第61話 私のヒーロー
悪魔化し続けるのも気力を消費するし、飛び回り攻撃していることから体力だって消耗する。
愛葉先輩の方も、《エレメンタルキューブ》の在庫がなくなったようで、あとはクナイやナイフを投げているだけ。
「さあ、そろそろ終わりのようだなぁ。まあまあよくやったってとこだぁ。だがまあ……これが俺とてめえらの差だぁ。元々最初から戦力が違うんだよ、バカめがぁ」
悔しい……けど、まだまだ向こうにはモンスター兵たちがわんさかいる。
ドラゴンにも、浮王にもまだ傷一つついていない。
これ以上、どうやれば浮王を討ち倒せるのは、私にはさっぱり思いつかなかった。
愛葉先輩のなら……と思い顔を向けてみるが、彼女も必死に思考を回転させているような表情だが、良い案が浮かんだ様子はない。
「……おい」
浮王が発言した直後、いつの間にか背後に近づいてきていたゴブリンゾンビたちに、私たちは身体を拘束されてしまった。
疲弊し切って、相手の気配に気づかなかったのだ。
そのまま私たちそれぞれに二体のゴブリンゾンビたちが、私たちの腕を引っ張りながら両膝をつかせる。そしてさらに二体のゴブリンゾンビたちが、その手に持っていた槍の切っ先を突きつけ、少しでも動けば刺すような仕草を取った。
「クハハ、どうだぁ? 足掻いて、藻掻いて、それでも届かない存在を前にしてぇ。これで理解できただろぉ? 最初からてめえらの勝ち目なんかねえんだよぉ」
「くっ……!」
何とか愛葉先輩だけでも逃がす方法を考えないと。でもどうする? どうすればいい?
こういう時、センパイならきっとこざかしい方法を思いつくのだろうが、私では有効な手段なんてなかなか浮かばない。
それにこの状態では、回復薬を口にすることもできない。
「ククク、ああ……素晴らしい手際だよなぁ。見ているかい、ママ」
…………は?
「こんなにも俺は強くなった。人間が恐れるモンスターすらも従える俺は、まさにこの世の支配者に相応しいと思わないかい。ああ……できることなら、この俺の雄姿をあなたに見ていてほしかったぁ」
両腕を広げ、天を仰ぐ浮王。その顔は明らかに悦に至っている。
「キモ……マザコンですか」
つい無意識にそんな言葉が出てしまった。
「っ……今、何て言ったぁ?」
ドラゴンから降りてくると、浮王が大股に近づいてきて私の髪を掴んで引っ張り上げた。
「今何て言ったか聞いてんだよこのクソアマがぁぁぁっ!」
「……うぐっ!?」
「マザコンの何が悪いぃっ! 身体が弱かったせいで、歳も取れずに死んじまったんだぞ! それでも俺のために、毎日毎日身を削って働いて俺を育ててくれたぁっ!」
ブチブチと髪の毛が抜ける音が聞こえる。
「だから俺はぁ! ママのためにも強くなったんだぁ! あんたの息子は立派になった! 誰にも負けない! ママや俺を貧乏だってバカにしてきた連中すらも従える力を持った! クハハハハハ! これでママだって喜んでくれてるはずなんだよぉ!」
「……っ、アホですかあなたは!」
「あぁっ!?」
「そんなことをして喜ぶ母親がいるわけないじゃないですかぁ!」
「うるせぇっ、てめえに俺とママの何が分かるってんだぁっ!」
マジで痛い。これ、禿げちゃわないでしょうね。
「姫宮くん! おい君! その手を放したまえ! 女性にする行為ではないぞ!」
「うるせえガキがぁっ!」
「あぐっ!?」
「愛葉先輩っ!?」
あろうことか、コイツは愛葉先輩の腹部を蹴ったのだ。しかもその衝撃で蹲った愛葉先輩の頭を足で踏みつけたのである。
その行為に私の怒りのボルテージが一気にマックスになる。
「恥ずかしくないんですかっ、男が女の……しかもお腹を蹴るなんてっ! あなたは人間としても、男としてもサイッテーですっ!」
「黙れ女ぁっ!」
持っていた銃で、今度は私の右頬を殴りつけてきた。
っ……痛い……ったく、傷が残ったらどうするんですかもう……!
