第19話 猿と……犬?
「――――ふむふむ、なるほど。君が突然ボクと君だけのオアシスへ、部外者の女をお持ち帰りしてきた時は何事かと思ったが、よもや君が中学時代に目をかけていた後輩だったとはね」
現在拠点としている図書館へと戻ってきた俺は、一緒に連れてきた姫宮のことを先輩に伝えたのだが……。
何やらちょっと不機嫌なのはあれか? 先輩はコミュ障だからだろうなぁ。
基本的に人見知りでもあるし、だから連絡も無しに他人を連れてきたことに対し思うところがあるのだろう。
ただこれだけは言っておかないといけない。
「お持ち帰りじゃないですからね」
「ふぅん、それにしては……ずいぶんと親しそうではあるがね?」
ギロリと先輩の鋭い視線が姫宮を射抜く。
「というか君もいつまで鈴町くんの腕にしがみついているつもりだいっ! ハレンチだとは思わないのかね!」
まあハレンチかどうかはともかく、確かに動きにくいから離れてほしい。
しかし姫宮は、さらに俺の腕を離すものかと言わんばかりにギュッと力を込める。
「えぇ~、いいんですよぉ~。だってぇ、センパイと私はぁ、こういう関係ですからぁ。ねぇ~、センパイ?」
いやいや、いつからそういう関係になったんだ? ていうかあんまり強く抱え込まないでくれ。血が止まる。
「うぎぎぎぎぎっ」
先輩は先輩で歯ぎしりをしながら悔しそうな表情をしているし。
「はぁ……おい姫宮」
「はい、何ですかぁ、あなた?」
「誰があなただ。いいからさっさと離せ、暑苦しい」
「もう照れなくて良いんですよぉ。それともぉ……意識……しちゃいますかぁ?」
熱っぽい眼差しで見上げてきて、生温かい吐息をぶつけてくる。
普通の男なら本能の赴くままに姫宮に襲い掛かるくらいの威力だ。
しかし舐めるなよ姫宮。俺はぼっち王だぞ。むしろ神と呼んでもいいくらいだ。
どうせからかっていることくらい、俺くらいになったらすぐに分かるんだよ。
「いっ、いひゃいへふぅ、へんは~い!」
俺は無邪気に俺で遊ぶ後輩の頬を引っ張ってやった。
「離さねえと追い出すからな」
「ぶぅ~、センパイの意地悪ぅ」
そう言いながらも、さすがに追い出されるのは嫌なのか、ようやく離れてくれた。
「うむ! さすがはボクの鈴町くんだね! 見るからにビッチな女には騙されないのだよ! ナッハッハッハッハ!」
「! ……そういう白衣さんも、センパイには女として見られてないと思いますけどぉ?」
「なっ!? 何を言うかこの歩く猥褻物!」
「だっ、誰が猥褻物ですか! この女子力無し女!」
「何だとぉっ!」
「何ですかぁっ!」
「「むむむむむぅっ!」」
何でこんな言い合いに発展してんだ?
