第53話 死覚
俺が放った銃弾が奴の額を撃ち抜くと、鮮血を噴き出しながら、そのまま仰向けに倒れた。
意外に呆気なかったと思いながら、近づいてさらに胸、腹部と銃弾をくれてやる。
どうやら最初の一発で即死したようで、二回目以降の反応が一切なかった。
「バカが。俺の下についてりゃ、死なずに済んだものをよぉ」
事切れた奴の頭を軽く蹴る。グラリと力なく横向きになり、額から大量の血液が地面へ流れていく。
「あ~あ、せっかく良い玩具が手に入ったと思ったんだがなぁ」
レベルが低いとはいっても、これだけの人数の『ギフター』相手を返り討ちにした手腕。是非とも懐に収めておきたかったが仕方がない。
俺に逆らう意思を持つ奴を生かしておけないからだ。この街は俺が支配する街。
誰もが俺に従うべき楽園なのだ。
そしていずれ領土を広げ、すべての人間が俺にひれ伏す王国を作ってみせる。
この世で最も気高く、最も強い存在が誰かを皆が知ることになるのだ。
最強といえば、と聞かれると全員が俺を思い描くような世界にする。
「そうすればきっと喜んでくれるよなぁ…………ママ」
そうだ。この俺の力は、すでにこの世にいないママがくれたもの。そうに違いない。
この力ですべてを手に入れろということだ。
だから俺は歩みを止めない。必ずこの天下、治めてみせる。
「クハハ……さぁて、次はどうするかなぁ。まずは虫の掃除でもするかぁ」
俺は天下取りのための次なる策を思い浮かべながら、その場をあとにした。
※
「…………行ったか」
俺はむくっと起き上がり、やれやれと大きな溜息を吐いた。
「まさかしょうがなかったとはいえ、死体の中で横になるなんて思わなかったぞ」
死体というのは、もちろんあの浮王に殺された連中のことだ。
俺はその中でスッと立ち上がり首をゴキゴキッと回す。
「にしてもとんでもなく危ねえ奴だなアイツは」
見た目もそうだが、呼吸するように自然に人を殺せるのだからイカれているとしか思えない。
「けどどうやら奴には俺が死んだって思わせることができたみてえだ」
今、俺の身体は一切の傷はない。
銃弾に撃ち抜かれたはずの額や身体にも、血液一滴付着していない。
だったら何故浮王が、俺を殺したと判断して立ち去ったのか。
その理由は、俺の新しい《死眼》の力――【死覚】。
これはステージⅢになった時に会得した技だ。
能力としては、対象者に対し、〝死〟に関する錯覚を与えること。
あの時、浮王から殺意を感じた俺は、すぐさまこの力を使った。
浮王は俺が〝死ぬ錯覚〟を見せられていたはずだ。だからこそ、無傷であるはずの俺を放置して立ち去ったのだから。
アイツを殺しても良かったが、ここで死んでいる連中とは比べ物にならないほど強く、【死線】でもかなりの時間を要することが分かった。
だから【死覚】を使い、この場を乗り切る道を選んだというわけである。
ちなみに【死覚】を使用している間は、失明状態となって視界が真っ暗になるので、あまり動くのはよろしくない。
心眼とかないし、目を閉じたまま逃げられるほどの土地鑑もない。
ステージが上がれば、この制限やリスクも緩和するらしいが、それは今後に期待である。
「……これからどうっすかなぁ。何かウロウロしてると、またあのヤバイ奴に出くわしそうだしな。…………帰るかね」
すると直後、先輩からコールが入った。
「はいはい、どうしました先輩?」
「鈴町くん! 至急ファミレスへ戻ってくれたまえ!」
何やら血相を変えた様子の先輩の声音に、俺も思わず気が引き締まる。
「何かあったんですか?」
「ああ。このファミレスに向かって、大勢の『ギフター』が迫ってきているようなんだ」
「何だって? それ、マジですか?」
「探知機の反応だから間違いないだろう」
「数は?」
「……五十」
五十か……結構な数だ。普通の人間なら多くはないと判断できるが、全員が『ギフター』なら、戦力としてはその数倍の数の人間と相対すると考えた方が良い。
「それに例の『ドミネーター』なら、問答無用でここを襲いにかかってくるだろう。きっと『ギフター』だけじゃなく、野蛮な一般人もいるだろうから、大層な戦になるやもしれん」
「状況は分かりました。まあ岡山さんたちには多くの武器を持たせているし、そうそう簡単に潰れるとは思いませんけど、俺も急いで戻ります」
先輩が「頼む」といってコールを切った。
さっそく俺はファミレスへ向けて走る。
それほどの数の『ギフター』が徒党を組んで押し寄せてきているとしたら、まず間違いなく『ドミネーター』だろう。
ここらで数十人規模のギルドなど、『ドミネーター』しかいないと聞いたから。
ただ怖いのは人数よりもアイツ……浮王だ。
