月に願いを(月の野うさぎさま:彼女の場合)の壱
通勤電車に揺られて今日も終わる。お日さまが今日の仕事を終え、西の空に沈んで間もない頃、辺りはほんのり茜色で染まっている。駅近くのスーパーで購入した今日の夕飯の材料の入ったビニール袋をを左側に少し重たそうにぶら下げている。
「はぁ」
溜息が不意に口を突いて出た。最近の彼女の癖になりつつある。
「どっかにいい男いないかしら」
ビニール袋を前後にぶらぶら揺すりながら独り言を言っている。ふと空を見上げると、満月が『これでもか!』くらいの勢いで東の空から昇り始めていた。
「あら、お月さまだわ。しかも満月ね。大きいわね。そう言えば、今日は何でも
『スーパームーン』とか言ってたかしら。少し赤いわね。お日さまのせいかしら」
彼女は空を見上げながら家路についている。
地球の自転は意外と早い。秋は夕方5時を過ぎた頃からどんどん時間が経っていく様な気になってしまう。やることが多いせいなのだろうか、と思っている間にどっぷり日が落ち、辺りは暗くなった。
「あら、もう真っ暗。この時期は暗くなるのが早いわね。しかし、今日はお月さまが大きいからいいわ、明るいから。『月のうさぎさん』も何時もより大きいわね。成長するのかしらね、うふふ」
<いいや、そんなことないよ>
「そうなんだぁ。えっ?だれ?」
歩いている路地は細く、周りを見渡しても誰も居ない。
<成長してるんじゃなくて、人間たちに警告するために大きくなったり赤くなったりするんだよ>
「・・・」
彼女の足取りが何気に早くなっている。怖くなって、その声を無視しようとした。
<ねぇ、おねえさん。薄々気づいてるでしょ?ぼくらの事>
二羽の『うさぎ』は普段より大きくなった赤みがかる月で餅を搗きながら、彼女に話し掛ける。
「え、ええ。あなた方、誰なの?」
<ぼくらは『月の野うさぎ』だよ。わかってるくせに~。ひどいなぁ、知らんぷりなんて>
話しかけているうさぎが相手が女性だと馴れ馴れしいのはオスだからか、意外と嗜好は人間ぽい様だ。
「わたし、何か悪い事言ったかしら?」
<いいや、そんな事無いよ。ぼくらが「成長する」って言ってたから、そうじゃ無いよって伝えようかなぁと思って。気まぐれに近いかな?話しかけたのはね>
「あら、そうなの?」
そう言うと、彼女はしげしげと赤みがかった満月を逆に見つめ返して話し出した。
「あなた方は人間たちの行動をずーっと見続けているんでしょ?」
<そうだよ。本来は人間たちがゆっくり眠れるようにね。でも最近は酷いね。自分勝手すぎて。それを見かねて赤くなったりもするんだよ。殆どの人間は分かってないんだ。ぼくらの意味合いが>
「そうだったの。それは私も同感よ。分かるわ。色々な問題を引き起こすのは大体人間の身勝手からだもの」
<そんな事に夢中だから、人間たちはろくに空も見上げてないんだよ。よーく見ると、ぼくたちはちゃんとお餅搗いてるのにね。たまにだけど>
「え、そうなんだ。わたし『うさぎ』がお餅搗いてるの初めて見たわ。すごいわね!」
逆にテンションが上がってきたようだ。
(動物じゃなくて、一応神の使いなんだけどなぁ。せめて「様」を付けてよ)
<気付いてくれたお礼に、おねえさんの願いをひとつ叶えてあげるけど、男性のお相手が欲しいんでしょ?>
「あら、よくご存じだこと」
<だって、さっき言ってたじゃない>
(あら、その時から気付いてたんだ)
「そうよ。でもいいの?どうせならイケメンでお願いね!」
赤々した満月に向かってウインクする。中々したたかだ。
<どうかなぁ。それは保証できないけど、それなりにね。2、3日待っててね>
「ありがとう。期待しないで待ってるわ」
すると、話声が聞こえなくなった。見上げると黙々と二羽の『うさぎ』が餅を搗いている。その姿は先程に比べかなり小さくなり、月の色も薄赤い色から普段の黄色掛かったクリーム色になっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます