第49話 山梨県の現状
神奈川と違って、意外にも事件らしい事件は起きず、俺たちはひとしきり絶景を楽しんだあとは、富士山を眺めながら下山することになった。
あとは姫宮の望み通り、何か美味しい物でも食べにいく予定ではあるが、この状況で店をやっている人はいるのかは疑問だ。
神奈川の婆さんの店は、あくまでも例外といえるものだったはずだから。
「んー、やっぱお店はどこに開いてなさそうですねぇ」
それどころか人気もほぼない。平気で動き回っているとしたら『ギフター』の可能性が大だろう。
ただこの県にも、当然コミュニティやギルドがあるので、集団で街を散策している姿を捉えても不思議ではない。
それにこちらとしても人がいないところで、商売を始めても意味がないのだ。
「あ、センパイ! あそこ! あそこに人だかりがありますよぉ!」
姫宮が指差す方角には、確かに十数人規模の人々がいた。《鑑定》すれば、全員が一般人であることがわかる。
一応武器などを保持しており、列を為してどこかに向かっていた。
俺たちがそんな集団に近づくと、集団もまた俺たちに意識を向けてくる。
すると車から窓を開けて姫宮が「皆さん、どこかお出かけですかぁ?」と尋ねた。知らない連中に、物怖じ一つしないでコミュニケーションを取れるコイツがいて本当に助かる。
「何だ君たちは? もしかして『ギフター』か?」
「そうですけどぉ」
姫宮が認めた直後、連中が明らかに警戒し怒気を含ませた声を飛ばしてきた。
「だったらさっさとどっか行ってくれ!」
「へ……?」
「どうせまた俺たちから奪おうってんだろ!」
「いえ、ちょっと……」
「そんなに弱い者から搾取して嬉しいか、この悪魔めっ!」
お、それは当たりだ。そいつは間違いなく『悪魔』だからな。
「ちょ、落ち着いてくださいよぉ! 私たちは東京からやってきて、地元民じゃないんですからぁ」
「……は? 東京から? ……何しにココへ来たってんだ?」
「実家がある滋賀県に向かう途中なんですよぉ。だから別に皆さんから何かを奪おうとか思ってませんからぁ」
姫宮のその言葉に、一目見て分かるくらいにホッとする連中。一瞬、ここで抗争が始まるのかと不安になったが、どうやら話は通じる相手のようだ。
「奪うとか、この街の『ギフター』ってそんなことしてるんですかぁ?」
「東京じゃそういう略奪とかは無いのか? ここ……というか、他の地域だって別に珍しくねえって聞いたが」
姫宮が説明を求めるように先輩に顔を向けると、先輩は難しい表情で口を開く。
「確かに東京でも『ギフター』が一般人から搾取している話はある。しかしどこにでも偽善者ってのはいるものでね。ボクたちの街を例にすると『ギフトキャッスル』さ。ああいうギルドが、あくどいことをする人間を処罰しているよ。まあ一種の警察のような役目を担っているということさ」
平和や秩序を重んじる天都凛の理想を叶えるには、確かに無秩序に暴れる連中はたとえ『ギフター』だろうが普通の人間だろうが許せないだろう。
少なくても俺たちが住んでいた街では、天都凛たちの活動によって無法地帯の中でもまだマシな方だと先輩は言う。
しかし力を持った者たちの暴走は減ることはなく、あちこちで大勢の人間が被害に遭っていることもまた事実だ。
俺だって襲われたことあるしな。そういう人間が出てくるのは至極当然の話である。
「そっか。お前さんたちの街はまだ安全なんだな。……けどココは違う。ココじゃ『ギフター』は絶対で、逆らうと普通に殺されちまう。実際にもう何十人もやられてる。俺らの家族や友人も、な」
だから常に団体行動を心掛けているらしい。そうすれば一人二人くらいの『ギフター』なら、返り討ちが怖くて攻めてこないから。
東京も酷くなったと思ったが、山梨県はまた輪をかけた無法地帯になっているようだ。
「そのぉ、ココには正義感溢れる『ギフター』はいないんですかぁ?」
「誰も彼も身内主義さ。家族は守るが他人はどうでもいいってな」
