第18話 後輩との再会

 それは俺がまだ高校二年生の時だ。

 季節は冬。しんしんと雪が降り積もる中、俺は一人で家に帰宅中だった。

 土手の上をそうして歩いている時、河原に一人の少女が立っていたのだ。来ている制服から、同じ高校に通う一年だということが分かった。


 しかし彼女は何を思ったか、この寒空の下、いきなり靴と靴下を脱ぎ、あろうことか河へ入って行ったのである。

 天気予報では今日の気温は0度。水の冷たさなんて肌を切るほどだろう。

 寒中水泳だとしても、水深が三十センチほどしかないこんな場所で行うとは思えないし、そんな女子高生がいるとも思えなかった。


 だが実際に少女は雪に晒されながらも河の中央まで行って、両手まで突っ込み何かを探しているような仕草をしていたのだ。

 久々に突拍子もない出来事を見たことで、俺はついつい見入ってしまっていた。


 するとさすがに五分ほどで少女は河原へと戻ってきて、手と足を擦り合わせ始める。

 当然だ。あんなの自殺行為の何物でもない。下手をすりゃ凍傷になりかねないのだから。


 それでも少女は、少し休むとまた探し、そしてまた休んで探し出すを繰り返す。

 何度目かの往復で、少女が河原へと戻ってきた時だ。


「ずいぶんと無茶をする女だな、お前」

「!? だ、だだだ誰ですか!?」

「ただの通りすがりの男子高校生だ」

「……な、何か用ですか? あっ、もしかしてナンパですか! 私こう見えて彼氏がいるので告白とかマジで迷惑です!」

「そんなつもりもないのに、何故かフラれた気分だわ」


 というか俺がナンパできるわけがないしな。そんな度胸もない。


「何探してんだ?」

「あ、その制服。もしかしてセンパイですか? ……センパイには関係ないですから」

「……そっか。だがそんなことしてると風邪を引くどころか凍傷になるぞ?」

「だからセンパイには関係ないですよ! それに探してるのも彼氏からもらった大切なものなんです! もうマジでナンパとか脈はないんで止めてください!」


 俺はポケットからある物を取り出して、彼女に向けて投げつけた。


「わわっと! え? ……缶コーヒー?」

「別に止めやしねえよ。ただがむしゃらに頑張るだけじゃダメってことも知っとけ」 


 俺はクルリと踵を返し、そのまま最後に告げる。


「ああ、それと諦めることもまた肝心だぞ」


 それだけを言うと、その場を去って行った。

 背中越しに「何なんですかもぉぉっ!」という叫び声が聞こえたが無視した。


 そう、これがコイツ――姫宮小色との最初の出会いだった。








「そう……でも私は諦めずに翌日も探しに河原へと行きました。でも何故か土手の上には、センパイが立っていたんです。そして驚くことにセンパイは私にある物を手渡してくれました」


 ああ、そんなこともあったなぁ。


「それは私が探し求めていたイヤリングでした。……お姉ちゃんの形見の」


 フッと陰りのある苦笑を浮かべる姫宮。あの時のことを思い出したのだろう。


「俺には彼氏からの贈り物って言ってたけどな」

「もう! そんな細かいことはどうでもいいじゃないですかぁ! それにああ言ったら、男はすぐに諦めるって思ったんですぅ! ていうかこれ前にも言ったじゃないですかぁ!」


