第三章 移りゆく騒がしさ

第25話 遅いお礼

 集合住宅の一室で、いつもの朝食。

 君は、おいしく平らげた。

 食事を作ってもらっているのに、スズの両親にちゃんとした挨拶をしていない。

 親同士の約束も記憶にないし、一度あいさつに行かなければ。

 と、ようやく、ユウが決心した。

「それで、これから行こうと思うんだけど」

「どういうこと?」

 謎の『声』はユウにしか聞こえないため、一から説明する必要があった。

「ああ。いつも食事を作ってくれてありがとう。それで、チヅコさんとセイキチさんにもお礼を言わないと」

 しばしの間のあと、少女が慌てはじめる。珍しいことだ。

「ちょっと、散らかってるから待ってて」

「気にしないけど」

 と言うユウを制止して、スズは長い髪を乱して帰っていった。

 君は後片付けと皿洗いをしてもいいし、しなくてもいい。


 ユウの隣の、スズの家。

 政府専用の通信機を隠して、スズが息をはく。


「こんにちは。チヅコさん」

「あら。こんにちは」

 スズの母は、上品な雰囲気をまとっている。茶道師範だからだろうか。

「いつも、ありがとうございます」

「別にいい、って言ったんだけどね」

 いつになく柔らかな雰囲気の少女を見て、少年の口元が緩んだ。

 だが、次の瞬間、場が凍りついた。

「上手くいっているの?」

「ちょっと! お母さん」

「そういうのじゃないです。幼馴染おさななじみなんで」

 君は慌てた。そして、スズも慌てている。

「そういう話じゃないでしょ。今日は」

 うながされて、いつも世話になっていることを告げ、感謝を述べるユウ。

「セイキチにも聞かせたかったわ」

 スズの父は仕事でいない。残念だが仕方がないので、言うべき言葉は決まっていた。

「セイキチさんにもよろしく言っておいてください」

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