第57話 覚悟の戦い
本当にボクの後輩は大したものだ。
ボクは探知機を見ながら、東と南の敵勢力が消えた事実に感嘆していた。
実際のところ、ボクは反対したのだ。今回、鈴町くんが行うことについて。
鈴町くんは、この戦いが姫宮……いや、俺たちの成長の糧になると言って、居残ることを決めた。
それがギルドマスターとしての決定だと。
ボクはこれからも鈴町くんに従うつもりだし、彼が判断したことが正しいと信じる。だから最終的には認めたのだが……。
それでも今回のことは、どうにも複雑な気持ちでいっぱいだった。
だってそうじゃないか。何が嬉しくて、大切な後輩が人を殺すことをただ黙って見守ってないといけない。
いや、分かっている。彼がそうまでして守りたいものがあることを。
それは……自惚れでないとするなら、ボクと……姫宮くんの二人だ。
ボクたちに手を汚させたくはないのだろう。少なくとも今はまだ。それに下手をすれば死んでしまうかもしれない。
だからこそ、彼は一人で戦場に立つことを選んだ。
ここに残った名目は、姫宮くんに現実を突きつけ、成長を促すこと。死への耐性を作ること。そして安全を確保すること。それはボクにとっても同じ。
だが本当の目的がそうでないことをボクは気づいていた。
きっと鈴町くんは、ここで人を殺す経験を得るつもりだったのであろう。
この理不尽な世界では、ここで起きている諍いなど決して珍しくはない。いずれボクたち自身にも降りかかってくる災厄だ。
しかし何の予備知識もなく、ソレが訪れた時、果たして人はまともに動けるだろうか。いや、絶対に動けない。
故に少なくとも自分だけが殺しの経験を積むことにより、そういった事態が訪れた時に、素早く対応できるようにしておくつもりなのだ。
言葉ではそうは言わないものの、ボクには彼の考えはお見通しだ。伊達に一年以上付き合っていない。
それに彼は一度身内……懐に入れた者に関しては、強い情を湧かせる。何が何でも守ろうと必死になるのだ。
それは多分、彼の過去に何がしかがあってのことなのだろうが、彼は大切な存在を失うことをとてつもなく怖がっている節がある。
絶対に口では認めようとしないが、姫宮くんへの配慮だってそうだ。彼女の生存率を少しでも上げるために、ここを踏み台にしようとしているのだから。
そう、大勢の者たちへの死を、彼は利用することを選んだのである。
そしてボクも、その考えに同調した。岡山さんたちから見れば、ずいぶんな悪党だろう。
それでもただの傍観者で終わることを良しとせず、彼は自身に鞭を入れて目一杯働く。
今、君はどんな気持ちだい? ……苦しいだろう? 辛いだろう? しんどいだろう?
できることなら、今すぐ駆け寄って抱きしめてやりたい。しかしそれをしたら、彼の計画の邪魔になってしまう。
ボクの任務は、彼の真意を、事が終わるまで姫宮くんに気づかれないようにすること。
幸い彼女は、今だ地下にいる非戦闘員たちの精神的不安を取り除こうと必死になってくれている。
「鈴町くん…………絶対に無事に帰ってきておくれよ」
願うことしかできない無力さに、ボクは涙を流すことしかできなかった。
※
その頃、俺――岡山秀介は、希望と絶望を同時に感じていた。
まず希望は、探知機に記される赤い点――敵の『ギフター』が消失したこと。どうやらそれを成したのはたった一人の『ギフター』だということは分かっている。
仲間割れか……と思ったが、ファミレスにいるはずの三人の『ギフター』のうち、二人しかいないことから、もしかしたらあの三人のうちの誰かが加勢をしてくれたのかもしれない。
そのお蔭で、南、東、西と、すべての『ギフター』が消えた。この勢いなら、恐らく『ギフター』でない他の暴徒たちも倒してくれているのだろう。
つまり三つの戦場のうち、勝ったのはこちら側だということ。それが俺たちの勝ち目を見た希望。
そして絶望は、目の前から迫ってきている『ドミネーター』の強さである。
一度目に対峙した時は、こちらが圧倒的な力で撃退することができたが、やはり二度目ともなると向こうも慎重に行動してきた。
部隊を幾つかに分け、同時攻略に臨んできたのである。
それだけならまだ良かったが、俺と横尾さんが担当するこの北側エリア――まさかあの浮王海燕が直々に出てきたのだ。
驚くべきことはそれだけじゃない。こちらには探知機で確認する限り、『ギフター』は僅か五人。
そのうちの四人は、すでに俺たちとの交戦において仕留めることができていた。
だが残りの一人――浮王は、その在り方からして別格だったのだ。
何せ彼の周りには一切の人間はいない。
なら簡単に銃で撃ち殺すことだって容易なのでは、と思うだろうが、先程から浮王目掛けて我々は銃を乱発するが、一発足りとも奴の身体に届いていない。
それは何故か。