まあ、それは不思議なことじゃない。こんな時代に突入して、誰が他人を助けようと思うだろうか。いや、思って行動したといてもメリットがない。
俺だって身内や信頼できる者たちには気を配るし、戦うことだって辞さないが、薄い繋がりでしかない他人を守ろうとは思わない。
「それに最悪なことにな。この街には昔から札付きの悪がいて、最悪なことにそいつが『ギフター』になっちまったんだよ」
聞けばガキの頃から鑑別所や少年院に世話になり、刑務所にまでぶち込まれたという犯罪歴が豊富な男らしい。
とにかく昔からケンカが強く、ヤクザでさえ敬遠するほどのイカれた奴とのこと。
そんな奴が『ギフター』になり、まさかのギルドまで創立して山梨県すべてを手中に入れようとしている。
すでにこの街は、そんな男の支配下にあって、逆らえば簡単に殺されてしまうのだという。
しかもそのすべてが公開処刑で、力を持たない一般人は特に恐怖し、誰も逆らえなくなっている。
「どこにでも狂気に満ちた存在というのはいるものだね」
やれやれと先輩も呆れたように深く溜息を零している。
「てっきりお前さんたちも奴の仲間だって思ったんだよ」
「違いますってばぁ。私たちは善良ですもん! 奪う側というよりは与えるためにココに来たって言っても過言じゃありませんし」
「与える? どういうこった?」
「んふふ~、実はですねぇ……私たちは移動販売を行ってるんですよぉ」
「移動……販売だって?」
「はい~。衣服、日用品、食材、その他もろもろ欲しい物をお客さんに売る商売なのですぅ」
すると集団が一気に沈黙し、しばらく静寂に包まれたが――。
「そ、それは本当かっ!?」
「きゃっ!? うぅ……いきなり大声出さないでくださいよぉ」
「あ、ああ悪い悪い! それよりも今言ったことは本当なのか!」
「本当ですよぉ」
「何でもか!? 食材はもちろん、武器なんかも売ってくれるのか!」
なるほど。身を守るためには必須だろう。連中が手にしているのは鉈や鉄の棒など、確かに武器になる代物だが、『ギフター』相手には心許無いものだろう。
自営するためには、より強力な武器が必要になる。
「ええ、武器も売ってますよぉ」
「銃は!? 銃なんかも売ってくれるか!」
姫宮が「もちろん!」と笑顔で答えると、男たちが感動するかのように「おお~!」と声を揃える。
「あ、でも一応商売ですんで、見返りは欲しいんですけどぉ」
「み、見返り……まあ無料なんて良い話はねえよな。……けど何が欲しいってんだ?」
「分かりやすいのでいえばお金ですねぇ」
「金? ……いや、この現状で金なんか欲しいのか?」
驚くのも無理はないだろう。貨幣価値なんて今じゃクソの役に立たない状況なのだから。
「他にも高額な物品や貴金属なんかでも構いませんよぉ。少し前まで、この世界じゃ価値あるものだった……そういう代物でもOKですぅ」
「それならある! だから武器や食料を売ってくれっ!」
男が言うには、ちょうどこれから街を見回り、有効活用できる武器や食材などを手に入れようとしていたところだったらしい。
俺たちが現れたのは、彼らにとってはタイミングが良かった。
「それじゃここで?」
「いいや、できれば俺たちの拠点まで来て欲しい。あそこにでっかいビルがあるだろ? その近くにファミレスがあるんだ。そこで俺たちは身を寄せている」
姫宮が「どうしますかぁ?」と俺に尋ねてくる。
拠点に向かう……か。見たところ本気で武器や食材などをゲットしたそうだ。
これが罠……という可能性は低いか。
いきなり囲まれてリンチ……ってなこともあるかもしれないが、むざむざ欲しいものを手に入れられるチャンスを逃すとも思えない。
「…………分かった」
だが警戒はしつつ、彼らのホームへと向かうことになった。
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