第52話 浮王海燕
巨大なナメクジのような気色の悪い物体で、ウネウネニュルニュルと、きっと姫宮がここにいたら真っ青な顔をして逃げたと思う。
鑑定結果によると、レベルもそう大したことはなく、名前はブルースラッグというらしい。
「ちょうど暇だったし相手するか」
俺は腰に携えていた《新羅》を抜き、そのまま駆け寄っていく。
相手は鈍重で、いまだ俺には気づいていない様子。
その隙に背後から斬りつけてやると、パッカリと綺麗な傷口が生まれる。
しかしブルースラッグは、悲鳴も上げない。
それどころかそのまま傷口が広がっていったと思ったら、真っ二つに分かれて、それぞれが違う意思を持つように動き始めた。
「分裂……した? プラナリアかよ」
驚異的な再生能力を持つ生物であるプラナリア。コイツも例えば身体を三等分にすれば、三匹のプラナリアとして誕生するという不可思議な生物である。
「しかも大きさも変わらねえか」
普通分裂していけば小さくなるのが当然のように思えるが、大きさも元の一体だった時と比べても遜色ない。
俺は試しにもう一度一体を斬りつけたが、やはり二つに分かれて分裂した。
「なるほどな。単純な物理攻撃は通用しないってか」
こういうモンスターも中にはいるのだ。
「う~ん、めんどくせえから逃げようかな」
速度は遅いし、逃げたところで追っては来れないだろう。
そう思った直後、どこからか矢が飛んできてブルースラッグに突き刺さった。
するとその矢から発火し、炎がブルースラッグを包み込んでいく。
そこで初めてブルースラッグが、苦しそうにもがきながら甲高い悲鳴のようなものを上げる。
だが炎は消えることなく、ブルースラッグはそのまま燃え尽きてしまった。
俺は矢が飛んできた方角を確認すると、建物の屋上からの狙撃であることが分かった。
そこにはボーガンを構えた二人の人物がいて、さらに矢を発射してくる。
……は?
俺が目を丸くしたのは、その矢の一本が完全に俺へと向かって飛んできていたからだ。
舌打ちをしながら俺は身を翻して、矢から回避する。
矢はそのまま地面へと刺さった。もう一本は、ブルースラッグに命中し倒している。
やっぱ俺を狙ってやがったな……!
そこへ建物の路地からも数人の人間がワラワラと姿を見せ、俺を取り囲み始める。
その間にも、再度矢は放たれ残りのブルースラッグが討伐された。
コイツら……何者だ?
明らかに好意的な態度じゃない。何せ命すら狙ってきたんだ。
それにいつでも俺を攻撃できるように、全員が武器を構えている。
刹那、周りを取り囲っている連中が動き出し、俺に向かって突撃してきた。
どうやらやる気みたいなので、俺も全力で対応させてもらう。こんなところで死ぬつもりなどないからだ。
向かってきた男たちの攻撃を回避しながら、刀で腕や足を斬りつけていく。
男たちは驚愕の表情を浮かべ、次々と地面に倒れ伏す。
悪いがレベルの差があり過ぎるんでな。
コイツらの中で、一番高くても20程度だ。本気を出せば正直にいって相手じゃない。
一人、また一人と倒していくが、その最中にも二人の弓使いから矢が飛んでくるので要注意だ。
飛んできた矢を交わしたり、コイツらを盾にして捌いていく。
そしてものの一分ほどで、この場に立っているのは俺だけとなった。
さすがに勝てないと思ったのか、弓使いもいつの間にか姿を消している。
俺は両足から血を流し苦悶の表情で蹲っている一人の男の胸倉を掴んだ。
「おい、いきなり何のつもりだ?」
「くっ……このバケモノが!」
「……ほう」
俺は刀身を男の首に添える。
「このまま殺してやろうか?」
「ちょ、ちょっと待ってくれっ! お、俺たちはただ命令されてやっただけなんだっ!」
男が慌てて言い訳を口にした。
「……命令? 誰のだ?」
そう尋ねた時、だ。
「――――俺だよ」
不意に聞こえた声は、ブルースラッグが出てきたパチンコ店から出てきた人物からのものだった。
その男は、見た目からしても異様さを際立たせていた。
血のように真っ赤な髪に真っ赤なトレンチコート、真っ赤なパンツに真っ赤なブーツと、まるで全身に血を浴びたようなスタイルをしている。
眉毛もない三白眼で目つきも悪く、鼻や耳だけでなく唇にもピアスをした、普通だったらお近づきになりたくない人物だ。
そんな男が何を思ったかニヤニヤとしながら拍手をし始める。
「やるじゃねえかぁ、余所者。合格だ」
「……合格?」
「そうだ。てめえを俺の配下に加えてやるぜぇ」
「は?」
いきなり何をトチ狂ったことを言いやがんだコイツ?
「喜べ。お前は晴れてこの俺――
そのギルド……!
岡山さんに聞いていた名前を一致する。
この街を恐怖のどん底に陥れている最悪のギルド。
つまりコイツが例の――支配者を気取ってる札付きの悪ってことか。
「ふ、浮王さん……すみません! コイツ……バカみてえに強くてぇ!」
倒れている者たちが、縋るような眼差しで浮王に声をかけた。
しかし――。
「あぁ、けどまずは役立たずの処分が先だなぁ」
いまだ地面の上でもがいている連中に、その冷徹な視線を向けた浮王は、懐から取り出した銃で、何の躊躇いもなく仲間の頭を撃ち抜いた。
――!? コイツ……!
「お、お願いしますっ! もう一度チャン――ッ!?」
生を懇願する男たちの命を、次々と刈り取っていく。
別に俺の命を狙った連中なんで、どうなろうと知ったことじゃないが、見ていて気分の良いものではない。
だが浮王という男は、まるで虫でも踏み殺すような表情で、最後の一人の命をこの世から奪った。
そして俺の顔に再び視線を戻し微笑を浮かべる。
「悪かったな。こんなクソ弱え連中をお前に差し向けてよぉ。これで詫びにしてくれやぁ」
なるほど。確かにコイツは異質だ。同じ人間とは思えないほど歪んでいる。
「さあ、俺の拠点へ案内してやろう。ついてこい」
「断る」
「……あぁ? ……今のはぁ、冗談か何かかぁ? 俺はついてこいって言ったんだぜぇ?」
「だから断ると言った」
「てめえ、立場分かってんのかぁ?」
「あいにく立場なんてもんは俺たちの間には存在しねえよ」
すると何も言わずに、今度は俺に向けて銃をぶっ放してきやがった。
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