第47話 これが現実

 何となく姫宮が元気なさそうな雰囲気だが……。


「…………センパイ」


 その声音とタイミングで、彼女が何を言いたいか分かった。


「ダメだぞ」

「!? ……私の言いたいこと分かるんですか?」

「神社を攻略しようって話だろ?」

「っ…………どうしてダメなんですか?」

「お前は情に脆過ぎる。あんま他人に深入りしない方が良い」

「で、でも! あのお婆ちゃん! ずっとあそこで暮らすって! 一人でっ! ……もしかしたらモンスターにだって……」

「そうだな。襲撃されて殺されるかもしれねえ」

「なら!」

「けど神社を攻略しても、他の場所がダンジョン化したらどうするんだ?」

「! ……それは」

「ここには建物だらけだ。そのすべてがダンジョン化するのを待つのか? そしてその度に俺たちが攻略する? どんだけ時間がかかると思ってるんだ?」


 俺の言葉に反論することができないのか、姫宮は顔を俯かせて押し黙った。

 先輩もまた俺の言うことの理を解かっているようで何も言わない。


 確かにあの婆さんは良い人だ。できれば生きていてほしい。あの店だって大事にしてもらいたい。

 だが自分たちの時間を大幅に捧げるほどの関係性なんてないし、俺は積極的に助けようとも思わない。 


 あの場に残っているのは、あの婆さんの意思だからだ。その覚悟もあろう。

 なら俺は、ただ婆さんの望み通りの生を全うできることを祈ることしかできない。


 姫宮の気持ちは痛いほど分かるが、会う人会う人をいちいち助けていたらキリがないし、割り切ることだって必要になる。


 ――だがその時だった。


 突然背後の方から大きな音――何かを破壊する音が聞こえ、思わず俺たちは振り返ってギョッとする。

 何故なら音がした方角が、婆さんの店がある場所からだったからだ。


「お婆ちゃんっ!?」

「お、おい姫宮!」


 姫宮が血相を変えて、悪魔化した状態で空を飛びながら急いで店へと向かって行った。


「あーもう! 先輩、追いますよ!」

「うむ、了解した!」


 俺たちも姫宮のあとを追い、再び商店街を突っ切っていき、そして――。

 店の中では姫宮がペタリと座り込んでいた。


 その腕には、すでに事切れているのか、腹部から血を流して動かない婆さんを抱えている。

 店の中はボロボロで、何かが暴れ回っていたような形跡があった。


 商品が入ったケースも崩れ、壁に飾られている写真も床に落ちてしまっている。

 神社から出てきたモンスターがピンポイントにここを襲撃したとは時間的に見ても考えにくい。


 恐らくは運悪く、この店自体がダンジョン化したのだろう。


 本当に…………タイミングが悪かった。


 もう少し俺たちが長く滞在していたら、きっとまだ婆さんの命はあっただろう。

 ダンジョン化が解けているということは、姫宮がコアモンスターを討伐したのだろうが。


「…………姫宮」

「…………センパイ……間に合わなかったです」

「お前のせいじゃない」

「っ…………」

「しょうがないことだったんだよ」

「でもっ! ……でもぉ……」


 婆さんの亡骸を抱きしめながら姫宮は嗚咽する。

 それを俺と先輩は静かに見守っていた。







 現在神奈川県から高速道路に乗り込み、次の山梨県へ向かっている道中だ。

 車内は静寂が包み、どこか陰鬱とした空気が流れている。


 俺は助手席に視線だけを向け、そこに映る姫宮を見た。

 いつも何かと騒がしい彼女だが、今は物寂しそうな表情で窓の外を眺めている。


 あれから婆さんの亡骸は、店からそう遠くない海の近くに埋めた。

 婆さんが住んでいる店の奥には仏壇があり、そこには骨壺もあったのだ。


 姫宮が婆さんに聞いた話らしいが、婆さんの旦那さんは約二か月ほど前に亡くなった。だからまだ骨壺を仏壇に保管していたのだという。


 そして婆さんは、もし死んだら旦那さんと同じ場所の墓で眠りたいと言ってたそうだ。

 だから姫宮は、旦那さんの骨壺と一緒に婆さんの遺体も埋めた。


「…………ねえセンパイ」

「! ……何だ?」

「この世は本当に何が起こるか分かりませんね」

「真理だな。しかもこんな時代になっちまったんだ。益々予想なんてできねえよ」

「そう……ですよね」


 だからこそ俺たちは生き抜くために力を磨くしかない。自衛力を鍛えるしかないのだ。

 何が起こっても対処できるように考え備えていくしかできない。


「お婆ちゃんと旦那さん……天国で一緒になれますかね?」

「さあな。けど……そうだといいな」

「……はい」


 姫宮は婆さんからもらった饅頭の箱を開け、一つ手に取り一口かじる。


「……甘い……甘いですよぉ…………センパイ……ッ」

「……そうか」


 俺も一つ饅頭をもらって口に放り込む。

 確かに甘い。本当に優しく……憎いくらいに甘い饅頭だった。




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