第58話 ネームドモンスター

 何だ……コレ……?


「――――――――勝ったと思ったか?」


 腹部から来る激痛よりも、目の前から聞こえてくる声の衝撃度の方が増した。

 そこには、相変わらず体中が穴だらけの浮王が立っているが、徐々に奴の身体が泥色へと変化し始める。


 明らかに人間ではない異形だった。泥人形とでも呼べばいいのだろうか。


「お、お前は一体……!?」

「俺はドローマン。主の忠実なる兵士」

「ま、まさか……偽物……!?」

「その通り。俺はただ主の姿を模っていただけに過ぎない」

「がはぁっ!?」


 俺は吐血し膝をつく。


「岡山さんっ!」


 横尾さんや仲間たちも、現状を理解したのか、真っ青な顔で俺の名を呼んでくる。


 ドローマンというモンスターから、触手のように伸ばされた腕。それが俺の腹部を貫いていることが分かった。

 それを無造作に引き抜かれ、痛みと衝撃で前のめりに倒れてしまう。


 そこへ横尾さんが駆けつけてくる。


「くっ、まさか奴の影武者だったとは!? しかも喋るモンスターだと!」

「ほう、知らぬのか。ならば改めて自己紹介をしておこう。俺はドローマンのグエル。稀に生まれる稀少タイプ――〝ネームドモンスター〟だ」


 そんな存在、聞いたこともない。ただ他のモンスターとは明らかに別格の強さを持っていることは何となく分かった。


「絶望したか? 主はそれを望んでいる」

「ぐっ……主……そうだ! お前らの主、浮王は一体どこにいる!?」


 横尾さんが聞き出そうと声を上げる。


「まだ分からぬか? なら完全なる絶望をくれてやろう」


 その瞬間、最悪のシナリオを思い浮かんだが、それだけは止めてくれと心が叫ぶ。

 しかしドローマンのグエルは、その希望を呆気なく打ち砕く。


「我らはただの囮。今頃主は、貴様らの拠点におられるわ」


 聞きたくなかった。

 いや、何でこんな戦法に気づかなかったのか。


 これまで聞いてきた浮王の人物像から、こういうやり方も有り得るはずだった。


 それなのに……!


「横……尾さん……!」

「岡山さん!?」


 俺は腹を押さえながら立ち上がる。出血も激しいし、痛みで気が狂いそうだが、そんなことに気を回している暇なんてない。


「頼む……今すぐ……ファミレスに……向かってくれ……!」

「何を!?」

「家族がっ!」

「!?」

「……家族が……いるんだ……! だから……頼むぅ!」


 必死に懇願する。もう俺はそこまで向かう力はない。

 だからここにいる仲間たちに、家族の安全を託すしかないのだ。


「そのようなこと、俺がさせるわけがないであろう? 貴様たちはここが終着点だ」


 直後、ドローマンがどんどん巨大化して、人間など簡単に踏み潰すくらいの大きさに膨らむ。

 しかも横尾さんたちが相手をしていたモンスターたちも、泥状に変化し奴の身体に吸収されていく。


 どうやらここにいるモンスターは、すべて奴が自分の身体で作り上げた泥人形だったらしい。


「はは……そりゃ幾らでも……生み出せるわけか……!」


 まったくもって次元が違う相手だ。

 まさに巨人とも言うべき巨躯を得たドローマンは、俺たちを踏み潰そうと足を上げてくる。


 逃げようとしても、大き過ぎて間に合わない。銃も爆弾も一切効かない。


 これで終わりなのかよ――っ!


 そう思った瞬間、突如としてドローマンの動きが止まり、


「うぐっ……ぐがっ……がァァァァァァァァァッ!?」


 どういうわけか苦しそうな叫び声を上げ始めたのである。


 すると熱に溶けるアイスクリームのように、ドロドロと身体が溶け始め、土色の液体が地面へと流れ込んでいく。


 そして少しずつ端の方から光の粒子となって消失する。

 これはモンスターが死ぬ時の現象だ。


 どういうことだ? ドローマンが……死んだ?


 一体何が起きたのか分からず、俺たちは茫然としていた。


 だがそこへ――。


「――どうやら無事だったようですね、岡山さん」


 不意に聞こえた声に振り向くと、そこには鈴町くんが立っていた。



     ※



 間一髪のところで、不気味な巨大モンスターを【死線】で殺し、岡山さんたちを助けることができた。


 ただし岡山さんがモンスターの攻撃をまともに受けたようで瀕死だったので、《スタミナポーションS》を彼に飲ませて、傷の手当てをしたのである。


「……んぐっ、…………あ、あれ? 痛みが……消えた?」

「おお、岡山さん! 良かったっ!」


 岡山さんを抱えている横尾さんや、他の仲間たちも彼の生還を喜ぶ。


「ありがとう、鈴町くん! 君のお蔭で俺たちは殺されずに済んだ!」

「構いませんよ、横尾さん。それより一体何があったんです? ここに浮王はいないんですか?」


 東、南、西とそれぞれ『ドミネーター』たちを殲滅してきたが、そこには浮王の姿は見当たらなかった。

 奴がいるとすれば、残りの北側……つまりココのはずだと思ったが……。


 そこで岡山さんが、ここで何が起きていたのかを簡潔に説明してくれた。


「ドローマン……そいつが浮王に成りすまして?」

「そうだ。まさかモンスターだとは思わなかった。探知機にもちゃんと『ギフター』としての反応があったから」


 そのドローマンというモンスターは、人の姿にも化けられるらしい。

 『ギフター』の反応があったということは、そういう資質までをも模倣することができるということなのか。


 それにドローマンはドローマンでも、〝ネームドモンスター〟という特別なモンスターだとも言っていたらしい。


 人語を話し、名前まで存在するモンスターか……。


 だからこそあれほどの力を持っていたのかもしれない。殺す前に《鑑定》を使っておけば良かった。

 しかし岡山さんたちが殺されそうだったため、その時間がなかったといえばそれまでだが。


 そういや確かに死滅ゲージの減りもかなり遅かったな。今のでレベルも上がったみてえだし、かなり強いモンスターだったのは間違いないだろう。

 いや、そんなことより注目すべきは他にある。


「マジでそのドローマンは、浮王がすでにファミレスへ向かってるって言ったんですか?」

「ああ、奴は俺たちを戦場に引きつける役目だと言ってた」


 それはおかしい。何故なら今も探知機には、浮王らしき反応が無いからだ。


 奴が『ギフター』なのは確実。それなのにファミレス周辺にあるのは二つの赤い点だけ。つまり先輩と姫宮の二人。

 だがここに浮王がいなかったのもまた事実。


 ……もしかして《鑑定妨害》の最上級を持っているからか? だから探知機にも映らない?


 なら一応の説明はつくが、だとしたら最大の窮地がファミレスを襲っていることになる。


「……っ! 俺は急いでファミレスに戻ります!」

「あ、鈴町くん!」


 俺は岡山さんの呼び声に応えず、そのまま踵を返して全速力でファミレスへと向かう。

 もし本当に浮王が急襲しているのなら、ここで時間の無駄などできない。


 ――無事でいてくれよ、先輩、姫宮!





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