一方は女の方なの?」

<そうですよ。だから寿退職です>

「は?何言っちゃってるの?」

<「つがい」になるからお役御免なんです>

「そうなると、人間たちが眠れなくなるって言ってたじゃん!それはどうなるのさ」

<しらなーい>

「無責任じゃないか!」

<ぼくだってそうしたくないけど、決めごとだから仕方ないんだ。ま、なんとかなるんじゃない?それじゃぁね。お幸せに~>

 そう告げると、黙々と満月の上で餅を搗き始めた。


「ねぇ、『眠れなくなる』って本当かしらね?わたし何だか怖いわ」

「俺もですよ。でも『ウサギ』、いや元い『野うさぎさま』たちとおれたちのお祝いの日だから飲み明かしますか。どうせ見放されて眠れないんだし」

「そうね、そうしましょうか」

 こうして二人の「宴」が始まった。暫くすると二人は深い眠りに落ちていった。

満月の上では、二羽の『野うさぎさま』も杵を傍らに置き、横になって寝ていた。だが、それを知るのはこの二人だけかもしれない。

                            (おしまい)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

月に願いを(Wish The FullMoon)(改) イノベーションはストレンジャーのお仕事 @t-satoh_20190317

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