 確かに姫宮とお近づきになりたい男だったら、彼氏持ちだと聞いて去っていくだろう。だからこその方便だったのだ。

 コイツが何故あんな場所にイヤリングを失くしたのか。


 それは――自ら投げ捨てたからだった。


 コイツが言ったように、あのイヤリングはコイツの姉からプレゼントされたもの。元々は姉が身に着けていたものだったらしい。


 しかしプレゼントされた日に、姉は息を引き取ることになったのだ。

 姫宮の姉は、コイツが高校に入学した時、ある病気を発症させてしまい、そのせいで病院で寝たきりの生活を送ることになった。


 現代の医学ではとても治せないもので、余命宣告も受けていたらしい。

 それでも姉は、姫宮を悲しませないようにと『大したことはない。すぐに治る』と口にしていたのだという。 


 だが姫宮にイヤリングをプレゼントした翌日、病状が悪化しそのまま……亡くなった。

 姫宮は姉と約束していたのだ。病気が治ったら、一緒の学校に通って一緒の部活に入って、一緒に旅行したり、一緒に……いろいろなことをしようと計画していたらしい。


 そのすべてが失われ、姫宮は悲しみと寂しさが限界にきてしまい、その感情を無意識に怒りに変えて、ついイヤリングを投げ捨てたのである。

 しかし時間が経ち、冷静になると自分がどれだけ愚かなことをしたことに気づいたのだ。


 すぐにイヤリングを探し始めた。それがオレと初めて出会ったあの日である。


「センパイもたまたま見つけたって素直じゃなかったですもんねー」

「たまたまだ。たまたま橋の上からキラキラ光るものが見えたから、もしかしたらって思って探っただけ。それがたまたまお前の探し物だっただけだろ?」

「むふふ~、もう、そういうとこほ~んとズルイんですからぁ」

「ニヤニヤして近づくな、気色悪い奴め」

「ちょっ、乙女に向かって気色悪いはないでしょう! プンプンですよぉ!」

「プンプンて……あざといを通り越して超あざとい」

「何ですかそれっ、もうもうぉ!」


 ポカポカと肩を叩いてくる様も見事にあざとい。まさに男心を掴む所作をすべて把握しているとしか思えない。


「ていうか、んなことどうでもいいんだよ。何でいんの?」


 当然コイツはオレの地元にいるはずなのだ。


「ふっふーん、驚きましたぁ? でもまだもう一つセンパイを驚かせてあげますね! 何と、私はですね――――今年センパイと同じ大学に入学したんですよぉ!」

「…………へぇ」

「軽っ!? え、ちょ、それだけですか反応!?」

「いやまあ……驚きはしたが、ここにいるってことは、東京の大学にでも入ったってのがありふれた解答だしな」

「冷めてる!? 嘘!? 私的にはもっとこう感動的な再会があると思ってたのに! だってこんな運命的な再会を果たしたんですよ? ……まあ当初の目的は、いきなりセンパイの家に行って『えへへ、来ちゃった』とかやってやろうと思ってたけど……」


 何だか最後の方はとても聞き捨てならないことを聞いた気がするが……。


「私! 頑張ったんですよ! センパイってば、いきなり東京の大学を受けるとか言うし! しかもその大学ってかなり偏差値も高いし苦労したんですよぉ!」

「いや知らんがな」

「もっとこう、再会を喜んでくれても良いじゃないですかぁ! 私、世界がこんなことになって、時間を見つけてはセンパイをずっと探してたのにぃ!」

「……お前、暇だったんだな」

「ムッキィィィッ!」


 顔を真っ赤にして頬をリスのように膨らませる後輩。

 何だかそんな姿を見ていると懐かしく思う。

 だからつい、反射的にコイツの頭を撫でてしまった。


「ふぇう? ……セン……パイ?」

「よく頑張ったな。まあその……偉いぞ、姫宮」

「! ……えへへ~、センパ~イッ!」

「ちょっ、いきなり抱き着くなバカ!」

「イヤで~す! 愛しい後輩を寂しくさせた罰ですからぁ!」


 グリグリと俺の胸に頭を押し付けてくる。


 あんまりそういうことしないでほしいんだよなぁ。勘違いして惚れてまうやろ?

 しかしぼっちを極めた俺は、もうそんな情けない勘違いなんてしないのだよ。あ、でもおっぱいの感触は永久保存しておくけどね。


 ただまあ、コイツの無事な顔を見られたことは良かった。こんなでも向こうにいる間は、妹みたいに扱っていたから。


「……相変わらずだな、お前は」

「にゅへへ~。……あ、そだそだ、センパイ?」

「あ、何だよ? てかそろそろ離してくれない?」

「却下です。えとですね、伝言があるんですけどぉ」

「伝言? 誰からの?」

「センパイのご家族からですよぉ」


 …………な、何だってぇ?




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