第60話 二人の戦い
私たちはセンパイが戻って来るまで戦うことを決意した。
きっと今、センパイも戦っているだろうから。しかもたった一人で。
何で私に何も言わずにいなくなったのかなんて考えるだけ無駄だ。どうせ私や愛葉先輩の安全を考えた上での行動だろうから。
でもなら何故ここから一緒に逃げようとしなかったのかは疑問だ。
センパイは身内には砂糖みたいに甘い人だけど、基本的に人を信頼しない人なので、ここにいる人たちのために戦おうなんて思っていないだろう。
だからどうして逃げることをせずに、こんな無謀にも思える戦いに赴いたのかは分からない。分からないが……それで多分私か愛葉先輩のためだとは思う。
だったらセンパイは必ず戻ってくるはず。
無茶ばかりするセンパイを待ち、帰ってきたら優しく出迎えるのも可愛い妻の役目ですからね!
だから何が何でもこの窮地を脱するために頑張るしかない。
私と愛葉先輩は、ファミレスから出て、数えるのも面倒なほどのモンスターを目前に立つ。
するとドラゴンの上でふんぞり返っている人物が、私たちを見て珍しそうな顔をする。
――浮王海燕。『ドミネーター』のギルドマスターだ。
「ほう、女二人かぁ。しかも『ギフター』と見た。……そうかぁ、奴らが武器を手に入れたのは、お前らが《ショップ》で購入して与えたってわけだなぁ」
まあ、その考えに普通は至りますよね。同じ『ギフター』なら。
「けどここらの『ギフター』は手下にするか殺したはず。……余所者だなぁ?」
そこも一目で見破りますか。やりにくい相手ですね。
「余所者が何でこの戦に首を突っ込むぅ? そのせいで支配者であるこの俺に殺されるってのによぉ」
「やれやれ、厨二病でも患ってるんですかぁ」
「あぁん?」
ギロリと敵意満々といった様子で睨みつけてきた。正直かなり怖い。
今まで男性が私に向けてくる視線の多くは下心だけだったというのに。こんな純粋な敵意や殺意だけなんて、まったくもって信じられない経験をしている。
岡山さんたちからも、浮王はヤバイって聞いていたが、確かに常識が通じるような相手ではなさそうだ。
「悪いですけどぉ、子供みたいに暴れるのは迷惑なんですよぉ。だからさっさとどっか行ってくれませんかねぇ」
「こらこら、相手を煽るような挑発は止めたまえ。まあ、その程度の挑発に怒りを覚えるような器の小さい男が、ギルドマスターなどやってはいないと思うがね」
ふふ、愛葉先輩もガッツリ挑発してますよ。ほら、アイツの顔、面白いように歪んでるじゃないですかぁ。
「良い度胸だぁ。格の違いってもんを教えてやるよ。――行け、しもべども!」
指示に従い、モンスターたちが私たちに向かって突撃してくる。
私は悪魔に変化し、ゆっくりと浮遊した。
ほとんどのモンスターと比べても私の方がレベルは高いけど、攻撃力そのものは私はそんなに高くない。
だからここは――。
「結構気力を消費しますが――【魅了】発動です!」
自分よりレベルの低い対象にしか効果はないが、この群れの中でも比較的強いモンスターを魅了して手駒とする。
そうして気力の許す限り、次々と仲間を増やしていき、逆に相手を追い詰めていくつもりだ。
しかし――。
「あれ? どうして味方になってくれないんですか!?」
何故か私の力がモンスターたちに通じないのである。
確かに私の【魅了】はオスにしか効果がない。ということはここにいるモンスターはすべてメスだとでもいうのだろうか。
「……! そうか! 姫宮くん、ここにいるモンスターたちはすでに死んだゾンビだ。君の力はその者の感情を操る技。ただしゾンビには感情がない!」
「う、噓ぉ!? それマジで私にとって天敵ってことじゃないですかぁ!」
こんな時に限って、まさか能力が通じない相手と戦うことになるなんて……!
