第55話 出陣
「――センパイ! もう、遅いじゃないですかぁ!」
真っ先に俺を見つけて飛び込んできたので、俺は軽くかわしておく。
「ちょぉ! そこは抱き止めるとこですよぉ!」
「そんなことより、先輩」
背後で「そんなことより!?」と愕然としている後輩は置いておき、先輩に現状を確かめる。
どうやらファミレス自体に襲撃はなかったようだ。
俺だったら部隊を幾つかに分けて襲撃をするが、どうやらマジで『ドミネーター』は、横尾さんたちを舐めていたらしい。
真正面からたった一つの勢力で押し切れるとでも思っていたのだろう。
まあそのお蔭で、こちらも戦力を一点集中させることができ、素晴らしい戦果を得られたのだか。
俺の話を聞いて、ファミレスに残っている人たちはホッと安堵している。
何せ自分たちの家族が戦場に立っているのだ。誰かが傷つき、そして死んでもおかしくはない。
だから全員が無事だという報告は、何よりの褒美となっているだろう。
「しかし鈴町くん。敵はまだ残っているのであろう?」
「はい。少なくとも、最も危ない奴が」
浮王海燕――アイツが直に出張ってくるのであれば、正直横尾さんたちで何とかなると簡単には思えない。
アイツに会った時、《鑑定》を使ってみたが、まるで情報を得ることができなかった。
恐らく最上級の《鑑定妨害》を獲得しているのだろう。
それほどまでに情報を隠したいということは、俺のように絶対に知られたくないモノを持っているということ。
もしかしたら俺や姫宮のように、《ユニークジョブ》なのかもしれない。
だとすると迂闊に戦闘をするのは危険だ。《ユニークジョブ》は非常に強力で、姫宮のように抜群の汎用性を持っているか、俺みたいに特化型か分からないが、確実に厄介な能力を持っていることになる。
一番良いのは、一刻も早くこの場から逃げることだろう。
しかしせっかく手に入れた武器や食材などを放棄することにもなる。それは彼らにとっては死活問題だ。
だからこそ選択肢としては、浮王を倒すという一択しかないのかもしれない。
だが奴の力は未知数。できる限り危ない橋は渡りたくない。俺一人なら別にいい。身軽に動けるし、逃げることだって容易い。
でも俺には先輩や姫宮がいる。もし彼女たちが浮王に見つかって傷つけられたらと思うと……。
「センパイ? 怖い顔してますよ?」
不意に姫宮の顔が、俺を覗き込んでいた。
「……何でもねえよ。ちょっと散歩し過ぎて疲れただけだ」
「ほんとですかぁ? ……何か心配事なら言ってくださいね?」
「……大丈夫だって」
「それなら良いんですけどぉ」
コイツは人の表情の機微に聡い。ポーカーフェイスに強い俺でも、コイツの前じゃすぐに見破られちまう。だから厄介なんだが……。
俺は探知機を取り出して周囲に『ギフター』が近づいていないか確認してみる。
どうやら今はまだ敵が接近している様子はないようだ。しかし時間の問題だろう。
あの浮王海燕という奴は、逆らう奴には絶対に容赦しないし、手を噛まれたら必ず殺すようなイカれた性格の持ち主だ。
きっと今、大勢の手下を集めてファミレスへと進行を開始していると思う。ただ問題なのは、先行部隊が壊滅したことで、ある程度の情報が浮王の耳に入っていることである。
今度は馬鹿正直に真正面から一点突破などしてはこないだろう。部隊を幾つかに分けてファミレス攻略へと動き出してくるはず。
少なくとも俺ならそうする。圧倒的な戦力があれば一点突破でも構わないかもしれないが、二百人近くいた戦力が一瞬で十数人までに削られたんだ。さすがに警戒して、同じ手は使ってこないはず。
しかしそれから夜に入るまで、敵の襲撃はなかった。
敵が動き出したのは、周囲が暗くなってから間もなくのこと。
探知機に敵勢力の反応が現れたのである。
思った通り、『ドミネーター』は、勢力を幾つかに分けて進行させていた。
横尾さんたちも当然その可能性は考え、仲間を配置しているものの、相手も前回と違って警戒していることから、そう上手く撃退することはできないかもしれない。
「センパイ……私たちはここで待機するんですかぁ?」
「当然だ。一歩外に出たら戦場だぞ。お前、人殺しをしたいのか?」
「そ、それは……嫌ですけど……でも岡山さんたちが……」
やはりコイツは情に脆い。少しでも縁があった者たちが苦しむ姿を見たくないのだ。
「彼らも覚悟をして武器を手にしてるんだ。ここを……家族を守るためにな」
「そうだよ姫宮くん。気持ちは分かるが、ボクたちは余所者だ。本来ならここから逃げることを選択するべきだよ」
「じゃ、じゃあ何でこうして待機してるん……ですか?」
「それはきっと……見届けるため、なのだろう鈴町くん?」
「……センパイ?」
二人が俺の顔を見つめてくる。
「……これからこんなことは何度も経験するだろう。知り合って仲良くなった相手が、数分後には死んでる……そんな状況だってある」
