第21話 妹

「…………千羽ちはね


 妹の元気な声音に、思わず名を呟いてしまった。


『まずは現状報告からするね! 千羽もお父さんもお母さんも元気だよ! 世界が大変なことになっちゃったけど、み~んな無事だから安心してね!』


 そうか……無事だったか。……良かったぁ。


『本当はお父さんたちにも声を入れてもらおうって思ったんだけど、二人ともボランティア活動でちょっち忙しくてね! あ、千羽も手伝ってるんだよ! 小色ちゃんがね、お兄ちゃんとこに行くって言うから、こうしてボイスレコーダーに録音してお兄ちゃんに聞いてもらおうって思ったの』


 なるほど。ボランティア活動か。俺の親とは思えないほど義侠心の強い人たちだからな。納得だ。

 きっとモンスターや悪質な連中の被害に遭った人たちを介抱したり、炊き出しなんかをしているのだろう。


『とにかくこっちは大丈夫だから何も心配しなくていいからね! それよりも千羽はお兄ちゃんが心配なのです。お兄ちゃんってば頭は良いけどぼっちだし、要領は良いのにどこか抜けてるとこもあるし。きっと大学でもお友達はできてないよね』


 はは……さすが妹。見透かされてらぁ。


『だから千羽は心配なのです。小色ちゃんがこれからお兄ちゃんとこに行くって言うけど、無事に再会できることを祈ってるよ。小色ちゃんもず~っとお兄ちゃんのこと心配してたんだからね! 会えたらちゃんとお礼を言うこと!』


 隣に立つ姫宮を見るとフフンと鼻高々に胸を張っている。


『……できればお兄ちゃんに直接会いたいけど、お兄ちゃんも大変だと思うし無理はしないでね。あーあと何か言うこと……あ、そうだ! ちゃんとご飯食べてね! 好き嫌いとかしちゃダメだよ! それと……それ……と……ひっぐ……』


 …………千羽。


『絶対…………絶対…………また会う……んだから……ね……』


 ああ、そうだな。絶対また会おうな。


『じゃあお兄ちゃん…………元気でね!』


 それでメッセージは終わっていた。


「良い妹さんだね、鈴町くん」

「はい。本当に俺には勿体無いほどよくできた妹なんで」


 中学の時、俺がいろいろあった時にもずっと傍にいて支えてくれた。だから俺は世界で一番千羽のことが好きだし愛している。

 本当に…………無事で良かった。


「…………ありがとな、姫宮。コイツを届けてくれて」

「いえいえ。他ならぬセンパイのためですから!」

「マジでサンキュー。けど、よくこんな現状で、東京まで来られたな?」


 姫宮が言うには、世界が変貌した直後、ちょうど帰省していたのだという。

 家自体は、大学に受かってすぐに東京に来て借りたようだが、その日は実家に帰省していたらしい。


 そこで大災害とも呼ぶべき世界変貌が起き、すぐに俺がいる東京へ向かうことにしたとのこと。

 何でもこちらに向かう用事があった叔父の車に乗せてもらったのだという。

 その際に、せっかくだからと俺への伝言などが無いか、千羽を訪ねて、どうせならボイスレコーダーに録音しようということになったようだ。


「三人は怪我とかしてなかったか?」

「はい! 皆さんご無事でしたよぉ。ていうか精力的に困ってる人たちのために救助活動とかに勤しんでましたしねぇ」

「そっか。それなら良かったよ。ところでここまで連れてきてくれた叔父さんは大丈夫だったのか?」

「用事を済ませたらすぐに戻っちゃいましたよ? 私も連れて行かれそうになりましたけど、こっちにはセンパイがいるからって押し切っちゃいました!」

「お前……親父さんとお袋さんが心配してんじゃねえのか?」

「まあ……お父さんは過保護なんでそうでしょうけど、お母さんは応援してくれましたよ! 必ず手に入れて来いって!」

「手に入れる? ……何を?」

「んふふ~、聞きたいですかぁ?」


 ゾクッと背筋が凍りついたので、聞くとヤバイことだと判断したので「別にいい」と言うと、


「もう! そこは聞いてくださいよぉ!」


 と文句を投げつけてきた。

 相手にすると面倒なので、話題を先輩に振る。


「先輩、コイツがココに住むのを了承してくれたのは良いんですが、これからどうしていきますか?」

「ふむ。……ならまずは聞くべきだろうな」

「聞くべき?」


 先輩が「そう」と口にして、視線を姫宮へと向ける。


「姫宮くん、単刀直入に聞く。君は――『ギフター』だろ?」


 ……………………は?


 思わず思考がストップしてしまった。

 いやまあ、『ギフター』なのかと尋ねるならまだ分かる。

 しかし先輩は明らかに姫宮がそうだと断定しているようだった。


 俺は咄嗟に姫宮の方を見ると、最初はキョトンとした顔をしていたが、すぐにニッコリと楽しそうな笑みを浮かべ、そして――。


「えぇ、なぁんで分かったんですかぁ」


 ――認めたのである。


「ちょ、おい待て待て! お前、ステータス持ち……『ギフター』なのか?」

「はい、そうですよぉ~」

「っ…………先輩、何で分かったんです?」

「簡単は理由だよ。君はおかしいと思わなかったのかい? この子が地元から東京に来たことが」

「え? いやでも……叔父さんの車に乗せてもらって」


 別に一人で来たわけじゃないし……。


「だからって親が許すかい? 一歩外に出ると、命すら危険に晒されるような世界になったというのに。しかもその叔父さんは、残るっていうこの子の言葉に押し切られているし、親父さんはともかくお袋さんに至ってはエールまで送っている。普通は何が何でも止めるだろう?」


 ……確かに先輩の言う通りだ。


 可愛い娘を、わざわざ自分の元から手放すわけがない。

 もし千羽が一人で東京に向かうって言ったなら、たとえ嫌われたとしても許可なんてしないだろう。ましてや応援なんてもっての他だ。


「しかし東京に向かい、滞在することまで許されている。これは何故か? 十中八九、滞在させても彼女なら生き抜く術があると知っているから。だからこその妥協。心配はするものの、許容範囲には収められる程度の理由が彼女にはあるということ。ならその理由とは? もう分かるだろ? この世界において、最も生存率の高い存在は――」

「――『ギフター』か」

「そういうことなのだよ」


 俺たちは揃って姫宮を見ると、彼女はパチパチパチと拍手をする。


「すっごーいですぅ! まさかそんだけのことで見破られるなんて思ってもいなかったですよぉ」

「で、でもお前、ナンパ野郎たちに囲まれて困ってたじゃねえか」

「ん~確かに鬱陶しかったですけど、困ってはいませんでしたよ? その気になったらいつでも倒せましたし」

「倒せたって…………マジで?」

「マジです! センパイがもう少し来るのが遅かったら、今頃あの人たちは地面とキスしてましたねぇ」


 そうやらマジで『ギフター』らしい。


「で、でもいくら『ギフター』だからって、一人娘なんだぞ? お袋さんが応援するっておかしくねえか?」

「まあ……確かに私の力を知らないセンパイはそう思っちゃいますよねぇ。……よし! ならセンパイ! 私と勝負しましょう!」

「…………へ?」



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