「クハハ、どうやら計画が狂ったようだなぁ。愚かな奴ら目ぇ」
「くっ! ならあなた自身をどうにかするだけです!」
私は浮王を【魅了】してやろうと近づくが――。
「ダメだ姫宮くんっ、迂闊に近づいてはいけない! そいつは君よりもレベルが上かもしれないだろう!」
!? そうだった。40レベルのドラゴンを従えているのだから、その可能性は当然あったのだ。
最初はそう判断し警戒していたのに、少し熱くなって失念してしまっていた。
「やはりガキは愚かだなぁ! 死ねぇっ!」
浮王が懐から取り出した銃を私に向けてきた。
マズイッ! このままじゃ撃ち殺されてしまう。
私は急ブレーキをかけて止まろうとするが、そのせいで身体が硬直してしまっている。
これでは良い的だ。
しかしその直後、浮王がハッとなって飛び退いたので、私はその隙を突いてUターンして距離を取ることに成功した。
浮王を退かせてくれたのは、クナイを投擲した愛葉先輩である。
「愛葉先輩、ありがとうございます!」
「まったく、ヒヤヒヤしたよ。いいかい、相手は強かだ。十分に注意するんだ」
本当に危なかった。今ので殺されていたかもしれない。
ただそう意識すると、今度は浮王に対して強烈な恐怖感が込み上げてきた。
何せ、いとも簡単に殺そうとしてきたのだ。今までそんな経験のなかった私は、先程の一連のシーンのせいで、浮王に近づけなくなっていた。
だがそんな間にも、モンスターたちは次々と押し寄せてくる。
仕方なく弓矢で応戦し、モンスターの進行を止めるが、数が多くいつまでももたない。
「こうなったらとっておきを出すしかないな!」
愛葉先輩が、《アイテムボックス》からサイコロ型の物体を幾つも取り出した。
それらは赤、青、紫、緑と、それぞれ色が違う。
「作るのに手間がかかったが、今日は大盤振る舞いだ!」
そう言いながら、モンスターの群れに向かって投げつけた。
その四角いボックスが何かに触れた瞬間――カチッと、スイッチが入ったような音を鳴らす。
瞬間、赤いボックスからは爆炎が吹き荒れ、モンスターたちを火達磨にする。
また青いボックスは当たり一面を凍結させ、モンスターを氷漬けにしてしまう。
次に紫のボックスでは、雷が落ちたような雷撃が周囲を襲う。
そして最後に緑のボックスは、竜巻が出現してモンスターたちを天高く吹き飛ばしていく。
「あ、愛葉先輩……アレって一体……?」
「ボクが錬金して作りあげた《エレメンタルキューブ》だよ。見た通り、色によって様々な効果を及ぼす。威力は凄まじいが、作るのに手間がかかるから、あまり使いたくなかったが、ここに来て温存などと言ってられんからね」
「す、凄い……!」
戦闘力は決して高くない愛葉先輩だが、彼女は彼女なりの戦い方を見つけているようだ。
錬金なんて、金儲けしか役に立たないとは酷い言い草だが、戦闘には用いれないのではと思っていたが、こういう戦法もあることに驚きである。
さすがは天才と呼ばれている人物だ。
「ちっ、羽虫の抵抗がここまでウザイとはなぁ。ならさらに絶望させてやろう!」
浮王が右手を大げさに振るうと、地面からさらに新たなモンスターたちが出現してきた。
「なっ!? これじゃ……幾ら倒してもキリがないじゃないですかぁ!」
それでも手を休めず、私は弓矢で攻撃し、愛葉先輩は《エレメンタルキューブ》で応戦し続ける。
しかし何度も何度も退けたつもりでも、後ろから無数にモンスターが湧いて出てくる。
そしてついに――限界が訪れた。…………私たちに、だ。
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