今さっき俺と別れたばかりだから、その場にいるとは思えないが、アイツがファミレスの状況を知ると、何が何でも虐殺して武器を奪おうとするはず。
あそこには食料だってたくさんあるのだ。まさに宝の山である。
岡山さんのコミュニティは、『ドミネーター』に歯向かっている数少ない集団だ。
もしかしたら本格的に浮王が潰そうと動き出したのかもしれない。
こんなことなら結構遠くまで出張ってくるんじゃなかった。
別にファミレスが壊滅したところで、俺にとっては極端な話どうでもいい。
だが先輩と姫宮が戦いに巻き込まれ、傷ついたり死んだりするのだけは許容することはできない。
もしそんなことをする連中がいるのなら――。
「――殺してやるからな」
俺は輝きを失った漆黒の瞳で前を見据えていた。
※
現在、ファミレスの地下に大勢の女性が子供たちが詰め寄っている。
男たちは完全武装し、大切な家族を守るために外で待機していた。
そしてボクと姫宮くんは、ファミレスの中で探知機と睨み合い中だ。
「これ全部『ギフター』なんですよね? さすがにヤバくないですかぁ?」
「そうだね。どんなジョブを持っているのかも分からないし、君や鈴町くんみたいにユニークかもしれない」
「うわ、話し合いで解決……しそうにないんですよねぇ」
「ああ。岡山さん曰く、以前『ドミネーター』の要求を突っぱねて反感を買ったようだしね。恐らくはそのことをギルドマスターである浮王とやらの耳に入り、本格的に潰しに来たという可能性が高い」
「……その浮王って人を先に倒しちゃえばいいんじゃないですかねぇ」
「そう簡単にはいかないだろうよ。将棋だってチェスだって、皆が王を守るために動く。その防壁を突破して、ようやく王に刃を突きつけることができるのだから。しかし防壁関係なく、一瞬で王を討つことができる者もいる」
「……! センパイ、ですね?」
「うむ。彼ならば防衛網など関係なく、距離が離れていても、視るだけで打ち取ることができるからね」
「でもぉ……人を殺すってことですよね?」
そう……そうなのだ。
鈴町くんだって、他の『ギフター』と戦ったことがあるのは知っている。
しかしその都度、圧倒的なレベル差による力でねじ伏せてきた。ただし殺してはいない。
ああ見えて鈴町くんは優しい。甘い……ともいえるかもしれないが、彼はできることなら人を殺すようなことはしたくないだろう。
ボクだって姫宮くんだって同じだ。誰が好き好んで人を殺したいだろうか。
だが此度、そんな甘いことを言っていられないかもしれない。
聞いたところ、『ドミネーター』に所属しているほとんどの『ギフター』は、すでに人殺しを経験している者たちばかり。
何せ公開処刑などといったバカげたことを平気で行うような連中だ。
それに一番厄介なのは、そんな恐ろしい人間たちを束ねているトップ――浮王海燕。
こんな話がある。
以前小さな子供が、彼に小石を投げたことがあるのだ。
その時に彼がした行動は、子供の手足を折り、目の前でその子供の母親の命を奪った。
最後に泣きじゃくる子供を――殺した。
残虐非道という言葉すら逃げていくような悪魔のような所業だ。
こんな相手と融和できるわけがない。すでに怒りを買っている岡山さんたちは、間違いなく粛清の対象になっている。
だからこその、今回の攻め入りなのだろう。
どう考えてもここが戦場になるのは必至。
岡山さんたちは、できるだけファミレスに被害を出さないように、外の建物内や物陰に潜み、敵を迎え撃つ作戦のようだ。
横尾さんのレクチャーを受けたとはいっても、戦いに素人な者たちばかり。
それに圧倒的に人数もこちらが下。有利な点は武器の豊富さと、待ち伏せができる点だ。
向こうはまだこちらが襲撃に気づいているとは思っていないはずだから。
「今センパイはこっちに戻ってきてるんですよね?」
「ああ。まさかこのようなことに巻き込まれるとはな。いっそのこと車を出して逃げるという案もあるが」
「そ、そうですねぇ。その方が安全かもです……けど」
姫宮の表情に陰りが浮かぶ。
無理もない。彼女はどうも他人に情を向けやすい性格だから。
たった一日でも、ずいぶんとここの人たちと仲良くなったみたいだ。特に同年代頃の女子とは本当に楽しそうに会話をしていた。
それに……まだ彼女の中では、【江ノ島】の件もくすぶっていることだろう。
助けられたかもしれない命。それを失ったことで、彼女の心には深い傷が刻み込まれているのかもしれない。
「とにかくボクたちが動くのは、彼が戻ってからにしよう」
「は、はい。センパイ……早く戻ってきてくださいよぉ」
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