第59話 愛しい人のために

「…………これは一体どういうことなんでしょう、愛葉先輩」


 隣に立ちながら表情を強張らせている姫宮くんに、ボクもまた謎を抱えながら、


「……さあね。一つ言えることは、このままではマズイということだけだよ」


 と若干震える声で答えた。

 ボクたちはファミレスの中から、ガラスの壁を通して異様な光景を目にしている。


 そこには25レベル~35レベルのモンスターの群れが横一列に並んでいた。


 そしてその中央には、40レベルのドラゴンの背に乗った浮王と思わしき人物を発見する。

 人間は彼以外には見当たらない。


 そう、彼は空からやってきたのだ。ドラゴンに運ばれ真っ直ぐファミレスの前に降り立つと、彼の周りの地面から次々とモンスターが出現したのである。


 しかもどのモンスターも、まるでゾンビ化しているように生気を一切感じない。


 恐らくはそれが浮王の能力なのだろう。しかし《鑑定》が通じないところを見ると、《鑑定妨害》で自身の能力を他人に知られないようにしているようだ。それだけでも用心深い性格だと窺える。 


 それにこの戦力。そうか、彼はたった一人でも十分に敵勢力を圧倒できるだけの力を持っていたのだ。


 『ドミネーター』とは、〝支配する者〟という意味合いを持つ。


 つまりは最初から『ドミネーター』というギルドは彼一人のことを指すものだったのだろう。


 彼に付き従っている者たちは、ただの手駒……いや、捨て駒。生きようが死のうがどちらでもいい。

 ただ自分の思い通りに動いてくれるだけで十分。


 恐らく彼は、ココを自分一人で落とすつもりだったのだろう。

 そのために岡山さんたちは、捨て駒たちに当てて、こうして拠点を先に潰し、あとは拠点を失い絶望にうちひしがれる生き残っている岡山さんたちを、一方的に嬲り殺しにする。


 それが浮王海燕が思い描いているストーリーに違いない。


「っ……思った以上に壊れた人物のようだね」

「愛葉先輩?」

「いいかい、姫宮くん。あれだけの戦力で一気に攻めてこられたら、さすがにボクや君が全力を賭したところでいずれは落ちる」

「……かもですね。それに多分あの浮王って人は私よりもレベルが上だと思いますし、私の《不現の瞳》も効果は薄いです。それにあのドラゴンも多分」


 彼女の力は強力だが、自身よりもレベルの高い者に対しては著しく効果が低くなり、できることが限定されてしまう。


 それにあれだけのモンスターに【幻視】をかけるのも一苦労だろう。その隙を突かれ、浮王に攻撃をされたら一溜まりもない。


「ボクとしてはこのまま尻尾を巻いて逃げることをオススメするがね」

「…………一つお聞きしますけど、センパイは?」

「…………」

「やっぱそういうことですか。私をのけ者にして、またセンパイは一人で無茶をしてるんですね」


 やはりこの状況でバレないのはおかしいか。

 ただそれも姫宮くんのためだということは、彼女は気づいていないようだが。


「センパイはいつも一人で問題を解決しようとします。どんだけ無茶なことでも、平気なフリをして。あの時だって……」


 あの時、というのはよく分からないが、多分姫宮くんが鈴町くんを強く意識させられるきっかけになった出来事があったのだろう。彼のことだから、そこで彼女にフラグでも立てたのだ。


 ったく、あの女タラシめ。


 いや、今はそんなことを考えている余裕はない。


「ここには戦える人材はボクたちだけだ。どうする? ほとんど何も知らないに等しい他人のために命を張るかい?」

「っ……意地悪なことを言いますね。センパイも……愛葉先輩も」


 苦々しそうな表情を浮かべる姫宮くん。


「私は…………私はこのまま逃げるのは嫌です」

「それでいいのかい? それで死んで、悔やまないかい?」

「悔やみますよ。当然じゃないですか。だって、センパイと毎日イチャイチャし、いずれ幸せな家庭を築くっていう夢が叶わなくなっちゃうじゃないですか」

「……あのな、こんな時に冗談なんか」

「冗談じゃありませんよ」

「! …………」

「私はいつだって、どこだってセンパイに関することで嘘や冗談なんて言いません。私はセンパイの傍に一生いるって決めてますから。たとえ拒絶されてもです!」

「……重い女だな、君は」

「何を。愛葉先輩だって、私と似たような気持ちを持ってるくせに」

「!? …………はは。じゃあつまり鈴町くんは、二人同時にヤンデレに好かれたってわけだ。大変だな、あの子は」

「ええ。好きにさせたセンパイが悪いんです。だからお詫びに私を目一杯幸せにしてもらいますから!」


 どうにもこう真っ直ぐな感情を口にできる人間っていうのは苦手だ。同じ女ならなおさら。


 ボクはいつも本音を隠し、あるいは偽って他人と付き合ってきたから。


 その方が人間関係を円滑に行うことができる。しかし偽物ばかりの繋がりに嫌気がさして、ボクは一人でいることを選び、大学でも大勢の者たちが差し伸べる手から逃げていた。


 だがそこへ一人の少年が、ボクの前に現れたのだ。

 一目で分かった。この子は自分と同じだ、と。


 だからか一緒にいても居心地が良く、気づけば彼の隣は自分専用などという馬鹿げた妄想までしてしまっていた。


 しかし実際、鈴町くんの前だと自分を偽らなくても良いから楽なのだ。本音で話すことができ、それまで出会ったどんな人間とも違う資質を彼は持っていた。

 でも、それでもこの想いを口にすることはできない。ボクは……臆病だから。


 だから素直に気持ちを表せる姫宮くんが羨ましい。眩しい存在だ。

 彼女のような純粋な子にはとても勝てない……そう思わせる。 


 だけどボクだって、一応天才と呼ばれ続けてきた自負があるのだ。このまま何もせずに敗北宣言など、ボクの美学に反する。


「……悪いが、鈴町くんはボクにゾッコンだからね。彼はボクが頂くとするよ」

「ハハハ、愛葉先輩でも冗談とか言うんですねぇ。笑えますよ、それ?」

「なら存分に笑いたまえよ」

「ええ、笑いますよぉ」


 互いに視線をぶつけて火花を散らす。

 それをここに残っている人たちが、おろおろとしながら見ている。


「「…………ぷっ」」


 直後、二人同時に笑い合う。


「はぁ……まったく、こんなことで言い争ってる場合じゃないですよぉ」

「だな。続きは、このムリゲ―を攻略してからにするとしようか」


 ボクたちは、浮王と戦うことを選択した。




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