第13話 先輩のためのレベリング
東京駅周辺はまるでゴーストタウンかのような光景が広がっていた。
十日前は警察とモンスターがドンパチやって激しかったというのに、今日は人っ子一人見当たらない。
ただ駅の中からは絶え間なく破壊音らしきものが鳴り響いてきているので、モンスターか『ギフター』がいることは確かだろう。
つまりまだ攻略されていないということ。
う~ん、前みたいに外に出てきてくれると助かるんだけどなぁ。
そうすれば無暗に駅内に入って危ない橋を渡らずにも済む。
ただそれでは数を倒せないことも確かなので、やはり中に入ってそれなりにモンスターと戦う必要があるかもしれない。
前に確認したデータだと、恐らく雑魚モンスターのレベルは20以上は確定。
また30や40を超えるモンスターの存在も奥に入れば遭遇する可能性は十分にある。何せ昨日は入口近くにレッサーオーガまでいたのだ。
ダンジョンは基本的にコアモンスターがいる場所へ近づくほど、雑魚モンスターのレベルも高くなっていく。
これだけの規模のダンジョンだし、東京駅の大きさも知っているので、下手をしなくても【リオンモール】より広くて難関だろう。
だから深部に行かずとも、十分にレベリングできるモンスターはそこかしこにいるはず。
「先輩、じゃあ行きますから」
「う、うむ! よろしく頼む!」
「……緊張してます?」
「し、仕方ないじゃないか! ボクはダンジョンに出向くなんて初めてなんだよ!」
そういえばモンスターを見るのも初めてだったか。ならこの反応は仕方ない。
俺は先輩を背負いながら、ここから一番近い東京駅の丸の内南口へと走る。
そこは少し開けた空間になっているのだが、さっそくそこには以前も見たゴブリンソルジャーが三体ウロウロしていた。
「お、おお~、あれがゴブリンか! ……意外に強そうだな」
「強そうじゃなくて強いんですよ。あれはゴブリンの上位種で、ゴブリンソルジャー。レベルも25、23、22と、先輩なら瞬殺される相手です」
「凄いな。それが《鑑定》とやらの力か。ボクもレベルを上げたら是非欲しいスキルだ」
「いいですか、先輩はここに隠れていてください。奴らは俺が一掃しますんで」
「だ、大丈夫なのかい? 25レベルもあるのだろう?」
「知ってるでしょう? 俺のレベルは45ですよ」
俺は壁際に先輩を下ろし、アイテムボックスから《新羅》を取り出す。
そしてそのまま25レベルのゴブリンソルジャーに向かって駆け寄る。
当然ながら足音で気づいた奴らは俺に牙を剥いてくる……が、
「反応が遅えよっ!」
相手が防御態勢に入る前に、その首を一閃した。
新品の刀は切れ味も抜群で、見事にゴブリンソルジャーの首が宙へと飛んだ。
背後では「ひぃえぇぇっ!?」と、生首を見て驚いている先輩の声が聞こえるが、気にせずに次のターゲットに向かって走る。
しかし今度は、敵が持っていた剣で応戦された。
「けどこのまま押し切るっ!」
力はこっちの方が圧倒的に上なので、そのまま力一杯刀を振って、相手の剣を弾き飛ばし、がら空きになった胸を突き刺す。
――ズシュゥゥゥッ!