その理由は――――奴の周りを守護しているモンスターが盾になっているからだ。
しかもモンスターたちの身体は腐食していて、まるでゾンビのようで、いくら銃弾を撃ち込んでもビクともせずに立っているのである。
浮王は我々の攻撃で、殺されていく人間の仲間たちを見ても眉一つ動かさない。どれだけ死のうがどうでもいいといった感じだ。
「横尾さん! 銃じゃダメだ! 爆弾で一気にモンスターを吹き飛ばせないか!」
「やってみよう!」
横尾さんが指示を出し、数人の者たちが一斉に手榴弾をモンスター目掛けて投げ込む。
「……やったか?」
さすがに爆弾ならばモンスターも一溜まりはないだろう。
そう思いながら爆煙が晴れるのを待っていると、煙を突き破り次々とモンスターが出てきて我々へと向かってくる。
スライムやゴブリンのような弱いモンスターならばまだ良いが、トロルやオーガといった、普通の人間では決して太刀打ちできないようなモンスターまで複数駆け寄ってきた。
どうやら爆弾でモンスターを吹き飛ばしたのはいいが、また新たに出現させたようだ。
「これが……浮王の『ギフター』としての力なのか……!」
今まで彼が表立って戦場に立ったところを見たことがなかった。
よもやゾンビ化したモンスターを使役するなんて、まったく想像だにしていなかったのだ。
これでは戦場において、人間の兵士など彼には必要ないではないか。
それこそいつでもモンスター軍団を出陣させ、敵を圧倒することができるのだ。
つまり今まで俺たちだけじゃなく、他に襲われた連中もそうだが、彼に遊ばれていたということなのだろう。
本気を出すまでもなく、手駒にした人間たちだけで事足りていた。
しかし今回、初めてかどうかは分からないが、手痛いしっぺ返しをくらい、全力で潰しにきたというわけだ。
「銃も効かない。爆弾もいくらモンスターを吹っ飛ばしたところで、次々と新しいのが出てくる……こんなの、どうすりゃいいってんだよ……!」
「諦めちゃダメだ、岡山さん!」
「横尾さん……」
「俺たちが諦めたら、家族はどうなる!?」
「!? ……家族」
脳裏に妻や子供の姿が浮かぶ。もし自分たちが敗北すれば、必ず全員殺されてしまう。
女性などは浮王や醜い男どもの慰み者になってしまうかもしれない。
そんなこと……絶対に許すわけにはいかない!
「うおぉぉぉぉぉぉっ! 俺たちは絶対に勝ぁぁぁつっ!」
「「「「おおぉぉぉぉぉっ!」」」」
俺の奮起に仲間たちの士気が上がる。
そうだ。ここで諦めるわけにはいかない。
何を弱気になっているのだ。もうここにいる『ドミネーター』は奴一人だけなのだ。
奴一人を倒せば、すべてが終わる。この山梨県すべてが支配から解放されるのだ。
ここが踏ん張りどころである。最期の最期まで諦めるつもりはない。
「ククク……クハハハハハ! いいねぇ、そのやる気に満ちた顔……いい、実にいい。実に…………壊し甲斐がある」
浮王から発せられる異様な圧力。それは相手の気力を削ぎ、不安に押し潰すほどの重圧を有している。
俺たちは次々とやってくるモンスターと戦い、徐々に……徐々にだが、浮王との距離を詰めていく。
浮王を守護しているモンスターが立ち塞がる。
俺と横尾さんは、意を決して銃を連発しながら突っ込み、横尾さんが火炎瓶をモンスターに向けて投げつけ、さらにスタングレネードを使う。
モンスターの動きが鈍くなり、明らかな隙が生まれた。
「今だ岡山さんっ、奴の首を取れぇぇぇっ!」
横尾さんが勝利への道を切り開いてくれた。いや、彼だけじゃない。
仲間たちもモンスターの注意を引きつけてくれたのだ。死んだ者だっている。傷ついた者だっている。
それでも臆せず、最後までこの一撃のために力を尽くしてくれたのだ。
「覚悟しろぉぉぉっ、浮王ぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
脇目も振らずに、立ち尽くしている浮王目掛けて突っ込み、そして阻む者がいないところまで来ると、俺は全力で銃を奴に向けて発砲した。
「おららららららららららららっ!」
俺が持つマシンガンが火を吹き、発射される無数の弾丸が浮王の全身を貫いていく。
すでに死んでいるはずの浮王だが、それでも俺は弾が切れるまで止めない。
カチャ、カチャ、カチャ……。
そうして弾が切れたあとは、自然と銃の重さで腕が下がり、盛大に呼吸を乱しながら、目の前にいる穴だらけの標的を睨みつけた。
「ぜぇぜぇぜぇ…………やった………………俺たちが――」
――グサッ!
「…………え?」
刹那、俺の腹部に衝撃が走った。
見ると、何か細い物が俺の腹部を貫いていたのである。
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