第46話 江ノ島での出会い

「んで、結局どこに行きます?」

「はい! デートスポットがいいと思いますぅ!」


 いつもいつもお前の頭の中はお花畑なのか。


「俺は先輩に聞いたんだけど?」

「何でですかぁ! 贔屓ですかぁ! ロリコンなんですかぁ!」

「ちょっと待て姫宮くん、最後のそれはボクも黙っていられないんだが?」


 俺だって声を大にして言いたい。俺は正真正銘のノーマルだって。


「じゃあこのまま【江ノ島】を探訪って感じで良いんじゃないか?」

「それいいですね、センパイ! 江島神社といえば縁結びの神様が祀られている場所ですし!」

「そうだね。観光地としても美しいところみたいだし、とりあえず見て回ってもいいと思うぞ」


 ということで、俺たちは神奈川県のリゾート地である【湘南・江ノ島】へ向かうことになった。

 幸いそれほど時間もかからずに到着することができ、【江ノ島大橋】を渡って、【江ノ島】へと辿り着くと、駐車できる場所があったので、そこに車を停めた。


「センパイ、センパイ! 鳥居発見です! あれ何ですかねぇ!」

「そこは【江ノ島弁財天仲見世通り】っていう商店街だな」


 普段はきっと大勢の観光客で賑わっていると思うが、今は全然人気がない。

 商店街をフラリと歩いていると、一つの店のシャッターが開けられ、そこから老婆が出てきた。


「おんや、珍しいこともあるもんだねぇ」


 などと俺たちを見据えて目を見開いている。


「あのぉ、ほとんどのお店ってもうやってないんですかぁ?」


 自前のコミュニケーション能力を発揮して老婆に尋ねていく姫宮。


「あんたたちも知ってると思うけど、大変な世の中になっちまってなぁ。お客さんが寄り付かなくなったんよ」

「もしかしてぇ、モンスター……怪物が近くに現れたとか?」

「うむ。どうやら神社から出没してるみたいでなぁ。ほとんどの人はこっから逃げてしまったさ」

「お婆ちゃんは逃げないんですかぁ?」

「この店は死んだ爺さんと切り盛りしてきた大事な場所なんよ。……逃げるわけにはいかないってもんさ」


 なるほど。まさか神社がダンジョン化したとは。そりゃ観光客も減るし、商店街に住む人たちだって逃げるわな。 

 ここにいたらいつモンスターに襲われるか分からないのだから。


「お前さんたちは観光客かい? 良かったらさっき作ったぜんざいでも食っていくかい?」

「えっ、いいんですかぁ! センパイ!」

「はいはい。幾らですか?」

「お代なんていらないよ。ほら、さっさと中に入り」


 そう促されて俺たちは店の中へと入って行く。

 どうやらここは土産物屋らしい。饅頭などの和菓子が売られている。もう客も俺たち以外いないというのに、何で商品を出しているのか。


 するとそこへ婆さんが、お盆に三つの椀を載せて持ってきてくれた。


「わぁ~、美味しそうなぜんざいですぅ! いただきまーす! あむ……ん~、あったかくて甘くて美味しい~!」


 俺や先輩もご馳走になる。

 確かに心も身体も温まる優しい味だ。甘過ぎないので、一気に食べても胸焼けはしないだろう。


 上質な餡子でも使用しているのか、後味もどこかサッパリとしている。


「ん? ちょっとセンパイ、センパイの方、白子が一個多いんじゃないですかぁ? ここでもズルするんですねぇ」

「ズルって何だよ。してねえよ」

「じゃあ一個ください。あ~ん」


 ……コイツ、最初からコレが狙いでイチャモンつけてきやがったな。


「はは、もしかして二人は夫婦かい?」

「いや――」

「はいっ、もう毎日ラブラブな新婚さんですよぉ!」

「おい……」

「あ、紹介しますねぇ! こっちは私たちの娘のこまちちゃんでぇす!」

「んなっ!? 誰が君たちの子供だい!?」