血飛沫が噴出し周囲を汚す。
その間に、俺の背後へともう一体が忍び寄ってくる。
「後ろだぞっ、鈴町くんっ!」
その声に忍び寄っていたゴブリンソルジャーもハッとして後ろを振り向く。
俺はその隙をついて、あっさりと首を切断することに成功する。
ゴブリンソルジャーたちは光となって消失し討伐完了となった。
そこへトコトコトコと可愛らしい足取りで先輩が駆け寄ってくる。
「鈴町くん、怪我はないかい!?」
「先輩……声を出しちゃダメじゃないですか」
「うっ……しかし後ろから……」
「ちゃんと気づいてましたよ。言ったでしょう? 俺には《気配感知》のスキルもあるって」
「それはそうだが……うぅ…………すまない」
「あーいや、その……心配してくれたのはありがたいです。けど、あれでもし先輩が危険に晒されたら元も子もないんで、俺を信じて見守っててください」
「う、うむ! その通りにするよ!」
「ところで先輩、レベルはどうです?」
「おお、それなんだがね、いきなり飛び級したのだよ!」
それはそうだろう。
俺が倒したモンスターの経験値が半分とはいえ、20レベル以上のモンスターを倒したのだ。一気にレベルが上がるのは当然だ。
「新しいスキルを取るのはまだ待ってください。とりあえず危険が無いくらいまでレベルを上げてからにしましょう」
そこから構内に入ると、それはもう広いフロアがお目見えだ。
普段ならここは人で埋め尽くされていて活気に溢れているのだが、面白いように人気はない。
ただし代わりにモンスターはあちこちにいるようだが。
「うわぁ、ウヨウヨいるじゃないか。まるでモンスターハウスではないかね?」
「……前に見たレッサーオーガや、他にも知らないモンスターがいますね」
レベル的にはレッサーオーガの35が一番高いが、それでも周囲には30前後のモンスターばかり闊歩している。
ただ構内は戦闘の跡などが多く、壁や床などが壊されている個所も多い。
口内にはたくさんの店もあるのだが、まるで台風にでもあったかのような様相を呈している。
「完全に駅としての機能は失われているようだね。たとえ再開できるとしても、それこそ莫大な資金が必要になるのは間違いないかもね。今の国家にその余裕はないだろうけど」
電車も新幹線だって走れなくなっている可能性が高い。構内だって荒地みたいな有様だ。
元通りに戻すだけでも国家予算に悲鳴が上がるだろう。
「どうするんだい? 一体を相手にしていると、その騒ぎを聞きつけて他の奴らも集まってくること間違いないと思うが」
「それはまあ……見ててくださいな」
俺は一番近くにいるレッサーオーガ二体に向けて視線を向ける。
「――【死界】!」
二体のレッサーオーガの頭上に死滅ゲージが浮かび上がり、同時に減少し始めていく。
そのまま何事もなくゲージがゼロになった瞬間、二体が呻き声を上げながら倒れ込み粒子状に消えた。
「…………!」
「どうしたんです? そんな家に帰ったら泥棒と鉢合わせしたような顔をして」
「そ、そんな顔していたかい!? いやその……凄いものだね。今のが《死眼》かい?」
「ええ、その一つ――【死界】って技ですね」
視界に映る複数の対象を同時に【死線】をくらわせることができる能力だ。
「しかもまたすっごいレベルが上がったんだが……」
「まあそうでしょうね。レッサーオーガは二体とも35レベルでしたし」
「……何だかチートシステムを使っている気がしてきた」
「いいんじゃないですか? 使えるものは最大限使わないと。こっちは命がかかってんだから」
この状況に、誰かが卑怯と罵ったとしても知ったことではない。
そもそも弱肉強食の世界に卑怯などといった概念など存在しない。
食うか食われるか、生きるか死ぬかを問われているのだ。
そこに正々堂々などといった騎士道精神を持ち込む方がどうかしている。
「先輩、一度トイレに行って休息しましょう。今使った分の気力を回復させたい」
「ああ、確か君のは燃費が悪かったね。了解したよ。でも……どっちのトイレに行くつもりだい?」
「そこはまあ……女子――」
「軽蔑するよ?」
「ははは、冗談ですよ。イッツ・スズマチジョーク」
「…………」
何故だろうか。ジト目で睨まれている。俺って信用ないみたいだね。
俺は冷たい視線を浴びながら男子トイレへと入っていく。当然中に誰もいないことは《気配感知》で把握している。
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