月に願いを(Wish The Full Moon)
イノベーションはストレンジャーのお仕事
月に願いを(月の野うさぎさま:彼の場合)の壱
千鳥足で深夜の静まり返った住宅街を彼は歩いている。片手にコンビニで購入した安価な<のり弁当>をぶら下げている。家に着いたとて、結局それを食すかどうかも怪しいぐらいに酔っていた。
「あ~、今日も呑んだなぁ」
と独り言を言いながらふと空を見上げると、満天の夜空に大きな満月が煌々とこの地球をクリーム色の優しい光で見守っている。お月さまを隠そうとする雲は無く、本来の主役である星座たちが、脇役であるかの様に満月の周辺に散りばめられている。
「お~お、お月さまだ。今日は満月かぁ。そもそもお月さまって一体何なんだろうなぁ。お日さまは地球を温めたりするだろ?それは人間にとってはありがたいけど、お月さまって満月になったり三日月になったり、見えなくなったりするよなぁ?一体、人間に何をしてくれてるんだろう?」
あたかもお月さまと対話するかの様に、ぶつぶつと口にしながら空を見上げながら歩いている。人間には不思議とどんなに酔っぱらっても「帰巣本能」という能力があって、知らないうちに家に辿り着いているが、改めて思うと結構な能力だ。彼はふらふらしながら着々と自分の家には歩を進めている。
「よく見るとお月さまって結構でかいなぁ。それに、見える大きさとか色とか変わる事があるけど、お日さまにはそういう事は無いのか?しかし、お月さまの『うさぎ』も改めて見るとすごいなぁ。『うさぎ』は本当にお月様に居るんだろうか?いねぇか」
<なに?いま、ぼくらを呼んだ?>
「ううん、別に呼んでないけど」
条件反射で軽い気持ちで回答した。酔っているせいで本人的には周りに誰も居ない事は特に気にかけていない。が、ふと我に返った。
「って、おい!えぇ~!だれぇ?」
辺りを見渡しても誰も居ない。居る訳の無い深夜だ。
<きみ、いまぼくらを呼んだでしょ?>
彼は首を左右に振りきょろきょろする。
「あ~そうか。酔いすぎたせいだな。空耳だ。参った、参った」
後ろ頭をポンポンと二、三回叩いた。ふとお月さまを見上げた。ふと見上げると、お月さまの表面に二羽の『うさぎ』が餅つきをし始めている姿が見える。
「ヤバいな、おれ。視覚が変になって来た。そんなに呑んだっけなぁ」
誰も居ないのに、わざとらしく独り言をつぶやく。
<ほんとは、ぼくらの事わかってるんでしょ?>
暫しの沈黙の後、
「う、うん、まぁね。でも、いま状況が飲み込めていない」
<そう?ぼくらは満月の時、わりかしこんなんだよ。みんなが知らないだけ>
「あ、そ、そうなんだ」
家に向かう足取りが不思議と早まっている。何も見まいと下を向き続けている。
<で、何の用事?>
(呼んだつもりはねぇけどなぁ)
「そもそも君らは誰なんだい?」
<ぼくらは『月の野うさぎ』だよ。知ってるでしょ?>
餅つきをしながら答えている。
「あぁ、やっぱりね」
そう答えながら、彼は得も知れぬ「怖さ」に包まれ、鳥肌が立ち始めた。
<さっき、ぼくらが何をしてるかって言ったでしょ?>
(そこから聞いてんのかよ)
「うん」
<それはね、人間たちがちゃんと寝てるか見守ってるんだよ>
「へぇ~そうなんだ」
無機質に回答する。もう駆け足に近い。
<ただ見守ってるだけじゃないんだ。きみも夢をみるだろ?>
「見るよ」
<その夢を叶えたり、現実にしたりするかどうかを決めてるんだ>
(げっ!マジか!衝撃の発言‼)
「え~、ホントに?うそだぁ~」
<そうだよ。意外でしょ?結構大切な役目なんだ。でも、最近の人間たちがあまりにも自分勝手で、それを見かねているんだ>
「確かにそうだね」
<いまの人間たちはぼくらのことなんて気にも掛けやしないし、やれ金儲けだ、やれ弱いものいじめだ、って勝手な事ばっかりしてる>
「ぼくもそう感じてはいるけどさ、どうしょうもないよ」
<だから、もうぼくらもこの役目をやめようかって思ってるんだ>
「そうすると人間たちはどうなるの?」
<さぁね。わからない。ぼくらはただ役目を果たしているだけだもん。多分眠れなくなるんじゃない?>
「それは困るなぁ。眠れないんじゃ体がもたないよ」
<そうでしょ?ぼくらもそうしたくはないんだ。そうしたくなくても、お役御免になるかもしれない。だから、そうなる前に久々にぼくらに気づいてくれたきみの願いをひとつ叶えてあげるよ>
そう、月のうさぎは彼に告げた。
《気味が悪い!》
と、正直彼は思ったが「言うだけタダだ」と2羽の『野うさぎ』たちにこう告げた。
「そうだなぁ、強いて言えば彼女が欲しいかなぁ」
少し試すような口調で言ってみた。
<なんだ、そんな事でいいの?わかったよ。じゃぁ2、3日待ってて>
「そう?わかった」
そう言うと、2羽の『野うさぎ』は再び月の上で餅を搗き始めた。話し声はしなくなった。
自宅に戻り、買って来た弁当を胡坐をかいて食べている。深夜のくだらないTVを観やしないくせに点け放しにしている。
「う~ん、さっきのは一体何だったんだろう?いたずらにしては幼稚っぽいし、第一驚かせる内容でも無かったな。まぁ、単なる呑み過ぎだな」
そう片付けると横になって寝てしまった。
翌朝起きると、喰いっぱなしの「のり弁当」の容器の傍らには白く丸い固形物があった。
「何だこれ」
拾い上げると餅のようだ。
「餅みたいだな。あ、昨日の!」
あの夜の出来事は本当だったんだと彼は悟った。
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