第14話 美神ミミナ

「先輩、今レベルは幾つです?」

「13だね」


 お、たった五体しか倒していないのに凄いものだ。


「スキルポイントは39も貯まったよ。今のうちに何か取得しておくかい?」

「…………いえ、それはまた後にしましょう。今はできるだけレベルを速攻に上げて、すぐにこの場から退却です」

「ずいぶんと急ぐものだね」

「こういうダンジョンに付き物なのは厄介な罠ですからね。もしワープとか落とし穴とかにハマったら最悪ですし」


 もっと最悪なのは、二人がバラバラになってしまうこと。

 だから大規模ダンジョンでは深入りはできない。俺一人ならともかく、今は先輩がいるのだから、彼女の安全が第一だ。


 故にこの一階のフロアでも、できる限り隠密活動に従事する。

 そのためにもこうした気力回復できる安息地があるのはありがたい。


 そして十分に気力が回復したところで、またトイレから出て狩りを始める。

 こんな感じに、数体を《死眼》で狩ってはトイレや店の中で休憩を繰り返し、モンスターの殲滅を図っていく。


 すると不意に近づいたホームへ上がるエスカレーター上方から声がした。

 すぐに先輩を抱えて、その場から離れ店の中へ隠れる。

 先輩に静かにするように伝え、エスカレーター付近を凝視していると……。


 カツ……カツ……カツ……。


 静寂の中、足音が響く。明らかにここに下りてきている。

 しばらく待っていると、その音の正体が明らかになった。


「う~ん、コアモンスターが見つかりませんねぇ」


 それは人間の女性……いや、少女だった……が、俺は思わず声を上げそうになった。

 何故ならそいつの全身は血塗れで、しかも左腕が食い千切られたかのようになっていたからだ。


 それだけではない。顔も殴られたかのように青痣が浮かび、右足も変な方向に曲がっていて、よくもまあ歩けるなと思うほど。

 普通は激痛でとてもではないが立っていられないはず。


 しかし本人はまるで日常運転のように、笑みさえ浮かびながら「う~ん」と背伸びをする。


 おいおい、何だアイツ……何でアレで生きていられる?


 完全な致命傷にも見えるダメージを負っているのに。

 だがそこで俺はさらに驚く光景を目にすることになった。


「んぁ? ああ……歩きにくいって思ったら右足が変じゃん……カハハ」


 笑ったかと思うと、突然彼女の身体から淡い発光現象が起きる。

 すると途中で失われたいた左腕が徐々にトカゲの尻尾みたいに再生し始めたのだ。


 いや、腕だけじゃなく、全身に負った傷が回復している様子。

 俺と先輩は、そんな不可思議な人間の再生現象を目にし、目を丸くしながら見入ってしまっていた。


「よ~し、これで全回復しましたかねぇ。ではでは~、さらなる探求を~」


 その時、彼女の腹からきゅるるるるぅ~っと、可愛らしい音が響いた。


「はぅ~、お腹が空きましたぁ~。なので今日はもうこの辺で帰ることにしましょう!」


 だがそこへ、一体のゴブリンソルジャーが彼女を発見して駆け寄ってくる。


「ほへ?」


 ゴブリンソルジャーが持っていた斧が、そのまま彼女の頭を叩き割った。


「「――っ!?」」


 俺と先輩は、恐ろしいスプラッター映画を観ているような気分になりゾッとする。

 俺は《状態異常耐性》のお蔭で吐き気こそしないが、先輩は明らかに顔色が悪い。無理もない。人間が殺される瞬間を、こんな間近で見てしまったのだから。


 しかし直後、ゴブリンソルジャーが何故か呻き声を上げ始めた。

 何故なら、即死したはずの少女が、ゴブリンソルジャーの首を絞め上げていたのである。


「もう~いきなりビックリするじゃないですかぁ~。ああでも……ゴブリンは美味しくないんですよねぇ。だからぁ……………………死ね」


 ――ゴキンッ!


 乾いた音が響き、同時にゴブリンが身動きを止め、そして消失していく。


「ああもう、このダンジョンは激し過ぎですよぉ~。何回ミーを殺せば気が済むんですかぁ」


 またさっきと同じ発光現象が彼女の身体から起きると、割れた頭部が再生したのである。


 ……不死身……っ!?


 彼女の訳の分からない現象に戦慄さえしてしまう。


「今のでさらにお腹が空きましたよぉ。さあ、今度こそ帰りましょう~。れっつご~」


 そう言いながら鼻歌交じりにスキップをしながら出口の方へと向かって行った。

 しばらくして俺たちは同時に大きな溜息を吐き出す。


「……い、今のはモンスターだったのかい?」

「いや……人間でした」

「《鑑定》……したんだね?」

「はい。けど分かったのは名前とレベル、それに体力と気力だけです」

「名前とレベルだけでいいから聞かせてくれないかい?」

「レベルはそう高くない28でした。名前は――美神ミミナ。ずいぶん〝み〟が多い人種のようです」

「……何だか余裕だね。ボクは今にも嘔吐しそうだというのに」


 気持ちは分かる。俺だってスキルの効果が無ければ、同じように気分は最悪だっただろう。


「けどあんなスキルなんてあるのかい? 確実に死んだと思っていたのに」

「…………少なくとも〝ショップ〟にあるスキルで、あんな効果を持つものはない……と思います。なので恐らくアイツのジョブ固有のスキルじゃないかと」

「君のように、かい?」

「可能性でしかありませんが」


 どんなジョブなのか全然分からないが。


「ただジョブのことを抜きにしてもヤバイ奴なのは確かですね。アレは……分かり合えるような感じはしなかった」


 以前森で遭遇したナイフ野郎よりも歪な存在感が伝わってきた。不気味で……まるで獣のような……。


「とりあえず、ああいう連中とは関わらないことが一番ですね」

「だね。さすがにアレに対して知的好奇心を発動させる勇気はないよ」


 それは助かる。あんなパンドラの箱みたいな存在に手を伸ばしちゃいけない。

 ああいうのはそっとしておくに限る。


「んじゃ、レベル上げの続きをしますか」

「そうだね。うん、切り替えて頑張ろう!」

「頑張るのは俺だけですけどね!」


 とツッコミを入れつつ、俺たちはその日、時間の許す限りレベリングに努めたのである。




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