第48話 山梨県へ

 【江ノ島】で悲劇を体験した俺たちは、パーキングエリアで一晩を過ごすことになった。

 そして翌日、午前九時には再び出発して、次なる目的地である山梨県へと向かっていた。


 山梨県といえば、『富士五湖』に数えられる河口湖が有名だ。湖畔沿いには温泉宿もあり、普通の観光なら宿で一泊してほんのりとするのも良い。

 他にも同じ『富士五湖』の山中湖には、日没時に太陽と富士が重なって輝く『ダイヤモンド富士』を拝める絶景が広がる。


 また標高約670メートルの高台にある【ほったらかし温泉】という露天風呂も人気だという。とても開放的な場所で、景色がとても良いらしい。


 しかし何といっても、やはり山梨県といえば【富士山】であろう。

 日本一の山にして世界遺産。


「車でも観光できるらしいですし、やっぱり一度は行ってみたい場所ですよねぇ!」


 婆さんのことは吹っ切れたのか、今はもう明るいいつもの姫宮に戻っていた。


「ふむ、ドライブをするなら富士スバルラインがお薦めみたいだな。河口湖から五合目までの約30キロの山岳ドライブウェイらしい」

「じゃあ先輩の言う富士スバルラインに乗りますか。さすがに徒歩で登山するのは疲れそうですし」


 あまり登山にも興味ないので、さら~っと観て回るくらいが俺的にはちょうど良い。


「あ、でもでもぉ、もしかしたらダンジョン化してるかもですよぉ、センパイ」

「富士山規模のダンジョンだとなると、モンスターも尋常じゃないほど強いだろうなぁ」

「姫宮くんの懸念ももっともだが、それは行ってみなきゃ分からないと思うぞ」


 それもそうだ。とりあえずは富士山目指して進む方向に決まった。


「そういえば山梨県って何が美味しいんでしたっけ? 梨?」

「お前、それ完全に県名から決めつけたろ?」

「じゃあセンパイ知ってるんですか?」

「知らん。興味もねえ」

「はぁ……これだからセンパイは」


 何だよその呆れたような言い方は。しょうがねえだろ、興味がないんだから。


「山梨県はワインの産地でも有名だからな。ぶどうの生産量は国内で最大だよ。あと他にももや、すもももそうだね」

「ほえ~、愛葉先輩ってば物知りですねぇ」

「先輩は一度読んだ書物の内容は絶対に忘れないからな。俺だったらたとえ本で読んでたとしても完全に忘れてるけど」


 だって興味がないし。もう何度目か分からんが、とりあえず言い訳しておく。


「ご当地グルメとしては《ほうとう》や《鳥もつ煮》などかな」

「あっ、どっちも聞いたことありますぅ! 《ほうとう》って一度食べてみたいって思ってたんですよぉ。センパイ、作ってください!」

「そこは店で食べるという発想はないのね」

「だってぇ、今はどこの店もやってないと思いますし……」


 まあ確かにその可能性は大だな。作れることは作れるが、俺だってできれば本場のものを食べてみたい。


「もしかしたらどこか食べさせてくれる場所もあるかもしれないぞ。まあ限りなく可能性は低いだろうが」


 食糧難のこの時代に、わざわざ他人に食わせる飯なんて普通はないだろうからな。


「う~ん、富士山だけってのも寂しいですしぃ。やっぱ何か美味しいものを食べたいですねぇ」

「〝ショップ〟で買えば?」

「それじゃ夢も味気もないですよぉ!」


 だってその方が手っ取り早いぞ。多分売ってると思うし。


「とりあえずドライブしながら山梨県を回れば良いのではないかな?」

「そうですね。先輩の意見を採用していきましょう」

「さんせーい!」


 と、そうこうしているうちに、もう富士スバルラインの入口が見えてきた。

 本来なら有料道路なのだが、誰も人はいないのでそのまま料金所をスルーして中へと入って行く。


 周りは豊かな森林に囲まれていて道路以外は自然が視界いっぱいに広がっている。

 時間的に四十分くらいで五合目に到着するらしいが、せっかく他の車や人もいないので、ゆっくりと登っていくことにした。


 三合目ほどまでに来ると、富士山もくっきりと視界に捉えることができる。どうやら今日は天気に恵まれていた。

 そのまま五合目まで来ると、そこにはロータリーがあって売店なども建てられている。


 幸いここまでモンスターに遭遇しなかったので、どうやら我らが日本一の山は穢されていない様子だ。


「ひゃあ~、これは絶景ですねぇ!」


 俺も姫宮に賛同だ。

 これはなかなかに感動する景色だ。


 山頂からじゃなくても、ここからでも十分に素晴らしい光景を拝むことができる。

 例の『富士五湖』が足元でキラキラと輝き、南アルプスや秩父山地などを見渡す雲上の世界が広がっていた。まさに感嘆の域にある絶景である。


「こうして見ていると、まだまだ世界は美しいものだということを実感できるね」

「そうですね。でもまあ人間がもし存在しなかったら、きっと地球はもっと綺麗ですけど」

「そこでそういうことを言えるのだから君らしい。素直に感動だけをしたらどうかね?」

「感動してますよ。人並みに」

「センパ~イ! 写真撮りましょう写真!」


 スマホをブンブンと振り回している後輩がいる。

 どうせ断っても無理なのは分かっているので、俺たちは雲上の別世界をバックにして写真を撮った。


「えへへ~、これでまたセンパイとの思い出が一つ増えましたねぇ! 将来子供に見せてあげましょう! きっと喜んでくれますしぃ!」

「は? 何で父親でもない男と一緒に映ってる写真を子供が喜ぶんだよ?」

「へ?」

「へ?」

「「…………」」


 あれ? 何この沈黙? それに何でハイライトが消えた目で姫宮が俺を見つめてきてるのかな? 何か変なこと言ったっけ?


「はぁ……やはり君は君だね、鈴町くん」

「え? いや……そりゃそうでしょうよ」

「そういうことではなくてだね。……姫宮くん、こういう男なのだから気にしても仕方ないよ」

「……まあ知ってましたけどねぇ。むぅ~」


 何でいきなり不機嫌になるのか。俺は正しいことを言ったはずなのに……。


「あ、あー俺ちょっとトイレに行ってくるわ!」


 この場にいてはいけないと本能で察知し、俺は近くに設置されているであろうトイレを探して駆け出した。




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