「! ……っ」
姫宮は恐らく【江ノ島】の婆さんのことを思い出していることだろう。
「だから姫宮、お前は知るべきだ。どうしようもない状況だってあることを」
「っ……センパイは、岡山さんたちが全員殺されると思ってるんですか?」
「……それは何とも言えん。ただ……大勢の犠牲者が出ることは確信してる。これはいわば――戦争なんだからな」
前回の戦いで無傷だったのは、あくまでも相手が油断していたからだ。こちらに大した武装などないと。
しかし今回は違う。敵も相応の兵力を駆使して攻めてくるはず。
そうなれば無傷で勝利することなどほぼ不可能だ。
静寂に包まれていた夜闇に、銃声や爆発の音が響き渡る。
どうやら戦闘が開始されたようだ。
「センパイなら……センパイのスキルなら、みんなを助けられるんじゃないですか?」
「姫宮くん、確かに鈴町くんの能力は反則的に強力だ。しかしできることは限られている。それは君にも分かっていることだろう? それにそれは鈴町くんに人殺しを強要しているのと同じだぞ」
「っ……はい。すみません、センパイ。酷いことを言っちゃいました」
「気にするな。お前がそういう優しい奴だって分かってる。だからこそ千羽だってお前に懐いてるしな。けど……世の中には絶対はないし、どうしようもできないことだってある。俺にも……優先したいことがあるしな」
「優先……したいことですか?」
「お前らの安全だ」
「!? ……センパイ」
「特にお前を傷つけたら、千羽に何を言われるか分かったもんじゃねえしな」
一生口を聞いてもらえないかもしれない。それは嫌だ。何故なら俺はシスコンだからだ。
「ここで彼らの戦いを見届けろ。どんな結果になったとしても、決して目を逸らさずに、な」
姫宮にとって、見たくない現実にまた苦しめられるかもしれない。
でも今後、マジでこんなことは多々あるだろう。もしかしたら姫宮の身近にいる人が殺される可能性だってある。俺や先輩がそうなることも。
その時に、少しでも耐え抜けるような心を養ってもらいたい。間違っても後を追うようなことはしてほしくないのだ。
だからこそ俺は、危険だが待機という道を選んだ。
これも【江ノ島】での姫宮を見たからだ。ただ先輩には申し訳ないことをしているので、事前に彼女には先にここから離れるように言った。
だが先輩も「一蓮托生だ」と、傍にいることを選んだのだ。自分もまた、岡山さんたちの戦いを見届けた方が良いと判断したからと口にしたのである。
「センパイ! 私、ここにいる人たちを元気づけてきますね!」
いきなりやる気を見せた姫宮は、不安に岡山さんたちの帰りを待っている人たちのもとへと向かって行った。
「まったく、君は後輩思いだね」
「んなもんじゃないですって。ただ……こんな世の中ですから。アイツは純粋過ぎます。理不尽や不条理に、もっと慣れとくべきだって思ったんですよ」
「そういうことにしておこう」
いや、マジでそうなんだけど……。ん? 探知機の赤い印が少しずつ減っていってる。岡山さんたち、頑張ってるみたいだな。
それでも……と、銃声が響く向こう側に視線を送る。
たっぷりと武器はあるものの、相手は油断のない『ギフター』たちと、多くの無法者たちだ。数に押され、そのうち迎撃も苦しくなってくるはず。
「! 東側から銃声がしなくなったぞ、鈴町くん」
「……全滅、ですか」
敵はファミレスを目的にして、東西南北に部隊を分けて進行してきていた。
当然岡山さんたちも、部隊を四つに分けて対応しているはずだが、いかんせん勢力差がある。
岡山さんたちも優れた銃器で敵勢力を削っただろうが、『ギフター』に魔法のような力を駆使されると、その対処に手が届かずにやられる可能性は十分に高い。
ただでさえ身体能力も『ギフター』たちの方が圧倒的に上なのだ。接近されたら確実に負ける。その上、スキルを使われると対応し切れないかもしれない。
恐らく東に向けた部隊は、そういった不安要素に敗れてしまったのだろう。
「探知機によると、東には四人の『ギフター』が残ってるのか」
それ以外の連中が何人いるかは分からないが、そのうちここへとやってくるだろう。
「……先輩」
「……行くのかい?」
先輩が辛そうな表情でそう尋ねてきた。
「はい。ここを戦場にするわけにはいきませんから」
「……だったらボクも」
「いいえ、先輩には姫宮の抑えを頼みたいんです」
「! …………承知した」
俺は軽く深呼吸をすると、出口へ向けて歩き出す。
「鈴町くん!」
「……?」
「…………武運を」
「安心してください。俺は――強いですから」
それだけを言うと、そのままファミレスから東に向けて走り出した。
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