 いくら子供に見える容姿だとはいえ、さすがにそれは無理がある。一体幾つの時の子供だよ。


「へぇ、ずいぶんと若い時に拵えたお子さんなんだねぇ」


 ……信じちゃったよ。


「んふふ~、ねえあなたぁ、もう一人……欲しいなぁ」

「近づくなサキュバス。エクソシスト呼んで成敗してもらうぞ」

「まったく君は! 冗談にもほどがあるよ! 大体ボクは君たちよりも年上であってね――」


 説教を始めた先輩は一応放置しておこう。

 俺たちに叱られ、「てへへ」と舌を出して悪びれる姫宮。

 そんな姫宮が、店内を見回して少し物寂しそうな表情を浮かべる。


「……良い雰囲気のお店ですねぇ。きっとお客さんにも愛される店だったんだろうなぁ」

「ふふ、ありがとね。こ~んな美人さんに褒められて、死んだ爺さんも絶対喜んでるよ」

「や~ん、美人さんだなんてぇ。照れちゃいますよねぇ、セ~ンパイ」

「俺に振るな。ところでまだ商品を作って置いてるんですね」

「ん? ああ、もう毎日続けてきたことだしね。それに本当にたまにだけど、あんたたちみたいなお客さんも来てくれる。だから……止めるわけにはいかんよ」

だからちゃんと時間通りに店を開けているのだという。商売人の鑑みたいな人だ。

「……ん? あの写真は……」


 不意に壁にかけられた白黒の写真が気になった。

 若い男女が建物の前で立ち並んでいる。女性は着物を纏い美しく微笑んでいるが、男性の方は気難しそうな表情で軽くそっぽを向いていた。


「ああ、あれかい?」

「あーっ、もしかしてぇ! 若い頃のお婆ちゃんと旦那さんですかぁ!」

「おーよく分かったね。その通りさ。はは、爺さんってばぶっきらぼうだろう? 昔から写真が苦手な人でね。でもせめてお店を建てた記念として残そうってことになって撮ったもんさ」


 なるほど。後ろの建物をよく見ると、確かにこの店構えにそっくりだ。


「お婆ちゃん、とっても綺麗じゃないですかぁ。めちゃくちゃモテたんじゃないですかぁ?」

「そりゃそうさ。あたしにかかりゃ、落ちない男はいなかったもんさ」

「おお!」

「けど……硬派な爺さんだけはなかなか落ちてくれなくてねぇ。だからか、あたしも何とか爺さんの心を掴もうといろいろ試行錯誤したもんさ。けど爺さんは信じられんくらいに鈍感でもあってねぇ」

「あ、分かります! 乙女にとって鈍感野郎ってマジで犯罪的ですよねぇ」


 何故ギロリと姫宮が俺を睨みつけてくる。何だ、ケンカでも売ってんのか?


 姫宮は女性らしく恋バナが好きなのか、目を輝かせて婆さんの話を聞いている。

 興味なさそうだった先輩も、チラチラと婆さんを見る限り惹かれるものがあるみたいだ。


 俺はそんな三人をよそに、店内をグルッと歩き回る。

 こじんまりとしているが、どこか温かみを感じて、姫宮じゃないが良い店だと思う。


 世界が変貌したことで、こういう素晴らしい店も次々と終わりを迎えているのだろう。

 仕方ないといえばそれまでだが、もし自分に置き換えたとしたら、これほど理不尽で不条理なことはないと嘆くはずだ。


 写真は他にも飾ってあって、お客さんらしき人たちと婆さんが並んで撮ってるものもある。とても良い写真だ。見ているとほっこりする。

 写真には、「また来るね!」や「元気でいてね!」などといった客のメッセージなども刻み込まれたのもあった。


 本当に愛されていた店なのだということがよく分かる。


「何もお構いできんでごめんなぁ。また来てくれると嬉しいわ」


 婆さんから小腹が空いたら食べろと言われ、饅頭までもらった。

 そして俺たちは、婆さんに見送られる形で店をあとにした。



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