第45話 神奈川県へ
「へぇ、センパイってば運転上手なんですねぇ。ペーパードライバーじゃなかったんですかぁ?」
「いや、昨日運転したのが半年ぶりくらいだったぞ」
「え……だ、大丈夫なんですか?」
一気に不安な表情を浮かべる後輩。失礼な奴だ。
「あのな、運転なんて一度覚えてしまえば問題ねえよ」
実際に久しぶりに運転した時も、特に恐怖感もなかったし、スムーズに運転することができた。
「わ、私は半年も運転してなかったら、きっと怖くて道路とか走れないと思うんですけどぉ」
「ボクもそうだね。ていうか普通の感覚はそうだよ。鈴町くんが変なだけで」
「センパイってどこか天才気質ですもんねぇ。凡人の気持ちも分かってもらいたいもんですよぉ」
「いや、俺が天才なわけねえだろ? てか、もっと近くに本物の天才がいるじゃねえか」
「あー確かに愛葉先輩も大学内ではかなり有名らしいですしねぇ」
「む? そうなのか?」
「そうですよぉ。あの帝原先輩と双璧を為すくらいには知名度がありましたよぉ?」
そりゃ大学始まって以来の大天才と言われるほどの人物だしな。そんな人と俺が関わりを持っていること自体が不思議だ。
実際に他の学生たちも、俺を見て「何であんな普通そうな奴が?」的な視線を向けてたし。
教授の中には先輩が真面目に授業に取り組まないのは、俺とつるんでいるからだとか訳の分からないイチャモンをつけられたことだってある。
その都度、先輩が教授に直談判して捻じ伏せてきた。
「ボクは地位や名誉などに興味は無かったがね」
「反対に帝原先輩は、地位や名誉を欲しいままにしてましたねぇ」
帝原は切れ者で人望も厚く、周りにはいつも大勢の人がいたという。そして今は、大手ギルドである『自由ハンター同盟』のサブマスターであり、実質取舵を取っているカリスマ。
同じ天才でも、その在り方は先輩とは真逆に位置する。
「いろいろな天才がいるってことだな」
「私だってセンパイに関することなら天才にも負けませんけどね!」
「あーはいはい。あんがとなー」
「棒読み!? もっと感情込めて言ってくださいよぉ!」
そんなこと言われてもなぁ。毎日毎日似たようなやり取りしてたら自然と対応もこうなっていくわ。
「そういえば鈴町くん、高速道路を利用するんだよね?」
「その方が早く目的地には着きますけど?」
「下道をのんびり行くという手もあるよ。他の町の様子が気になるならね」
「んー……じゃあ一県一県、高速から降りて観光していけばいいんじゃないですかぁ?」
姫宮の考えも悪くはない。
「なるほどな。姫宮の言う通り、他県には高速で向かって、到着したら高速を降りるって感じで行くか。先輩もそれでいいですか?」
「ボクは何でもいいよ。すべては君に任せよう」
「了解です。じゃあ最初は高速に乗って、ルートは神奈川、山梨、静岡、愛知、滋賀って感じですかね」
「ふむ。神奈川県といえば横浜中華街や鎌倉大仏殿高徳院だな」
中華街はともかく高徳院とは渋いな先輩。
「そうですねぇ。私的には八景島シーパラダイスとか有名だと思いますけどぉ」
コイツはらしいや。さすがはあざとギャル。
「センパイは神奈川といえば何ですぅ?」
「そうだな……横須賀の米軍基地とかか?」
「え……マジですかそれ」
何その引いたような感じ。ちょっと傷つくんですけど……。
「あ、あとはあれだ! 小田原城とかな! あそこはいいぞ! 近くに公園もあって、春にはたくさんの桜が咲き乱れてて――」
「もう桜は散ってると思いますよぉ?」
「…………」
「それに何で男の人って、基地とかお城とか好きなんですかぁ? 私とのデートでそこはちょっとぉ……」
いや、誰がお前と行くデートスポットの話をしてんだよ! 俺の好きな場所の話じゃなかったっけこれ?
「安心したまえ、鈴町くん。米軍基地にはさして興味はないが、お城は結構好きだぞ」
「おお、さすがは先輩! ほら見ろ姫宮! 女性でも城好きって今は増えてきてんだよ!」
「こんな世の中になりましたからねぇ。城なんて誰も興味持たないと思いますけどぉ?」
コイツ……さっきから痛いところをチクチクと……!
「いや、そうでもないさ」
「ふぇ? どーゆーことですかぁ、愛葉先輩?」
「城というのは一国のシンボルでもある。また頑丈な造りにもなっているし、景観だって素晴らしい。こんな時代になったからこそ、城を拠点にしてやろうと考える輩が増えたと考えるぞ」
なるほど。確かに拠点としちゃ良い場所かもしれない。
ダンジョン化したら厄介な場所だろうが、一度攻略すれば拠点としては有りだ。
特に自己顕示欲などが強い『ギフター』にとっては、強さの証明のようなシンボルにもなるし、規模もあるので住み心地だって悪くないかもしれない。
「お城……お殿様……それに嫁ぐ姫……センパイ! お城! お城に陣を構えましょう!」
何だか意見がガラリと変えやがった後輩がいるんだが……。
「そして城主にはもちろんセンパイがついて、私が殿であるセンパイに嫁いだ若くて美しい姫。愛葉先輩は軍師として召し抱え」
「あ、ボクって軍師なんだ……」
「多くの部下たちを囲み、いずれ天下取りに赴くんです。ああでも、私たちを阻む恐ろしい敵武将に、身内からも裏切り者が! しかも敵武将は言うんです! 小色姫をもらいに来た、と! そうなのです! 敵武将の狙いは私だったんです! この美貌でまた一人……悲しむ者を私は作ってしまった。しかしセンパイは小色姫を抱え宣言します。我が愛しの小色姫を奪いたくば、この俺を討ってみよ、と!」
「…………あの、鈴町くん?」
「放置で結構ですよ。今アイツの頭ん中には、仮想戦国時代が浮き上がってるんです。そのうち戻ってくるんでスルーしときましょう」
「う、うむ」
前にも言ったが姫宮には虚言癖と妄想癖がある。後者の最たるものが、今姫宮が見せている姿だ。
こうなったら関わると面倒なので放置するのが一番なのである。
高速道路に入ったはいいが、やはりというべきかあまり車は走っていない。
もちろんちらほらとは確認することができる。
姫宮もこっちに来る際に、叔父の車で高速を乗ってきたというが、その時はまだ利用者は多かったそうだ。
情報ではパーキングエリア内にモンスターが出現しただの、トンネル内がダンジョン化したという噂もあるので、そりゃ利用者は減るだろう。
特にトンネル内にモンスターが出現するなんて、事故まっしぐらな事案である。
それに傍には山や林などのエリアを通ることもあり、そこだってダンジョン化している可能性は十二分にあるのだ。
時間はかかるかもしれないが、もしかしたら下道の方が安全に運転できるかもしれない。
なまじ高速はスピードを上げているので、ちょっとしたことでも大事故に繋がりやすいからである。
しかし別に急ぐ旅でもないし、高速道路上でも速度を緩めてさえいれば問題ないだろう。
幸い渋滞するような数の車が走っているわけでもなし、悠々と走っていこうと思う。
するとしばらくして何事もなく神奈川県へと入った。ちょっと拍子抜けだったが、当初の目的通りに高速を降りて、少し下道を走ることになった。
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