ていうかよくもまあ、会ったばかりの人間とケンカできるな。姫宮はともかく、先輩がこんなにも突っかかるのは珍しい……というか初めて見るわ。
「あーほらほら二人とも落ち着いて」
「「鈴町くん(センパイ)には関係ないっ!」」
「えぇ……」
そこは息が合うんだ。つか関係なくないって。ココは俺の拠点でもあるし、空気が悪いのは嫌だし。
「……それ以上ケンカするなら俺が出て行きますよ?」
「「それは駄目(です)っ!」」
コイツら、本当は仲が良いんじゃ……。
「だったらとりあえず言い合いは勘弁してください。姫宮も」
「う、うむ……」
「は、はい……」
本当……女ってよく分からんしめんどくさいが、どうやら静かにしてくれるようで何よりだ。
「そ、それで? 鈴町くんがこの……」
「あ、そう言えば自己紹介がまだでしたね! 初めまして! 私は姫宮小色、鈴町センパイにとても可愛いがられている幼な妻のような存在ですぅ!」
「こら、なに虚言癖を爆発させてやがんだよ。俺はまだ結婚してねえ」
だがそこへ、対抗するかのように先輩が胸を張って口を開く。
「ボクは鈴町くんが敬愛し、切っても切れない縁で結ばれた唯一無二の特別な存在――愛葉こまちだよ!」
「そんなに重い繋がりがありましたっけ?」
敬愛はともかくとして……。
「当然さ! ボクと君の出会いこと運命だったのだからね!」
「そ、それを言うなら私とセンパイの出会いこそ運命ですよぉ!」
「いいやボクの方だ!」
「私ですぅ!」
またもや火花を散らす二人に、俺がわざとらしく大きな溜息を吐くと、二人がビクッとして顔を背けた。
そして思い出したかのように、先輩が続ける。
「えっと、その姫宮くんとやらを連れてきた理由をまだ聞いていなかったが?」
「ああ、そうでしたね。どうやら姫宮が、うちの家族から伝言を預かってきてるようなんですよ。俺の家族について、先輩も心配してくれていたんで、せっかくだから一緒に聞こうと思いまして」
「ふむ、そういうことだったのかい。君が聞いても良いと言うのであれば聞かせてもらおうではないか」
俺が「お願いします」と言うと、何やら今度は姫宮が不機嫌そうな顔をしていた。
「……どうかしたか、姫宮?」
「…………センパイって、その人と仲が良いんですね」
「まあ……この大学で唯一といっていいほどの知り合いだしな」
「大学でも同学年に友達はできなかったんですねセンパイ。さすがぼっち街道を突き進むエリートです」
「だろ? そんなに褒めんなよ」
「誰も褒めてないんですけどぉ……」
え、そうなの? てっきり王として崇められていると思ったんだけど?
「何を言っても無駄だよ姫宮くん。この男は、孤独を愛し、孤独に愛された可哀相な男だからね」
「センパイ……これからは私が一緒にいてあげますからね!」
そうかぁ、俺って孤独に愛されてたのかぁ。だったらこっちも無償の愛で応えねえとな。
そんなことより先輩にだけは可哀相って言われたくないんだがな。
「俺のことはどうでもいいだろ。姫宮、さっそく家族からの伝言を教えてくれ」
「教えてあげてもいいですけどぉ。その見返りが欲しいなぁ」
相変わらず現金な奴である。
「何だよ、金か?」
「いりませんよぉ。それに現状はお金なんて価値無いですし」
「……じゃあ何だよ?」
すると両頬に手を当ててモジモジし始め、
「欲しいのはぁ――――センパイと同棲する権利ですぅ! きゃっ、言っちゃった!」
などと、またも問題発言をしやがった。
「なっ、ななななな何を言っているんだい君は!? ど、どどど同棲など、ハレンチを通り越して最早犯罪ではないかっ!」
いやいや、さすがに犯罪はないかと。ていうか慌て過ぎでしょ、先輩。余程ハレンチなことが嫌いと見える。
「えぇ、だってぇ、私ってばもう大学生ですしぃ~、恋人と同棲するなんて普通ですよぉ~」
「こ、こここここ恋人ぉっ!?」
ギュギュンッと、俺の方へ顔を向けて睨みつけてくる先輩。
「いや、コイツと恋人同士じゃないですよ」
「あ、そうでしたね。もう……夫婦でしたもんね」
何言ってんだコイツは……?
「ふ、夫婦ぅぅっ!? そ、それはあれかね! や、役所に婚姻届なるものを提出して初めて契ることができる男女の繋がりっ!?」
「んふふ~、そうなんですよぉ。だからもうすぐ私はぁ……鈴町小色になるんですぅ」
ならねえよ。どんだけ頭の中がお花畑なんだっつうの。
というより役所なんて機能してないし、届け出なんて処理してくれるとは思えん。
つまり法的に結婚は認められないということだ。
あれ? じゃあこの日本が平和になって役所が再度機能しないと結婚できないんじゃ……。
そう考えたら、今頃狂おしいほどに結婚したがっているアラサーやアラフォー連中は嘆きに嘆いているかもしれない。
「むっ!? 今……真実は解き放たれた」
突然の先輩の言葉に、「ふぇ?」とあざとく姫宮が声を上げた。
そして先輩が、ビシッと姫宮に指を差す。
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