口の中を切ったのか口端から血が垂れてくる。
「いいかぁ、てめえらの命はもう俺の手の中だ。まともに死にたきゃ、これ以上逆らうんじゃねえよぉ」
死ぬのは前提なようだ。怖い……当然だ。誰だって殺されたくなんてない。
私にはまだやりたいことがいっぱいあるのだから。
ここで大人しくしているのが賢いのだろう。でも……でも……。
「……嫌……ですね」
「あぁん?」
「あなたみたいなサイッテーな人の言うことなんて誰が聞くもんですか、んべー!」
私の反抗的な態度に苛立ったのか、銃口を私の額に押し当ててきた。
「おい女ぁ、それ以上愚かな言動をすると……いや、そうだな、まずは……右肩を撃ち抜く」
じわじわと痛めつけ、私を支配でもしようとしているのか、額から右肩へと銃口を移してきた。
「何度でも言いますよ。私はあなたの言うことは聞きません!」
直後、乾いた音と硝煙のニオイが周囲に漂った。
同時に私の右肩から鮮血が迸る。
「~~~~~~っ!」
想像以上の衝撃と痛みに、脳が痺れるような感覚が走る。
「どうだ? 痛いだろ? 解放してほしいだろ?」
「っ……んべー」
「っ! おらぁぁぁっ!」
今度は左肩、右太腿と続けて撃ち抜かれた。
声にならない声を上げ、私は涙を浮かべるものの、歯を食いしばり耐え続ける。
「や……止めて……くれ…………お願い……だ」
そう願うのは愛葉先輩だ。
「代わりに……ボクを……痛めつけ……ろ」
強烈な蹴りと踏みつけを受けてもなお、愛葉先輩は自分よりも後輩の私のために言葉を発してくれている。
まだ会ってそれほど経っていないというのに、センパイもそうだが本当に私の周りにはおかしな人だらけだ。
……センパイが、愛葉先輩を傍に置く理由が分かりますね。
するとその時だ。ファミレスからゾロゾロと非戦闘員たちが、包丁やらモップやらの武器を手にし出てきた。
「その子たちを放しなさいっ!」
「そうよ! その子たちは私たちの恩人なんだから!」
「あんたなんかどっか行っちゃぇぇっ!」
などと、戦う気満々といったところだ。
無理だ。私たちでさえ敵わないのに、彼女たちがどうにかできる相手ではない。このままではモンスターたちをそちらに仕向けられてしまう。
何とか少しでも時間を稼がないと。
「……ふぅぅぅ~。こん……なもん……ですか?」
「……あぁ?」
「あいにく……この程度の痛み……で、どうにかできるほど……軽い女じゃっ……ないん……ですよ……ね」
「てめえぇ……!」
「私を……支配できるのは…………この世でたった一人……だけ……ですから」
そうだ。私のすべてを捧げても良いと思える人物は一人だけ。
それは決して、暴力だけに狂ったこの男なんかじゃない!
「っ……あぁ、そうかよぉ。マジでウゼぇわ、てめえら。……もういい。もう飽きたぁ。お前らを殺して、ファミレスの連中も殺す」
今度こそ額を撃ち抜くつもりのようで、銃口を額に当ててきた。
「……ちっ、何でそんな目をしてられる? てめえはもう死ぬんだぜぇ?」
私は真っ直ぐ、揺るぎのない気持ちで浮王を睨みつけていた。
「…………信じているからですよ」
「あぁ? 信じてる……だとぉ?」
「ええ。あなたには一生分からないでしょうね。……愛は、最後には勝つんです」
「わけの分からんことを。ならその幻想を抱きながら――」
浮王が引き金を引こうとする。
…………ただ信じているだけです。
いつも私が困った時や危険な時にはそこにいてくれた存在がいる。
「死んで逝け――」
直後、浮王の持っている銃が一瞬にして腐食したようにボロボロと崩れ落ちた。
当然ギョッと硬直する浮王。そんな彼の左頬に真っ直ぐ放たれた一つの拳。
浮王はそのまま弾け飛び、先に待機していたモンスターの群れの中へと突っ込んだ。
そして、その人は私の前へと立つ。
そう……そうだ。
ハッピーエンドの物語には、いつも最後には愛で満ちている。
愛は最後には必ず勝つのだ。それが王道で、私の好きな結末。
そして――窮地に陥ったヒロインは、待ち望んだヒーローに救われる。
「悪い、遅くなったな」
そうだ。この人こそ、私の物語のヒーローである。
…………もうっ、遅いですよぉ、センパイ!
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